15.魔力付与
それからは、指輪について調べる事が日課となった。
アーヴィンに課されているのは、希少な魔導具の研究と解析だ。その中には古代魔導具も含まれている。国の最重要機密に当たるため、アーヴィンにしか取り扱いが許されない。エリーにできるのは必要な魔石を補充したり、頼まれた魔導具に魔力付与する事だけだ。
それでも、サイラス曰く「ものすごくはかどるようになった」そうなので、それが本当ならとても嬉しい。
その功績により、エリーはただの助手見習いから正式な助手へと格上げされた。王宮へも話を通したそうで、それを知ったエリーは失神しかけた。
「大丈夫、エリーは優秀な助手だから」
「わ、私、優秀なんかじゃないです……」
「そんなことないって。それに――」
そこでサイラスが意味ありげな顔になる。
「実は、君に協力してもらいたいことがあるんだ」
「協力……ですか?」
「ずっと打診してたんだけど、ようやく許可が下りた。正直、閣下の働きかけのおかげだな。正式な助手である以上、エリーに明かしてもいいってさ」
「それは一体……?」
「見れば分かるよ」
そう言って連れてこられたのは、アーヴィン専用の作業場だった。
いつもの部屋の隣だが、ここに入れるのはアーヴィンとサイラスの二人だけだ。そのサイラスも、古代魔導具には決して手を触れない。「何があるか分からないからねー」との事だが、エリーだって相当怖い。
「エリーは大丈夫だと思うよ。古代魔導具については知ってる?」
「古い時代の遺物ですよね。今よりずっと力の強い魔法使いが作り出した、今よりもずっと強力な魔導具だって聞いてます」
「その認識で間違いないかな。ついでに言うと、元々君のお姉さんに頼もうと思ってた仕事なんだよ」
「え?」
「閣下、連れてきましたよ」
少し離れた場所で作業していたアーヴィンが、それを聞きつけて顔を上げた。
「よく来てくれた。まずは君に見せよう」
「わぁ……」
彼が取り出したものを見て、思わずエリーは声を上げた。
それは銀色に輝く冠だった。
小粒の魔石がぐるりと配置され、中央にひときわ大きな魔石が飾られている。魔石の色は黒。つややかな深みを帯び、黒真珠のように輝く。
「これは……?」
「古代魔導具だ。『王者の冠』と呼んでいる」
王家の宝物庫から持ち去られたとも、名のある魔術師の墓から発見されたとも言われている曰く付きの品だ。
これの研究と解析にしばらく前から取りかかっているのだが、どうも芳しい成果がないという。
「簡単に言えば、魔力付与できない」
「え……そうなんですか?」
ちらりとサイラスに目を向けると、彼も「そうそう」と頷いた。
(魔力付与できない、かぁ……)
それは珍しい事ではない。この間見せてもらった指輪だって、結局は魔力付与できなかった。古い時代の魔導具の取り扱いは難しく、動かす事も至難の業だ。古代魔導具ともなればなおさらだろう。
「エリーは魔力付与が得意なんだろう? せっかくだから、力になってくれないかな」
「つ……つまり私の責任が重大だと……!」
「そうではない」
慄くエリーに、呆れ顔のアーヴィンが首を振った。
「君にそこまで負わせる気はない。サイラスも、余計なことを言うんじゃない」
「で、ですが、閣下……」
「君は十分役に立っているし、それ以上は望んでいない」
ありがたい言葉のはずなのに、エリーの胸がちくりとした。
望んでいない。つまり、期待もされないという事だ。
(……それは、やだなぁ)
できれば彼らの力になりたい。
もっと役に立ちたい。頑張りたいと思う。
ジャクリーンに強制されている時は、かけらも思わなかった。でも、今はそうじゃない。
(私……やってみたいんだ)
生まれて初めて感じる気持ちに、エリーの胸が高鳴った。
「……私ができることでしたら、お手伝いさせてください」
「エリー?」
「魔力付与だけはたくさんやってきました。お力になれたら嬉しいです」
誰かに命じられるのではなく、彼らの力になりたいと思った。
古代魔導具を見たのは初めてだが、魔導具である以上、魔力付与できる。きっと何か方法があるはずだ。
きっぱり告げたエリーに、アーヴィンが目を丸くする。
「……それは、助かるな」
(あ……)
笑った。
「とりあえず、触ってみてもいいでしょうか」
「もちろん」と許可をもらい、おそるおそる冠に触れる。
触った感じはひんやりとして、見た目よりも重かった。半分は魔石の重みかもしれない。
一応魔力付与してみたが、まったく反応がない。指輪の時と同じく、魔力をただ吸収している。礼を言って一度戻し、じっくりと考える。
(拒んでるわけじゃない……けど、このままじゃ動かない)
魔力を吸収しているのも気になる。古い時代の魔導具に共通する特徴だろうか。
それとも、とふいにひらめく。
「閣下、ここについているのは全部魔石ですよね?」
「ああ、そうだ」
「一連になっているということは、これすべてに魔力を込めればいいのでは?」
「そう思ってやってみたが、駄目だった。魔石を三千個使用したのだが、途中で効果が切れてしまった」
「三千個……」
それはまたすさまじい。
(でも、気になる)
弾くでもなく、消すでもなく、魔力は冠に吸収された。エリーの魔力が拒まれているわけではない。
だとすれば、考え方を変える必要がある。
(古代魔導具は、大量の魔力を必要とする……)
その容量が大きすぎるため、今の時代では動かす事も困難だ。
アーヴィンが使った魔石は三千個。おそらく、大量の魔石をかき集めたのだろう。
だが、そうなると魔力が混ざってしまい、綺麗な反応が出ない事もある。
この間エリーが付与した分では到底足りない。あれは普通の魔石に直せば二千五百個ほどだ。
だとすれば――。
ゆらりと、体の奥に魔力を感じた。
ああ、この感じは久々だ。
幼いころから搾取され続けてきた結果、ここまで魔力が溜まる事は一度もなかった。成長しても根こそぎジャクリーンに奪われ続け、もはや魔力付与以外の行為を忘れてしまった。
けれど、今はそうじゃない。
「エリー、君、どうしたの……?」
サイラスが驚いた顔になる。
「その魔力……え、何、どうなってるの?」
「閣下、もう一度冠を貸してください」
手を差し出すと、指先に魔力が揺らめいた。
渡された冠を握りしめ、エリーは一言口にした。
「――《魔力付与》」
途端、爆発的な力が立ち上った。
すさまじい魔力が冠に吸収されていく。その中で、いくつもが弾かれ、いくつもがせめぎ合い、まばゆい光を立ててぶつかり合う。まるで光の洪水のような騒動が静まった時、肩で息をつくエリーが残されていた。
「エリー、君は……」
「できました」
額に汗をにじませながら、エリーはにこっと笑顔になった。
「成功しました、魔力付与」