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暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました  作者: 片山絢森
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました
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17.ジャクリーンの失敗

    ***

    ***



(なんなのよ、もう……)

 きつく扇を握りしめ、ジャクリーンはイライラと爪を噛んだ。


 魔石の付与は結局終わらず、体調不良で押し切った。

 魔力付与の数値が足りない事も、「偶然」の一言で片づけた。


「どうしても調子が悪いのです。もしかして、何か原因があるのかもしれません」


 エリーの魔力枯渇により、しばらくは作業量が激減していた。その事は伯爵も知っている。そうかと納得してくれたが、わずかな失望の色には気づいてしまった。

 あれは心配というより、当てが外れたと言った顔だ。


(なによ……あんな顔して)


 美しい自分を手に入れられただけでも十分ではないか。

 自分が伯爵家の嫁になれば、どれほどの箔がつく事か。何せ、今一番もてはやされている天才付与師なのだ。

 少し調子が悪いだけで、すぐに仕事には慣れるだろう。そもそも、貴族の妻になってからも魔力付与の仕事をするつもりなんて毛頭ない。


 自分は贅沢三昧して、毎日華やかに暮らすのだ。

 伯爵はともかく、息子のアランはジャクリーンに首ったけだ。

 少し甘えて泣き言を言えば、すぐに許してくれるだろう。

 だが、アランもこれに関しては頑固だった。


「君の気持ちはよく分かるよ、ジャッキー。けれど、平民である君が、伯爵家の跡取りである僕と結婚するには、相応の理由が必要なんだ。君が誰よりも素晴らしい才能の持ち主だということを証明できれば、国王陛下も許してくれる。僕はそうしたいんだよ、ジャッキー」

「でも、アラン。わたくし、少し疲れてしまったの。もう魔石の付与はたくさん」

「飽きてしまったということかい?」


 本当は違ったが、ジャクリーンはすかさず頷いた。


「ええ、そうよ。あんな簡単な付与、本当ならすぐにできるのだけど。あまりに退屈で、調子が悪くなってしまったみたい」

 そんな事があるはずもなかったが、アランはすぐに頷いた。

「それは申し訳なかったね。分かった、魔石の付与はしばらく中止にしよう」


(やったわ……!)

 内心で快哉を叫んだジャクリーンだが、続く言葉にぎくりとした。


「そういえば、宝石の方は終わったのかい?」

「え……ええ。もう少しかかりそう、だけど」

「以前に君が行った魔力付与は素晴らしかった。本当に感心したよ。たったひとりで、あれだけの付与を成功させるなんて。一体どうやったんだい?」

「い……いやね。それは企業秘密よ、アラン」

「僕にもその秘密を明かせないというわけだね」


 アランがうっとりした目でジャクリーンを見つめる。彼は見目の良い青年なので、そんな目で見つめられると気分が良かった。だが、今は素直に喜べない。


「残念だけど、仕方ない。いつか君の気が変わることを祈っているよ」


 そう言われても、話す事などできない。ジャクリーンにそんな知識はないからだ。

 だがあれはジャクリーンがした事になっている。秘密だと言えば、それ以上は追及されない。だからそれを利用して、あいまいに微笑んでおく。


「四属性の性質を持つ首飾りなんて、どれだけの金貨を積んでも手に入らない。あれは君にしかできない神業だよ、ジャッキー」

「ありがとう、アラン」

「君のように才能豊かな女性がいるなんて、本当に素晴らしい。君と出会えて、僕は本当に幸せだ」


 ジャクリーンの魔力付与をひたすら褒め、その才能に賛辞を惜しまず、最後に愛を囁いてアランは部屋を出ていった。そのセリフも「君の才能に嫉妬しそうだ」だったので、さして甘ったるいわけでもない。


(なんなのよ、もう)


 魔力付与を褒められても嬉しくない。あれは全部、ジャクリーンがエリーにやらせた事だ。

 無能な妹の顔を思い出し、完璧に整えた眉がきつく寄る。

 いなくなってからも自分をイラつかせるなんて、本当に腹立たしい。やっぱりもっと痛めつけておくんだった。あの能無し、と舌打ちする。


 だが、魔石の付与がなくなったのはありがたい。

 あんな重労働を続けていたら、肌も髪もぱさぱさになってしまう。実際、ここ数日だけでジャクリーンの髪は艶が消え、肌もずいぶんくすんでしまった。後でたっぷりと手入れしなければ。


