冒険のおわり
「ママっ……!?」
しーにゃんが道に飛び出してみると、お月様の下で飼い主と目が合いました。ここみママは心配してこんな遠い所まで探しに来たのです。
「しーにゃんっ!」
全身の毛をぼっふあーっ!と逆立てたしーにゃんでしたが、ここみママはすぐにうちの子だとわかりました。
「ママっ! ママーーーっ!!」
しーにゃんは顔中バツじるしみたいにして、駆け出すと、大きくジャンプして、飼い主の胸に飛び込みました。身体中にノミがくっついていることなんか、もうどうでもよかったのです。ここみママもノミごとしーにゃんを抱きしめました。
「もうっ! 心配させないでよっ!」
ここみママは頭を撫でながら、叱ります。
「もう会えないかと思ったんだから!」
しーにゃんは「にゃー、にゃー」と切ない声をあげて、ママのてのひらに頭を擦りつけました。
「あなたが冒険大好きってのは知ってたよっ。でも、冒険は安心して出来るものじゃないんだよ? とっても危険なんだからっ!」
ママはしーにゃんを優しく抱きしめながら、言い聞かせました。
「だからあたしが、しーにゃんがいっぱい冒険するお話を書いてあげるね! それでいい?」
しーにゃんは、ただ「にゃー、にゃー」と泣き続けながら、ママの胸を両手で掴んで離しませんでした。ママはしっかりその身体を抱きました。しーにゃんの温かい身体が、確かにそこにありました。
ちょっと黒く汚れてしまった白い頭にキスをすると、ママは言いました。
「さあっ、じゃ、帰ろう」
「あっ!」
しーにゃんは思い出して、教えます。
「うーたくんも連れて帰ってあげないと!」
「よかった」
芝生の上でぺったんこになって伏せをしていたうーたくんが、言いました。
「僕、忘れられてなかった」
しーにゃんは腕の中から飛び降りると、うーたくんの首の後ろをくわえました。ぶら下げてママのところへ運びます。
「あらあら、お隣のうーたくんまで冒険してたの?」
ママは呆れてしまって、思わず笑いを漏らしました。
日はもうすっかり暮れて、水銀灯のあかりが道路を照らしていました。
おうちに帰るとしーにゃんは、たくさんミルクを飲みました。いつもの銀のお皿から、うーたくんと一緒に、仲良く並んでミルクを飲みました。お腹がいっぱいになると、お気に入りのドーナツクッションの真ん中で、行儀よく手も足も畳んで、豪快にお腹を上に向けたうーたくんと2人くっついて、のびのびと眠りました。
次の日の朝、ニャ王が一段高くなったところに敷かれた座布団の上から、しーにゃんに言いました。
「よくぞ帰って来たな、しーにゃん。冒険はどうじゃった?」
「怖かったにゃ! ただ怖くて、不安だったにゃ! ノミもいっぱいくっついて、でもママが全部取ってくれたにゃ!」
「ウム。わしが悪かった」
ニャ王はぺこりと頭を下げました。
「おまえをわくわくさせるような作り話をしてしまって、ほんに悪かった」
「作り話?」
しーにゃんはびっくりして、聞きました。
「キタキツネの話も、猫カンフーの話も、作り話だったニャ!?」
「全部わしの妄想じゃ」
ニャ王はそう言って、鼻の頭を照れ臭そうに赤くしました。
「本当はわしは部屋から外へは産まれて一度も出たことがない。だから、夢見がちに育ってしまったのじゃ。わしの作った壮大な冒険ストーリーを本当にあったことのように物語ってしまい、大変申し訳ない」
しーにゃんは思わずズッコケました。
でもしーにゃんはその日もお外へ遊びに出ました。お外は風が気持ちよくて、いろんな面白いものがあって、やっぱり楽しかったのです。
おうちの前で沢ガニで遊んでいると、上のほうから声がしました。
「よー、しーにゃん。今日も楽しそうだなー」
見上げると、隣のおうちの二階のベランダから、フェレットのうーたくんがこちらを見下ろしています。飼い主が脱走対策のビニールを柵に貼りつけたので、もうジャンプして降りて来ることは出来ません。
「うーたくん。また今度、お部屋に遊びに行くにゃ!」
しーにゃんは笑顔で言いました。
「一緒にハンティングごっこしようにゃ! だからそれまでお部屋で大人しくしとくにゃよ~」
「ごめんだね」
そう言うと、うーたくんの姿が消えました。
ベランダから下へと続く雨樋のパイプの中を何かが通って来る気配がしました。つるつる、ごがが、と音がしたかと思うと、颯爽とパイプの中からうーたくんが、地面の上に出て来ました。
「また冒険、行こうぜ」
そう言うなりずんずんと歩き出したうーたくんの後を、しーにゃんが追って走りました。
「だめにゃーっ! あたしがうーたくんを連れ戻すにゃ!」
ぽかぽか暖かいお日さまの下、フェレットをくわえた真っ白なチンチラ猫が、ママのところへ戻って行きました。