しーにゃんの冒険、はじまり
その家では猫を2匹、飼っていました。
一匹は大きなオスの黒茶猫。名前は『ニャ王』。
もう一匹はまだ4ヶ月の女の子。シルクのように白い長毛種で、名前を『しーにゃん』と言いました。
2匹はまあまあ仲良しで、年が離れているせいか一緒にじゃれ合って遊ぶことはあまりありませんでしたが、ニャ王はしーにゃんに自分の話をすることが、そしてしーにゃんはニャ王のお話を聞くのが好きでした。
「それでっ? それで?」
しーにゃんはわくわくしながら、ニャ王の話の続きを急かします。
「ウム。それでじゃな……」
年寄りのニャ王は、だるそうに座布団の上に寝そべったまま、一段下のフローリングにお座りをして、青い目をキラキラさせて自分を見つめるしーにゃんに、語りました。
「わしは極北の大地を無事抜けて、あったかいコタツの元へ帰って来られたのじゃ」
「すごーいにゃ、ニャ王たん」
しーにゃんがさらに目を輝かせます。
「キタキツネの群れに襲われたのに、無事帰って来れただにゃんて!」
「カンフーをやっていたからな。わしでなければあのピンチは切り抜けられんかったことじゃろう」
「すごい! すごい!」
しーにゃんの目はもう、まん丸です。
「あたしもしたいにゃ! 冒険、したいにゃ!」
次の日、しーにゃんはいつものようにお外へ遊びに出ました。飼い主はしーにゃんがいつも1時間も遊んだら帰って来るので、安心していたのです。もし迷子になっても赤い首輪の鈴がチリンと鳴ります。よほど遠くへでも行かない限り、迎えに行くことができると思っていたのです。
しーにゃんが風で飛ばされてきたチラシと遊んでいると、上のほうから、いたずらな声がしました。
「よおっ、しーにゃん。お外は楽しいかい?」
見上げると、隣の家のフェレットのうーた君が、二階のベランダに出てこちらを見下ろしています。
うーた君とは何度かお部屋で一緒に遊んだことがありましたが、そんな遠くに顔を見ることなんて初めてだったので、初めは顔のめっちゃ小さいタヌキかと思ってびっくりしました。
「あ、ああ。うーた君にゃ。びっくりしたにゃ」
「ぼくもそっち、行っていい?」
そう言うなり、うーた君は助走をつけると、飛び降りて来ました。
「うーたくううううんっ!?」
前庭の植え込みに勢いよく落ちたうーた君を心配し、しーにゃんは駆け寄ります。
何事もなかったように細長い体に葉っぱをつけてにょっきり出て来ると、うーた君は言いました。
「なあ、今から冒険、行かね?」
「え……」
しーにゃんはドキッとしました。
「してみたいけど……こわい」
「大丈夫、おまえには帰巣本能ってのがあるから」
「きそーほんのう?」
「ああ。道に迷ってもお家に帰れるように出来てんだ。安心して冒険に行こうぜ」
「うんっ!」
冒険とは安心して出来るものだと聞いて、心が軽くなり、しーにゃんはうーた君のあとをついて、冒険に出ました。フェレットには帰巣本能がないことなんて、もちろん知りませんでした。
住宅地を出ると、広い道路を自動車が次々と、ものすごいスピードで走っていました。平然とした足取りでそれを横断するうーた君のあとを、しーにゃんも呑気について行きます。
一台の軽トラックが、横断している猫に気づくと、スピードを上げました。運転していたのは猫がとても嫌いなおじさんで、猫を轢ける喜びに、口がフンフンフ~ンと鼻歌を唄っています。
しーにゃんはこちらへ突っ込んで来る軽トラックに気がつくと、足が止まりました。やって来るものをよく見ようと、目をまん丸にしてじっとしています。
「ふぎゃゃゃー!」
ぶつかる寸前で、ニャ王から教えてもらっていた猫カンフーが役に立ちました。後ろ足で立ち上がると、それをクルクル回し、アスファルトを削る勢いで、逃げました。おじさんがチッと舌打ちをしながら通り過ぎて行きました。
「危ないなぁ。気をつけろよ」
うーた君はそう言いながら、振り返りもせずに先を歩いて行きます。
自動車は怖いものだと、しーにゃんは初めて知り、それを覚えました。