16.閣下の語弊と行動弊
――そこからは、まさにお祭り騒ぎだった。
研究を重ねた結果、今までの方法では圧倒的に魔力が不足していた事が分かった。
古代魔導具を動かすには大量の魔力を必要とする。それが通説だったが、桁がひとつ違っていた。
今回はエリーによって魔力付与できたが、継続的に行うために必要な魔石はおよそ二万個。到底実用には及ばない。
「で、使い方は分かったの?」
「それはまだ……。私は魔力付与しただけなので、使い方までは」
「そりゃそうか。そっちは閣下の領分だもんな」
あれからアーヴィンは仕事場の一角にこもりきりだ。無表情ながら、ものすごくうきうきしている。
おかげで暇になった二人は、片隅でお茶を飲んでいる。
「あんなに喜んでいただけるとは思いませんでした。踊ってましたね、本当に」
「たまに子供みたいなんだよな、あの人」
でもさ、とサイラスが紅茶をすする。少しお行儀が悪いが、ここにいるのは二人だけなので目をつぶる。
「よく分かったね、魔力が足りないって」
「なんとなくです。前に見せていただいた指輪も、魔力を吸収している感じがあったので……。だから、魔力不足なのかなって」
あれは古代魔導具ではないが、現代とは違う技術を持った魔導具だ。
「魔力なら閣下も大分注ぎ込んでたんだけどなぁ……。さすがにあのレベルで付与したら、当分動けなくなるレベルだから」
今までの古代魔導具に比べ、はるかに魔石の消費量が高かったのだ。
おまけに魔力付与する人間が複数いると、うまく付与できない仕掛けになっていた。
今は使用方法についての解析が続けられている。そちらはアーヴィンの専門だ。
せっかくなので、エリーは部屋に置いてある魔導具すべてに付与を行い、訪れたサイラスを唖然とさせた。
「これだけ魔力が余ってるなら、この間の指輪はどうなったの?」
「あれは難しいですねぇ……。冠とは全然違ってて」
やみくもに魔力を込めても反応せず、逆に閉ざされてしまうのだ。
一口に魔導具といっても、それぞれ性質も用途も違う。アーヴィンも冠と並行して調べているが、こちらはまだまだ難航している。
数日経って、ようやく冠の用途が分かった。
「かぶった者に莫大な魔力を授けるらしい。取り扱いには注意が必要だな」
「まさに王者の冠ですね」
「体内の魔力を活性化して、その力を効果的に高めるようだ。まだまだ研究の余地はあるが、とても興味深い」
同時に指輪の解析も継続している。こちらはなかなか進展しないが、石の色や配置、彫刻などの意匠から、ある程度の見当をつけている。
「調べた限りでは、お守りのようなものだと思う」
しばらく調査した後、アーヴィンがそう結論づけた。
「お守り?」
「魔石と宝石を組み合わせた術式だ。魔石の中に、魔法陣が刻まれているだろう。どうやら魔除けの意味があるらしい」
確かに小さな石の奥、わずかな模様が見て取れる。
「あしらわれている石も、幸福の象徴だ。清浄の青、情熱の赤、豊穣の緑、母なる黄色。夜を統べる黒に、聖なる白。すべてが連なって、持ち主を守る」
「素敵……」
粒のそろった宝石は、ごく控えめにきらめいている。
こんなに綺麗なお守りなら、いつまででもつけていたくなる。
エリーも年頃の少女なので、綺麗なものは大好きだ。だがさすがにこれは高価すぎるので、横で眺めている方がいい。
「おそらく結婚指輪だな」
「えっ?」
「それくらい手が込んでいる。嵌めてみるか、エリー」
「い、いえ、滅相もないっ」
「嫌いなのか?」
「そうではないですが、恐れ多くて」
そうかと頷き、彼はなんでもない口調で言った。
「どうせ私が手に入れたものだ。嫌いでないなら嵌めるといい。きっと似合う」
まごまごしているうちに手を取られ、するりと指輪が嵌められる。よりにもよって、彼が選んだのは左手の薬指だった。
「ごっ……」
語弊ではなく、行動による弊害? 誤解? ええと……行動弊?
突っ込む声が途中で消えて、無言で指を見つめてしまう。
完全に固まったエリーに、彼は満足そうに頷いた。
「思った通りだ。よく似合う」
微笑む顔がとんでもなく格好良い。思わず見とれ、エリーの顔が赤くなる。
(語弊も行動弊も、困る……!)
だが、確かに指輪は美しい。
気を取り直し、エリーはきらきら光る指輪を見つめた。
(綺麗……)
それぞれの宝石が異なる輝きを生み出して、互いに輝かせ合っている。極小の魔法陣が組み込まれているなど、こうして見ても分からない。今は失われた高度な技術だ。
いつか詳しく調べてみたいが、さすがに難しい。
「これ、まだ使えるんでしょうか?」
「難しいところだな。効力を失ってからも、装飾品として使っていた可能性がある。その場合、魔導具としての価値はゼロだが、骨董品としての価値はある」
廃棄品と認められた場合、市場に流れる事もある。
とはいえ、古い時代の魔導具はそれだけで貴重なので、廃棄品と言えど高値がつく。最低でも、金貨半袋。それを割る事は絶対にない。
ほうっとため息をつき、指輪を外そうとすると、アーヴィンに止められた。
「君にあげよう。しばらく嵌めているといい」
「へっ?」
「君の魔力に馴染ませた方がいい。宝石の艶も良くなるはずだ」
「ああ……そういう」
つまりメンテナンスという事か。そう言うと、彼は「違う」と眉を寄せた。
「君にあげると言っただろう。私からのプレゼントだ」
「プッ……!?」
プレゼントのレベルをはるかに超えております閣下!
一瞬で脳内を駆け巡った言葉は声にならず、ふるふると首を振る。
「……っ、無理ですごめんなさいお返しします!」
「遠慮することはない。害のないものなら、普通に取り引きされている。先ほど言った通り、それも私が購入した品だ」
「そういう問題ではなくてですね……」
焦って外そうとしたが、それを察した相手に制された。
「外さないでくれ。私の気持ちだ」
「語弊!!」
「君に受け取ってほしい。女性に指輪を贈るのは初めてだ」
「だから語弊!!」
「君しか贈りたい相手はいない。君だけだ、受け取ってくれ。エリー」
「語弊――っ!!」
その後も攻防は続けられたが、最後には業を煮やしたアーヴィンに「主人命令」と告げられた。断る術は当然なかった。後で聞いたサイラスが爆笑していた。
(な、なんなんだろう、本当に……?)
よく分からない混乱の中、エリーは困惑しきりだった。




