13.ジャクリーンの栄華と誤算
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一方、そのころ。
「素敵……! なんて素晴らしいの?」
豪華なドレスを身体に当て、ジャクリーンは飛び切りの笑顔を向けた。
「君に似合うと思ったんだ。気に入ったかい?」
「ええ、とっても!」
微笑みを浮かべる男性は、ロドス伯爵。五十代とは思えないほど若々しく、領地内外で手広く商売をしている。ジャクリーンの才能に惚れ込み、熱心に屋敷に誘ってくれた当人でもある。
その後ろには彼の息子であるアランもいたが、彼もにこやかな表情を崩さない。ジャクリーンを手放しで歓迎しているようだ。
「でも、申し訳ないですわ。この間もドレスを買っていただいたばかりなのに」
「構わないさ。優秀な才能に投資をするのは当然だ」
「まあ、投資だなんて」
ジャクリーンはころころと笑う。
彼の息子との結婚の話を出したのは、伯爵である彼本人だ。貴族の冗談はつまらないが、乗せられてやってもいい。
「君の付与した品を初めて見た時、信じられなかった。まさか魔力付与2の壁を突破するとは。あれは一級品どころか、特級品だ。奇跡と呼んでもいいくらいだ」
「まあ、そんな」
恥じらうジャクリーンに、伯爵が熱心に言いつのる。
「ジャクリーン嬢が望むなら、いつまででもここにいるといい。欲しいものがあれば、なんでも手配しよう。君の望みはすべて叶える。だから、君の才能のかけらを我々に分け与えてくれないか」
「もちろんですわ、伯爵」
ジャクリーンは優雅に礼をした。
「わたくしの力があれば、伯爵家はますます栄えることでしょう。全面的な協力をお約束いたしますわ」
「ありがとう、ジャクリーン嬢。早速だが、仕事を頼んでも構わないかね?」
「ええ、もちろん」
「ではこれを」
運び込まれたものを見て、ジャクリーンは目を瞬いた。
「……これは?」
「いつもと同じ、魔力付与だよ。君には簡単すぎるかもしれないが。いつも通り、明後日までに頼む」
目の前にあるのは、魔石の入った箱だった。
ひとつの箱に入っているのは、およそ百個。それが三箱と、その他に豪華な首飾りがある。
「そちらの首飾りには、以前の付与と同じものを。宝石すべてに異なる属性の魔力付与など、まさに天才だ。魔石ではないのに、よくそんなことができたものだ」
「宝石にもわずかな魔力が宿りますもの。簡単ですわ」
ジャクリーンは知ったかぶりで口にする。
無能のエリーにできたのだ。自分にできないはずはない。
作業はエリーに丸投げしたが、あの愚図がうまくやったらしい。あれはすぐにめそめそと泣くが、命令した事はちゃんとやる。それがどんな内容でもだ。
そこだけは褒めてあげてもいいわねと、ジャクリーンはひそかにほくそ笑んだ。
無料の奴隷がいなくなったのは痛いが、元々ジャクリーンは魔力操作が得意だった。魔力量はエリーよりもずっと多く、実力もある。
あの泣き虫の役立たずさえ、それなりに仕事はできたのだ。あんなのろまがいなくとも、自分だけで十分だ。
「さてと。面倒だけど、始めましょうか」
彼らが部屋を出て行った後、ジャクリーンは息をついた。
本当は髪と肌の手入れに使いたかったのだが、しょうがない。
魔石をひとつ手に取り、魔力を込める。
「……あら?」
だが、いくら魔力を込めても、魔石はいっぱいにならなかった。
やり方が悪いのかと思ったが、石はわずかに反応している。方法に問題はないらしい。
結局その後、三十分以上かけて、ようやくひとつの付与が終わった。
(不良品が混じってたのかしら)
舌打ちしたくなるのをこらえ、次の石を手に取る。
だが、それも同じだった。
いくら魔力を込めても無駄で、ほとんど使い切るようにして出し尽くす。ようやく三個の付与を終えたところで、ジャクリーンはへとへとになっていた。
「なんなの、これ……?」
ハアハアと息をつき、床の上にへたり込む。
残された石は、あと297個。
こんなものが終わるはずはない。
おまけに、翌朝自分の元を訪ねたロドス伯爵は、ジャクリーンが付与した石を確認して眉をひそめた。
「すまないが、これでは到底品質が足りない。いつも通り、20を超える付与でないと。これはせいぜい1.1から1.3、平民相手ならそれでもいいが、我々は貴族相手の商売をしている。申し訳ないが、やり直してほしい」
「な――」
「ここにある魔石は、どれも一級品だ。当然付与は難しく、必要な魔力も多くなる。今までもしていたことだろう。もしかして、調子が悪いのか?」
不思議そうに聞かれ、ジャクリーンは慌てて頷いた。
「実はそうなのです。どうやら、引っ越しの疲れが抜けないようで……。申し訳ありません」
「それは大変だったな。構わない、あと二日あげよう」
「二日……」
「どうかしたのか?」
伯爵に聞かれたが、いいえと答える。まさか本当の事が言えるはずもない。
「それとは別に、首飾りの方も頼む。そちらは急ぎではないが、早めに欲しい」
「はい、それはもちろん」
「頼んだぞ、天才付与師よ」
伯爵が出て行ってしまうと、ジャクリーンは唇を噛みしめた。
こんなところでつまずくのは予想外だった。
ここ数年、ジャクリーンはまともに仕事をした事がない。覚えている限りで二回、エリーが魔力枯渇を起こす直前だ。
あの時も、ほとんどエリーが作業を終えていたから、自分がやるべき事はなかった。簡単な魔力を流すだけで、どの仕事もすぐに終わった。
(ちょっと調子が悪いだけよ。慣れればすぐにうまくいくわ)
魔石の付与は後で考えよう。
いざとなったら、魔力持ちを大量に雇えばいい。それくらいは伯爵家の金で何とでもなる。なんといっても、自分は天才付与師なのだ。
(だけど、ちょっともったいなかったわね)
ジャクリーンの脳裏に、痩せっぽちの妹の姿が浮かぶ。
いつもおどおどしてみっともなく、ジャクリーンに逆らえない哀れな仔羊。
あんな無能でも、何かしらの役には立っただろうに。
(最後に痛めつけてスッキリしたけど……考えたら、まだ魔力が残ってたわ。あの魔力があれば、少しは違ったでしょうに)
いらないと思って放り出したが、まだ使い道はあったのだ。
最後までタイミングが悪いなんて、本当に役に立たない。愚かで馬鹿な、無能の妹。
そう――確かに、あの愚図は「魔力量だけ」はそこそこ多かった。
成長するにつれ、ますます増加しているようだった。
それでも、自分の方がすべてにおいて優れている。だから、何の問題もない。
ジャクリーンはそんな事を思っていた。




