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暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました  作者: 片山絢森
暴君な姉に捨てられたら、公爵閣下に拾われました
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14.閣下と語弊(ふたたび)


    ***



 公爵家での生活に慣れるにつれ、エリーは徐々に健康的になっていった。


「あれ、エリーの髪、ずいぶん綺麗になったなぁ」

 そんなある日の事だった。魔導具の研究を手伝っていたサイラスが何気ない口調で言った。


「そうですか? 特に何もしてませんけど」

「最初に会った時よりもきらきらしてる。髪の一本一本に艶があるっていうか、光ってる感じ」

「光る……?」


 肩の下まで伸ばされた髪は、確かにサラサラと手触りがいい。毎日お風呂に入っているから、そのせいだろうか。


「それに、瞳の色も違う。前よりずっと深くて綺麗な紫色(アメジスト)だ」

 そう言われても、鏡をまじまじと見た事はない。首をかしげていると、アーヴィンが当然のように頷いた。


「魔力欠乏が改善されて、適切な魔力が体内をめぐるようになったんだろう。確かに君の髪も目も、ここに来た時とは色が違う。特に瞳は宝石のようだな。とても綺麗だ」

「かっ……!?」


 間近に迫った顔にぎょっとしたが、観察するような瞳は冷静だ。

 相変わらずの距離感に、ささやかにのけぞって回避する。


(近い近い近い近い)


 そしてやっぱりいい匂いがする。のしかかられているので、この間よりも強く感じる。


「閣下、エリーが困ってます」

「なぜだ」

「なんで分からないのかが不思議ですよ、俺は」


 呆れた口調で言いながら、教えてやる気はないようだ。いい加減にのけぞるのも限界で、エリーは情けない声を出した。


「さ、サイラス様、助けてください……」

「割と微笑ましい構図になってるので、しばらく俺の目を楽しませてほしいな。閣下に迫られて抵抗してる村娘って感じで初々しい」

「せっ……!?」

「誰がだ」


 アーヴィンが眉を寄せたが、距離は変わらない。だから近い近い近い……! と言いたくなるのを抑えて、エリーはそっと手のひらを添えた。


「?」

「少々……距離感がおかしいです」


 不可解な顔をしたものの、アーヴィンが言われるまま少し離れる。

 ようやく姿勢が戻り、エリーはほっと息を吐いた。


「君の本当の目の色はそれか」

「よく分からないです」

「分からなくてもいい。とても綺麗だ」


 ふ、とアーヴィンが微笑む。その顔もどきりとするほど整っている。

 綺麗と言うなら彼の方がずっと綺麗だと思うのだが、本人にその自覚はないらしい。そしてとにかく距離が近い。ひたすら近い。


「魔力反応もよく出ているな。星のようで美しい。ぜひ今度、真夜中にその色を見せてほしい。私だけに」

「は……」

「閣下、語弊があります」


 手を取られたまま固まっていたエリーに、サイラスが冷静な声で突っ込みを入れた。


「何がだ」

「それは女性を寝床に誘う時の常套句です。エリーには不適当かと」

「ねっ……!?」

 一瞬で顔を赤くすると、彼は眉を寄せて言い返した。


「そんなつもりはない。瞳の魔力反応は、夜に見るととても綺麗だ。陽の光とはまた違った美しさがある。私はそれを見てみたい。もちろん、エリーが許してくれればだが」

「は……」

「まぁそんなことだと思いましたけどね。誤解されるんでやめてください」


 終始突っ込みモードのサイラスは、こんな事には慣れっこらしい。

 確かにこの容姿でそんなセリフを連発すれば、誤解されてもおかしくない。むしろよく今まで何事もなかったなこの人……と思ったが、さすがに口には出せなかった。


 魔導具の研究をしているアーヴィンは、あまり人とは接触しない。

 職人気質の名の通り、中身は完全に技術者だ。研究に夢中になるあまり、寝食を忘れる事も多いという。今は別件で忙しいため、あまり凝った研究はできないが、たまに簡単な魔導具を自作して楽しんでいる。


 エリーも見せてもらったが、オルゴールの中に色とりどりの魔石がきらめき、音に合わせてくるくる回る代物だった。


(可愛い……)


