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漆黒のヴァルキュリア  作者: 月之黒猫
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魔獣の瞳


 私は勢いよく飛び起きると先程の気まずさから、しどろもどろに謝った。


「…あ…あの…ご、ごめんなさぃ…です…」


「何故謝る?」


「えっと…その…色々と……」


「色々?」



 いつもより甘い声で…いつもの様に分かっていて意地悪な事を言う。


 これは心臓に悪い。



「ですから…先程の…色々です!」


 私が怒ると今度はギルドマスターが謝る。



「…っくく…いや、悪かった…」



 だがギルドマスターは謝ると一瞬辛そうに表情を歪める。


 息も少し荒いし、なんだか様子がおかしい。






 ここはどうやら洞窟の中らしく近くで燃える焚き火以外の光源は無く、あちこちで水音が響くだけで辺りにはなにもない。


 ギルドマスターは横になってるクリスのお腹に寄りかかり私に膝枕をしていた。



 そして、私はフードの中にシオンがいないことに気付き慌てるも、横になっているクリスの足の上のシオンを見つけて、一人胸を撫で下ろすのもつかの間、焚き火の明かりで分かりにくいが、注意深く見るとギルドマスターの脇腹が赤いことに気づく。


「ギルドマスター! 怪我してるんですか!!」


 ばつの悪そうな顔をするギルドマスター。



「まさか…私を助ける時に…?」


「かすり傷だ。気にすることは無い」



 私はその言葉に構わず、ギルドマスターの服を捲ろうと裾に指をかけるも、彼に手を押さえ込まれてしまう。


 無言で私を見下ろすギルドマスターに何も言えず、見上げるしか出来ない。



 それなら―――。



 自身に身体強化をかけ、空いている左手を素早く動かし服を捲り上げた。


 ギルドマスターは驚愕の表情を浮かべるが、私は気にせず脇腹の怪我に集中する。


「酷い…これ…かすり傷じゃないです!」



 傷は深く出血もかなりある。



 聖魔法を使えば完全に治せるが、人前で絶対に聖魔法や戦乙女のスキルを使うなと兄達に言われていて使う訳にはいかなかった。

 そこで私はアイテムボックスから父のポーションを取り出す。


 低級ポーションだし見た目は売り物と見分けはつかないし、大丈夫なはず…それに今はそんなこと言っている場合ではない。


 私がポーションの蓋を片手で開けようと悪戦苦闘していると、シオンがポーションの瓶に乗っかり蓋を開けてくれた。

 シオンにお礼言い、そのままギルドマスターの傷に中の液体をかけていく。


「っ―――………」


 半分かけたところで傷は綺麗に塞がり、傷跡すら無くなってしまった。



「「……………」」



 沈黙の中、焚き火の音と水音だけが響く。


「色からして低級ポーションの様だが「あ、あの、これ勿体無いので残り飲んじゃってください」


 思いっきり笑顔でお願いしてみる。


 引きつってはいないはず…たぶん大丈夫。


「………はぁ…」



 ギルドマスターは諦めた様なため息を吐くとポーションを受け取り一気に飲み干す。


「……甘い…」



 それを聞いて私は、はっと思い出す…両親が苦いポーションの〝味〟について言い争いをしていたのを。

 低級ポーションは緑色なので、母はメロン味、父は青リンゴ味で激論していた。


 結果、母が勝ちメロン味になった。



 残りを飲ませてしまったことを後悔しつつ、今度は私のばつが悪くなったので、とりあえず捲り上げていた服を戻そうとするもギルドマスターの胸元に赤い物が見えた。


「! まだ怪我が…」



 ギルドマスターが止める間もなく私はその傷を見てしまう。



「………」



 何も言わない私にギルドマスターは重い口を開く。


「…古傷だ。今できた傷ではない…」


 ()()はとても古傷には見えなかった…。


 その何かに食い千切られた様な傷は心臓の辺りに、左肩は大きな爪痕に見え全体的に赤黒く盛り上がり時々脈打つ様に動いている。


 焚き火の暗い明かりで見ているので、今できた傷と言われても見分けはつかないだろう。



「――これは…」


 ギルドマスターを見上げると彼は悲痛な面持ちで、私から顔を背け答えることは無かった。



 触れてはいけない。



 この傷だけではなく、今のギルドマスターの姿を見れば、私は彼の心をも傷つけてしまったのかも知れない。


 これ以上彼を傷つけてはいけない、触れてはいけない筈なのに――。





 私は彼の胸の傷に手を置いていた。




「??!―――っ」


「あっ! ごめんなさいっ…痛かったですか?!」


 そう言いながら私が胸の傷から手を離した瞬間、時々脈打つだけだった傷が暴れだした様に蠢き始めた。



「くっ…」



 苦しみだしたギルドマスターに自分が傷に触れたせいだと、ただただ狼狽える。


 けれど、彼はそんな私の手を少し乱暴に掴むと、自分の胸の傷に押し当てる。



「――すまない…少しでいい…暫く…このままで……っ…」



 驚きで硬直している私にそう告げる彼は下を向き表情を伺い知ることができないが、荒くなった息遣いも傷の蠢きも先程より落ち着いた様に思える。


 今、この場には焚き火の音、水音、そして彼の息遣いしか聞こえない。



 暫くして私も落ち着きを取り戻した頃、ギルドマスターは気まずそうに口を開く。


「――本当にすまなかった…」


 そう口にすると私を掴んでいた手を離す…もう傷から手を離してもいいという事だろうか。


 だが私は彼の傷から手を離す事はなく手を当て続けると、ギルドマスターは驚きと困った様な複雑な表情で私を見つめる。



「…気味が悪いだろう?」



 そんな事を言われたが私は、ぽかんとした顔で彼を見つめ返す。


 気味が悪いだなんて全く思わなかった。


「そんな事ないです。それよりも…とても辛そうで…何とかしてあげたいって思って…」


そう言いながら私は彼の傷を撫でしまった。



「っ―――」


「す、すみません! その、つい…」



 慌てて離そうとした手を、また彼に取られてしまう。






 そのまま、あの時の様な魔獣の瞳で食らいつく様に見つめられる。


 あの魔獣の瞳で、あの仄暗い深緑の瞳で見つめられて、なぜか私もその瞳から目が離せない。



 彼の傷に強く押し付けられている私の掌から伝わる傷の蠢きは、いつの間にか私の鼓動と同じ速さで蠢き、彼の右手が私の頬に触れる。



 ――やはり先程の私の髪を楽しむ指先、頬に触れた掌は彼の物で―――…。





 射貫く魔獣の瞳は気づけば、もう目の前に。



 上がった息遣いも直ぐ近くで感じられて――――。





「――マティア『にゃーん』





 クリスの鳴き声と共に、大勢の人が近付く気配がした。












ブクマ、評価ありがとうございます!


お読み頂きありがとうございました。

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