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ホシタネの短編集

絶海の依代

作者: ホシタネ


 ずっと俺を支えてくれてた祖母が死んだ。俺はまだその事実を受け入れることが出来なかった。俺は孤独になった。


 俺の家は祖母と俺の両親、それから俺の4人が住んでいた。祖父は第二次大戦の時にインドネシアで亡くなっている。まだ30代だったそう。そこから祖母は1人で父さんを育て、間もなく父さんは成人して母さんと結婚し、俺が生まれた。


 そして、2年前に父さんが交通事故で死んだ。母さんは相当ショックだったらしく、数日後にぶっ倒れてそのまま死んだ。俺と祖母だけが残されて、当時中学生だった俺は荒れた。でも祖母は俺を見限ることなく支えてくれたから、俺は辛うじて踏みとどまることが出来た。祖母がいなければ今頃どうなっていたかわからない。


 そして俺は中学校を卒業してからすぐ就職した。祖母に恩返しをするならさっさと就職した方が良いと思ったからだ。あと、祖母は高齢なのにバイトなどで必死に俺の学費を稼いでくれていたから、そんな事はさせたくなかったからだ。


 だが、昨日のこと。仕事を終えて帰ってきた俺の前には、剥く途中の蜜柑を持って倒れている祖母がいた。俺は急いで救急車を呼び、祖母は病院に運ばれたが、間もなく死亡が確認された。俺は祖母から何も聞くことが出来なかった。


 俺は奇妙なことに泣かなかった。両親が亡くなった時点でいつかは来るだろうとは思っていたからだろうか。人が死ぬということを何とも思わなくなっていたのか。


 俺は祖母が亡くなった翌日、1人で朝食を食べていた。2年前までは料理なんて全く出来なかったが、両親の死後祖母がどうせ自分も長生きしないからと一から教えてくれていたお陰で、それなりに料理は出来るようになっていた。でも、今日は塩を入れすぎたり、具材の大きさがバラバラだったりと、全く持って自分が精神的に追いついていないことを実感した。涙は流さずとも、無感情ではいられないということか。


 仕事に行くまでの短い時間だけでもと思い、ひとまず祖母の部屋を整理していた。祖母の部屋に入ることなんてまず無かったから、中々新鮮な気持ちで入る。しかし、特に何かある訳でもなく、せいぜい本棚や椅子程度の特に何もない間取りだった。

 その中で、一個だけ目立つものがあった。本棚の上に綺麗なラジオが置いてあった。綺麗とはいっても、相当な年代ものであり、余程丁寧に整備しないとこうはならないだろう。祖母は何かこれに特別な感情を抱いていたのだろうか?

 不思議と惹かれて、整理を中断してリビングに移動し椅子に座ってラジオを起動してみる。やはり相当な年代ものらしく、ザーっという音しか聞こえない。売れば高くつくかな、と思いながら椅子を立ち上がる。ところが、その瞬間。



 突然食器棚の扉が開きコップが落ちてきた。



 破片が飛び散ったが、辛うじて怪我は無かった。しかし同時に戦慄を覚えた。食器棚の扉には普段から鍵をかけている。祖母は万が一があるからと鍵をかけたりする事を好んでいた。なのに、扉は開きコップが落ちてきた。

 俺は怖くなって一度動けなくなったが、暫くして我に返り、取り敢えず砕けたコップを片付けようと動き出す。だが。



 今度は突然テレビがついた。しかも、何故か録画したホラー番組が流れている。



 俺はとうとう悲鳴を上げてしまっていた。その場にいるのも耐えられなくなってきた俺は、大急ぎで支度をすませ仕事に向かった。支度する最中にも軋む音が聞こえたり変な事が続いた。俺は逃げるように走り出していた。


 その日の仕事は祖母が亡くなったことへの悲しみと摩訶不思議なことへの恐怖で全く持って身に入らなかった。よほど酷い顔をしていたのか、調子の悪い俺を叱りに来た上司すら俺を見た途端何も言わず帰ってしまった。それでもクビにされない為にも何とか最低限はこなした。


 仕事は終わったが真っ直ぐ帰ろうとは出来ず、同僚を誘って居酒屋…と言っても俺はまだ20歳では無いから酒は飲めないが…に足を踏み入れた。これまで祖母の為に出来るだけ早く帰っていた俺が急に誘ったことに同僚は驚いた表情をしたが、何が起こったのか薄々勘づいたらしく受け入れてくれた。最も、勘づいたのは祖母の死であって、怪奇現象まではわかっていないだろうが。

 同僚は無理をしてでも明るい話題を続けた。最初は面倒だと思っていたが、段々おかしくなってきて笑えてしまった。今日俺が初めて笑う事が出来ていた。そして、俺は少しずつ気持ちを落ち着かせることが出来た。週明け、上司にも謝りに行こうと思った。


 同僚は居酒屋を出た後もわざわざ家まで着いてきてくれた。よほど俺を心配してくれたらしい。2人であれこれと話しながら、最後の曲がり角を曲がった。



 その先は火の海だった。



 俺も同僚もポカンとしていたが、間もなく消防車のサイレンで我に帰り、大慌てでその場から離れる。真っ暗な夜道にはあまりに似合わない赤い炎は、駆けつけた消防車に間もなく消し止められた。だが、俺の家を含む数軒が全焼した。その日は同僚の家に泊めてもらい、一夜を過ごすことになった。


 次の日は休日だったから、俺はのんびり…とは言っても心臓はバクバク言ってるが…家に迎うことが出来た。消防隊曰く、隣の家から出火し俺の家にも燃え移ったらしい。もし家の中にいればまず助からなかっただろうという事も。

 家のものは何もかもが燃え、鉄骨だけが残っている。俺はその中から例のラジオを見つけた。燃え上がって黒焦げになりながらも、なんとか原型は保っているらしかった。



 その時、俺の記憶の奥底にあった祖母の言葉がよぎる。



 …お爺ちゃんが私に買ってくれた唯一の宝物さ…



 俺は考える。もし、このラジオが無ければどうなっていたのだろう。俺は恐れ慄くことなく家に帰り、火事で死んでいたのだろうか。ほぼ間違いないだろう。という事はつまり、祖母がラジオで俺を救ってくれたのだろうか。祖母は俺に生きていて欲しいという意志だったのだろう。

 俺はその場に泣き崩れた。死んでも尚、俺の為に行動してくれた祖母に対して何と言えば良いのか分からず、ただ泣くことしか出来なかった。そして同時に、何としても生きてやる、とも思った。


 俺は立ち上がると、空を見上げる。そして、空へ向けて祈りを捧げた。新たに抱いた決意を胸にして。祖母から拍手されているような気がしたが、恐らく気のせいだろう。

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