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中村君はすれ違う

多分これの読者の中には経験の豊富な人たちが多くいるのだろう。

或いは俺と同じように純真無垢とでもいうべき無知か。

では、そんな老獪な諸君、海千山千な諸君にこう聞きたい。


青春とは何であるか。


ある人ははにかみながら恋愛だと答える。

おめでとう。

そんなモテモテなあなたは間違いなく人生の勝ち組だ。


またある人は目に炎をともしながら自己の成長と答える。

こちらもおめでとう。

そんな猛々しいあなたはこれからも自己成長の機会を逃しはしないだろう。


或いはこんな人もいるかもしれない。

ニヒルに笑いながら自己の青春の荒廃を嘆く人が。


かくいう俺も青春はすっかり荒廃しちまっている人種の一人だ。

ランデブーの甘酸っぱさなど味わったことがないし、性格的に根性論は受け付けない。


そりゃそうだ。

どこぞの青服公務員の「幸せは歩いてこない」という一節はまさに警句なのだから。


勉学に励んでいたわけでもないし、他人に配慮するわけでもない。

努力などしていない俺には砂漠のような青春がお似合いさ。


然し、皆さんご存じのように砂漠にはオアシスと言うものがある。

砂漠の真ん中にも木々が生い茂るのだ。


これと同じように俺の青春にもオアシスはある。


それは何か。


俺、松本祐樹のオアシスとは俺の友達、永田稔のランデブーを眺めることだった。



##########



「おはよう」

教室の引き戸を開けて席に着いた俺に挨拶をしたのは永田稔だった。


おはよう。

俺はそれに返す。


「今日も頼めるかい?」

……ああ、いいが――

「そうか、ありがとう。なら彼女たちにも伝えておこう。彼女たちも喜ぶと思うからね」


寧ろ気を悪くすると思うが。

「なにを言っているんだい」

朗らかな笑みを見せた永田はなおも続ける。


「そんなに卑屈なのが君の悪い癖だよ。それに――」

それに?