 そういえば、エリーを捨ててずいぶん経つが、死体が見つかったという話は聞かない。あの子はどこへ行ったのだろう。


(まあいいわ)


 気を取り直し、首飾りに取りかかる。

 魔石と違い、宝石の魔力付与は難しい。魔力を定着させるための土台がなく、場合によっては変色する。エリーに丸投げした結果、どうにかうまくやったらしいが、その方法をジャクリーンは知らない。興味もないので聞かなかった。

 だが、あの無能にできて、自分にできないはずはない。


(まずは水ね)


 青い宝石を選び、ジャクリーンは水の魔力を込めた。

 だが、魔力は宝石を通り抜け、そのままこぼれ落ちてしまう。

 それならばと思い、もっと強い魔力を込めたが、やはり結果は同じだった。何度やっても定着せず、わずかな魔力も付与できない。


 気を取り直して、今度は土。土の魔力を込めると、今度はすぐに反応があった。ほっとしたのも束の間、すぐに黄色の宝石が濁り始める。慌てて中断したが、一部が変色してしまった。

 次は火。赤い石は魔力を帯びやすく、試行錯誤の末、わずかだが魔力が定着した。伯爵の要求するレベルには到底足りていないが、これで納得してもらうしかない。水と土は、後でどうにかしてもらおう。


(最後は風……)

 緑色の石に魔力を込める。定着した、と思った直後、バンッ!! と音を立てて弾け飛んだ。


「何!?」


 属性の違う石をひとつのアクセサリーに仕立てると、反発し合う。

 風の魔力はかき消され、せっかく付与できた火の魔力が炭化していく。急いでやり直そうとしたが、すでに変質しているせいか、ジャクリーンの魔力を受けつけない。黄色の石はますます濁り、赤い石は黒ずんで、緑と青の石は輝きを失う。


 魔力付与を失敗した場合、宝石にまで影響が出る。

 だが、ジャクリーンにそんな事は分からない。

 失敗をどうにかしようとして、次々に魔力を重ね掛けする。それは宝石の魔力付与における最大の禁忌だが、彼女が知るはずもない。


 やがて、どうにもならないほど宝石が変色してしまい、ジャクリーンはその場にへたり込んだ。


(どうしよう……)


 いつの間にか、じっとりと冷や汗がにじんでいる。

 記憶にある限り、魔力付与は簡単な仕事だった。

 あのころはエリーよりも魔力が強く、作業も楽々こなしていた。頭がよく、魔力操作も得意だったジャクリーンは、近所でも評判の美少女だった。


 みんなに褒めそやされながら、平凡なエリーを馬鹿にしていた。

 しょっちゅう魔力を流し込んでいじめ、泣き叫ぶ姿を見て楽しんだ。

 あのころは、確かに簡単だったのに。


(どうしてよ……)


 ジャクリーンは気づいていない。

 未熟な子供時代における魔力量が、見た目通りとは限らない事。

 仕事を始めたばかりのころと違い、どんどん複雑な仕事が舞い込んでいた事。

 そのすべてをエリーに押しつけ、まともに仕事をしていなかったジャクリーンが、いきなり魔力付与などできるはずがない。


 まして今、彼女に仕事を依頼しているのは伯爵家だ。

 貴族の仕事内容は難しく、平民の時とは比べ物にならないほど高度なものを要求される。そのすべてを引き受けていたのはエリーだ。今のジャクリーンには手も足も出ない。


(どうしたらいいの……)


 わなわなと震える手を握りしめ、ジャクリーンは唇を噛んだ。

 エリ―に押しつけようにも、ここにはいない。

 魔力枯渇を起こしたのを知って、用はないと捨てたからだ。その直前にずいぶん暴行を加えたから、今は瀕死の状態だろう。見つけても役に立つとは思えない。


 だったら他の人間をと思ったが、ジャクリーンの要望を満たすレベルの付与師は存在しない。それもそのはず、エリーと同じ仕事をこなせる人間はこの国にいない。

 たとえいたとしても、とっくに独り立ちしているか、王家のお抱えになっているだろう。はした金程度で雇われるはずがない。


 こんなはずではなかったのに。

 無能な妹を切り捨てて、身軽になって伯爵家に嫁ぐ。

 自分は天才付与師の称号を得て、周りから賞賛される。それが当然だと思っていた。


 ――そのはず、だったのに。


(どうしよう……)


 冷や汗が頬を伝い落ちる。

 握りしめた宝石は、泥水のように濁っていた。

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