 じっと見ていたら、なぜだかプレゼントしてくれた。断ったのだけれど、やや強引に渡された。そんなに欲しそうに見えたのだろうか。

 オルゴールはエリーに用意された部屋で、毎日くるくると回っている。たまに魔石の色が変わって、そこが面白い。


 仕組みは簡単だが、実際に動かすのは難しい。繊細な設計に加え、高度な魔力付与の操作が必要となる。アーヴィンはどちらも極めて優れている。


 最初のころ、ぽつぽつと質問しているうちに、アーヴィンの興味を惹いたらしい。簡単な問答の後、今ではアーヴィンの助手のようなものを任されている。サイラスも他の仕事で忙しいため、手伝いが増えるのは歓迎らしい。名目は助手見習いだ。


 エリーにとっても、珍しい技術を間近で見るのは勉強になる。結果として、二人であれこれ意見を交換しているうちに、すっかり意気投合してしまった。


「君は私にとって唯一無二の人だ。ぜひ末永くそばにいてほしい」

「閣下、語弊があります」

「この命が尽きるまで、私から離れないでほしい」

「語弊が悪化しています」

「君を一生手放したくない。私は真剣だ」

「語弊ー!!」


「君を」ではなく「君の才能を」だ。そして過大評価が過ぎる。


「面白過ぎるなぁこの二人」

「面白がってないで助けてください!」


 この調子で愛の言葉(語弊)を囁かれ続けたら、エリーの精神が先にやられる。

 そんなアーヴィンは何やら魔導具を調べている。エリーの視線に気づくと、「君も見てみるか」と差し出された。


「これは……指輪ですか?」

「古代魔導具ではないが、古い時代の品だ。以前に手に入れたものだが、動かし方が分からない」


 少し幅広の、シンプルな指輪だ。銀の台座に、色鮮やかな宝石がちりばめられている。それらをまとめるように、一回り大きなサイズの石が埋め込まれていた。


「魔石がついてますね。調べてみてもいいでしょうか」


「構わない」という許可を取り、軽く魔力を流してみる。

 しばらく待ったが、反応はない。次に魔力の強さを変える。やはり反応がないのを確認し、今度は濃度を。通常の付与なら十分な量を流し込んでも、指輪はまったく反応しない。弾いてしまうのではなく、ただ吸収している感じだ。


「どうだ?」

「駄目ですね……。呪文は試してみましたか?」

「調べたが、スペルで起動する仕掛けはないようだ。もっとも、見つけられないだけかもしれないが」

「この魔石も気になります。並びに意味がある場合、色との兼ね合いも――」

「あ、あー、お二人さん」


 話に熱が入った辺りで、サイラスがそろりと両手を上げた。


「仲がいいのは結構だけど……距離、近くない?」

「む」

「え?」


 そこで気づいたが、いつものアーヴィンとほぼ同じ距離だった。

 指輪が小さいせいで、顔を突き合わすほど近くに来ていた。ばっと飛び離れたエリーに、アーヴィンがなぜか眉をひそめる。


「邪魔をするな、サイラス」

「あとで気づいたらエリーのダメージが半端ないでしょう。みんながみんな、閣下みたいな距離感の人じゃないんですよ」

「エリーは私にとって好ましい、大切な人だ。彼女から近づいている以上、私には何の不満もない」

「閣下、語弊」

「語弊ではない。事実だ」


 真顔で言うアーヴィンは堂々としている。発言内容に間違いはないらしい。いたたまれなくなったエリーに、サイラスが同情するような視線を向けた。


「ごめんねエリー、うちの閣下、度重なる語弊はあるけど、嘘がつけない性格だから」

「なお悪いじゃないですか!」

「これで愛の告白じゃないとか頭おかしいよね。でも本心だからさ、受け取って差し上げてよ」

「無理ですよ!」


 不敬が過ぎるもいいところだ。

 ボロ雑巾のような自分を拾って介抱してくれたあげく、住む場所と食事まで与えてもらった。おまけに仕事の手伝いをする事で、この家にいてもいい理由まで与えてもらった。


 本当に、感謝してもし切れない。彼らはエリーの恩人だ。

 アーヴィンの助けになるなら、どんな事でも手伝いたい。なんでも力になりたいと思う。

 だがそれが語弊となると……正直、頭が痛い。


「私あの、こういうの、慣れてないので」

「だろうね」

「どうしたらいいんでしょう……?」

 ひそひそと話す横で、アーヴィンが眉を寄せたままこちらを見ていた。


「お前も近いぞ、サイラス」

「俺はいいんですよ。エリーは妹みたいなものだから」

「私も大切に思っている」

「閣下はねぇ……。ああ、うん、でもいいです。余計なことは言わないに限る」


 よく分からない事を言い、サイラスは兄のような目でエリーを見た。


「頑張って、と言っておくよ」

「え?」

「いいから。頑張ってね、エリー」


 戸惑いつつも、エリーはその言葉に頷いた。

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