12.本当の付与者
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「……それはまた、前向きなんだか、後ろ向きなんだか、ですね」
「どう見ても後ろ向きだろう。逃げられる気力が湧いたのはよかったが」
「それで、その魔石は?」
「これだ」
アーヴィンがざらりと机に広げる。
エリーに渡したのは、形も属性も様々な魔石だった。
魔石にも相性というものがある。魔力付与は繊細で、場合によっては反応すらしない。属性にも敏感で、少しでも違えば弾かれる。ここにあるものはどれもそれなりに気難しく、扱いにくい魔石だ。
エリーの得意分野が分からないため、自分に合うものを選んでもらえれば、といった程度の気持ちだった。
まさか、そのすべてに魔力付与できる人間がいるなど、想像した事もなかった。
「さすが、天才魔力付与師と名高いジャクリーン・ブランシールの身内……といったところですかね」
魔石を確認していたサイラスが口笛を吹く。
「すごいな、完璧に付与できてる」
「それだけじゃない」
アーヴィンは魔力計を放った。
「それで見てみろ」
「え、これって……え、えっ?」
魔力計とは魔力を測定する器具の事だ。元になる魔力を1として、どれだけの魔力が付与できたか確認できる。
通常の魔力付与は、1.2から1.5。
1.8もあれば上級付与で、どんなに工夫しても2が限度だ。それを超える事は絶対にない。少なくとも、現状では。
だが――これは。
「128……え、百倍、以上?」
「こっちは147だ。残りの石も、100を下回るものはない」
「……魔力計が壊れましたか、閣下」
「壊れていない。私も試してみたが、正常だった」
そこで二人の男が黙る。
エリーの行った魔力付与は、極めて高度なものだった。
魔力付与ができる者は「付与師」、あるいは「付与術師」と呼ばれる。彼らは魔力持ちのおよそ一割ほどで、その力は高く評価される。それだけでも高度な技術なのに、エリーはその事が分かっていない。それほど姉の才能が突出しているのか、それとも――。
「エリーの言葉を信じるなら、ジャクリーン・ブランシールには彼女以上の才能があるという。だが、どうも腑に落ちない」
店主であるジャクリーン・ブランシールの噂は聞いていた。
ここ数年で驚異的な売り上げを誇る魔力付与の工房。その実態は、たったひとりの天才付与師の存在だと言われている。
最初は平民と侮られていたが、その活躍は目覚ましいものがある。
赤い髪をした妙齢の美女で、上級貴族とも親交がある。何より素晴らしいのが彼女の持つ魔力付与の才能で、その天才的なセンスは他を圧倒する。今では王族さえも興味を持っていると言われており、アーヴィンも名前だけは知っていた。
ただし、気になる点もある。
「どう考えても、ひとりでできる作業量ではない。複数で行ったとすれば、完全別作業になるだろう」
「大量の付与師を使って、自らの魔力不足を補っている――ですか。で、その中のひとりがあの子だと」
「あの量の納品数が事実なら、相当数の付与師がいたはずだ。それも、極めて有能な」
「そんなに有能には見えませんでしたけどね。小さかったし」
「魔力持ちは見かけによらない」
あっさり答え、少し黙る。コツ、と指の背が机を叩いた。
「だが、現時点で確認できた魔力はひとり分だ」
「そしてそれは今までに行ってきたジャクリーン・ブランシールの仕事と、ほぼ一致している」
ここから導き出される結論はふたつ。
彼女がとんでもない天才か、逆にとんでもない詐欺師かだ。
「普通に考えれば、ジャクリーン・ブランシールがずば抜けた才能の持ち主ってことですけどね。天才付与師って噂とも合致しますし」
「だが、そうなるとエリーが倒れていた理由の説明がつかない」
限界まで魔力を搾り取られたあげく、用済みとなって捨てられた。はっきりとは口にしないが、状況からそう見るべきだろう。
だとすれば、ジャクリーンがエリーの魔力を奪っていた事になる。
「さすがに仕事量が多すぎたとか?」
「調べた限り、ほぼ毎日夜会に参加している。手が足りないようには見えなかったそうだ」
「エリーがしていたのはお手伝いレベルとか?」
「あそこまで魔力を搾り取られてか? しかも、彼女の魔力量は普通じゃない」
どう考えても、簡単に魔力欠乏を起こすような体質ではない。
「……というと?」
「つまり――」
コツ、とアーヴィンは指で机を叩いた。
「実際に魔力付与を行っていたのはエリーだった。違うか?」
そして魔力枯渇を起こしたと見るや、あっさり見限られて捨てられた。
それも執拗な暴行を加えてだ。
シン、と二人が沈黙する。
「エリーの回復が早かったのも、魔力量が多いなら説明がつく。魔力枯渇を起こさなかったのも、彼女自身の能力のおかげだろう」
「確かに、あの回復速度は異常でしたね。むしろあっちが天才だと言われた方がしっくりきます」
「同感だ。そして、彼女の魔力は以前に手に入れた魔導具のものとよく似ていた」
「なるほどなるほど……って、うわぁ……」
サイラスが呟いた後、ぞっとしたように身震いする。
「……ジャクリーン・ブランシールの行方はつかめたか?」
「王都にあるロドス伯爵家で暮らしているようです。ロドス伯爵は魔導具に造詣が深く、ジャクリーン・ブランシールの才能を高く買っていたとか。息子のアランも同様です。また、魔石を使ったアクセサリーを売る商人とも付き合いがあるため、その関係で囲い込みされたのではないかと」
「あの力が本物なら、何を措いても手に入れたい能力だからな」
「ゆくゆくは結婚の話も出ているようですが、なぜかその後、話が動いた様子はありません」
エリーを捨てた後、ジャクリーンの行方は分からなくなっていた。
身を隠したのかとも思ったが、単に仕事をしていなかったせいだろう。
エリーの話によれば、貴族の妻になると言っていたらしい。それはサイラスの情報とも一致する。
だが、いつまでもそのままでいられるはずがない。
「貴族が平民を妻にするなら、相応の理由が必要だ。もしくは愛人かもしれないが、彼女を手に入れたい理由はひとつ」
彼女の持つ魔力付与の才能をひとり占めにしたい。そして自らの利益とする。
だとすれば、彼女を働かせない理由がない。
エリーがいなくなってからひと月近く。そろそろ動きがあるはずだ。
「取り戻しに来ると思うか」
「どうでしょうね。いらなくなって捨てたわけだし、可能性は低いと思いますが。八つ当たりするためなら……まあ、なんとも」
「私も同意見だ。しばらくは警戒を怠らないように」
「了解です」
彼らはひそかに頷き合った。