「ああいや、何でもない。畢竟、こうやって性急になりすぎるのが僕の悪い癖だね」


永田はそう言ってはにかんで見せると、先生の気配を感じたのか、興味なさげに前を向いた。


俺としてはそうやって謎めいた言動でいちいち人をけむに巻くのも悪い癖だと思いますけれどね。


俺は永田の背中を睥睨し、恨み言を心の中で呟いた。


ところで永田の頼み事とは何であろうか。

これは永田の取り巻きの女子たちが深く関係している。


と言うのも、永田の取り巻きの女子たちは聞くところによると勉強があまり得意ではないらしいのだ。

そこで、俺は学校が終わった後カフェで勉強を教えている。


まあ、ショーウィンドウのケーキ一個とホワイトモカを奢ってもらっているので俺としては構わない。

俺としては一向にかまわないのだが。


一体彼女たちはどう思っているのだろうか。

彼女たちは蓋し永田に気があるように思われる。


然も、彼女たちは、数名を除いて知的であり、果たして本当に勉強ができないのかは疑念の残るところである。


こう考えたらどうだろう。

彼女たちの真の目的とは永田と一緒に居る時間を増やすことであると。

そうであれば彼女たちの提案に疑問はない。


となると、俺は邪魔であるはずなのだ。

然し、永田はなぜか俺を呼ぶ。

と言うことはこう考えるのが妥当だ。


彼女たちは永田に気があり、一緒に居る時間を増やしたいが、永田はその気持ちに気づいていない。


ところで俺がなぜ永田に呼ばれるかについて疑問を挟まなかったかだが、それは一重に俺がほんのちょっとばかし勉強ができるからだ。

こんな駄文を書いておいて天才、あるいは秀才の類を名乗るというのは笑止千万かもしれないが、どうか堪えてほしい。



##########



店員さんにホワイトモカを頼んだ俺は集団で勉強できるスペースを取ってほかのメンバーを待っていた。


今頃永田たちは会計でだれが出すかと言う問答を通じていちゃいちゃしているのだろうか。

そういう青春が俺にもあったらどうだろう。

……いや、俺だったら奢って貰えるのは嬉しいから例え女子だったとしてもその申し出を潔く受け入れてしまうだろう。


へいへいそうですかい。

それがリア充と非リアの違いですかい。


まあいいんだ俺は。

今頃になって人生の充実など望んじゃないから。


そのように考えを巡らしている中、俺の隣に座ってきた少女がいた。


彼女は艶やかで長い黒髪を下ろしている。

彼女の名前は確か田中美紀と言ったはずだ。


なぜ「たしか」などと一拍置いたかと言うと、それは俺が彼女たちに興味がないからだ。


そりゃあそうだろう。

他の男に恋々としている女子をだれが好きになるというのか。

然も立場上俺は彼女が誰を好きか知っているわけだし、叶わぬ恋など追わない主義なのだ。


「おはよう、中村君」


ああおはよう。


ちなみに俺の名前は中村聡である


「今日は暑いね」


そうみたいだな。


「いつもホワイトモカを頼んでいるけれど、好きなの?」


いや、別に好きと言うわけじゃないさ。ただ、奢って貰う範疇で、一番高そうなのがそれだからな。


「ふふ、がめついんだね」


何とでもいえばいい。俺に教えてほしければホワイトモカを奢るんだな。


「うわぁ、こういうの、吝嗇っていうんでしょ?」


よくわかりました。そんなあなたには特別にこの席から立ち去る権利をあげましょう。


「権利?じゃあ立ち去らなーい」


または義務ともいう。


「なんで正解したのに義務なんか負わなくっちゃならないの」


そんなことよりほら、永田はいいのか。


「なんでそこで永田君が出てくるの」


いや、そういわれてもな。ほら、お前らが……ほら、あれ。


「やっぱり中村君は何か勘違いしているよ」


田中は真剣な表情をする。

俺はそれに困惑する。


おいおい、なんで今の流れでそんな表情になった。

お前らは永田が好きなんだろうが。

なのになんで俺にかまいやがる。


俺はそれを問いただそうと口を開く。


――刹那、永田たちが来た。


「やあ、待たせたね」


永田の右手には、これまたリア充らしい、クリームがいっぱい乗ったドリンクが収まっている。


「ふっふっふ、今日も今日とて勉強をして全国一位を目指してやるのです!」


橙色の髪の毛をボブにした快活な少女がポーズをとって目を輝かせる。

彼女の名前は確か吉田愛と言ったはずだ。


ああはいはい、お前には万が一にも無理だろうな。


「むむっ、卑屈の気配」


吉田は鼻であたりを嗅ぐようなそぶりを見せる。


まったく、気配は音で感じるものだというのになんで鼻に頼るんですかね。

俺は肩をすくめると、吉田から飲み物を受け取ろうとした。


「おお!ホワイトモカか!これだ!」


そういって渡されたのは空の容器だった。


またいつもと同じか。

俺は嘆息しながら吉田にこう聞いてみる。


中身はどうした。


「ああ、おいしそうだから飲んでおいた!」


吉田ははちきれんばかりの笑顔で言う。


はぁ、なんで俺は最近ホワイトモカにありつけないんでしょうかね。


「むっ!それは大変だな!今度私が奢ってやろうか!」


いや、いい。お前に奢って貰うと二の舞になりそうだ。


「はいはい、馬鹿は口を噤んでおいて」


そういって俺と吉田の間に割り込んできたのはミシェル・エリス。

金髪のツインテールに西洋の彫刻のように端正な顔立ちをした留学生だ。


「ご、ごめんなさいね、中村君。お詫びに私が買ったホワイトモカをあげるわ」


そういって上目遣いでのぞき込んでくる彼女の熱視線に負けた俺は黙ってそれを受け取る。

っと、ここまでがいつもの流れだ。


俺はホワイトモカを片手に今日やる問題集を開くと、席に着いた。



##########



帰り際。


女子たちは女子たちで固まってキャッキャしている。


そんな中、俺と永田は後ろで他愛もない話をしていた。


「今日もありがとうね」


永田は俺に感謝する。


おいおい、俺は感謝されるほどのことをしちゃあいねぇぞ。ホワイトモカだって奢って貰ったし、桃のケーキだっておいしかったし、何より――


「何より?」


……俺にない青春を見せてくれている。


俺は少し気持ちが辛くなって俯く。


そんな俺の耳には永田の笑い声が聞こえた。


おい、何笑っていやがる。


「アハハ!ああ、ごめんごめん。青春の中心にいる人が何を言っているのかと面白くなっちゃって」


青春の中心?俺が?おいおい、揶揄うのもほどほどにしろ。


「アハハ!中村君が卑屈なのは知っていたけれど、ここまでとはね!彼女たちを見ていて気付かなかったかい?」


気づく?何を?


「そうかそうか、気づかなかったか。君は卑屈なうえに鈍感らしい」


おい、揶揄っているのか。そろそろ怒るぞ。


「ああ、ごめんごめん、だからさ、彼女たちは――」




“「君が好きなんだよ」”




時が止まった気がした。


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