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6話 マザーハウデン



 守るべき主人とその婚約者は、泥人形の壁の、その奥に遠ざかっていく。どうにもならない状況に、ヨルカは心の中で怨嗟の声を吐き出した。


(クソッ、クソ……ッ!)


 がむしゃらに剣を振り抜き胴を斬るも、もはや効いてる感触はなかった。


 悔しくて、情けなくて、自分が嫌になる。ヨルカは虚ろな目で流れる汗を拭い、改めて戦況を見た。

 ついさっき斬った者でさえ回復し、損傷は皆無といわんばかりにジリジリと反撃の機会を窺っている。


 対して、ヨルカは手負い……心臓は早鐘を打ち、荒れた呼吸は戻らず、流血でめまいを覚え、刺された腹は激痛に(よじ)れそうだった。

 体力を無為に消費し、手応えのなさは希望を削ぐ。

 打開策を考えるも、頭がうまく回らず思考はまとまらなかった。



 やがて、集中力も途切れはじめ……ふとした拍子に、ヨルカは泥の重みに負けて剣を落としてしまった。


(━━しま……っ!)


 手からこぼれた剣はカシャン、と虚しい音を響かせる。

 戦士が得物を失うという好機に、賊は一斉に彼へ飛びかかった。



 陽光を反射させる、高々とあげられた剣を、無手となったヨルカは悔しげに見上げた。


 ━━これ以上踏ん張っても戦果はない。

 もはやここまでと諦念し……せめて主人と命運を共にするべく、蹂躙(じゅうりん)に身を任せようとした。

 ラスフィングへの謝罪を胸に、己の無力さを噛みしめながら……ただ項垂(うなだ)れる。




 ━━瞬間、爆音と閃光がヨルカの耳目(じもく)を覆った。


 

 爆風が一気に吹き抜け、真っ白な光と灰色の土埃を同時に捉える。反射的に腕を掲げて顔を守るも、心身共に弱っているせいで衝撃に耐えきれず、膝をついてしまった。


 しばらく耐え忍び、風が幾ばくか収まったころ、腕の間から状況を見る。


 ━━ヨルカは絶望を忘れて目を見張った。敵の姿がない。あるのは、賊だったとおぼしきべちゃつく泥のみ……目前まで迫っていた賊が一掃されていたのだ。


 そこにあるものすべてを打ち砕かんとする威力だったが、どうやら影響を受けたのは泥人形だけのようである。

 ヨルカは砂塵に巻かれこそしたが、被害は特になかった。


 無残に粉砕され、俗にいう『肉塊(人間だったもの)状態』のはずなのに、泥はもごもごと集まり再び人型を取り戻そうとしていた。

 我に返ったヨルカは剣を拾い、気味悪く思いながらも警戒する。すると、前方から小柄な影が飛び出てきた。


 金髪の少女2人が、白髪の女性を挟んで連れている。その内の1人が、ヨルカを見るやいなや叫んだ。


「そこの人! こっちに来て!」


 そう言い、後方に向かって爆煙の中を走っていった。

 その方向を見送ったヨルカは再び前を見る。少女に連れられる白髪の娘がアルミナだと気づくのに時間はかからなかった。

 龍の子は救出出来た。あとは。


「ラス様……!」


 泥を踏みつけて駆け出す。主人はおよそ15メートル先━━ヨルカは力を振り絞り、倒れているラスフィングへ手を伸ばした。


「しっかりしてくださいっ」


 ラスフィングの腕を肩に回し支えると、わずかながら(うめ)いた。かろうじてだが、主の存命に心底安堵した。


 しばらくそのまま、肩を貸す状態で少女たちの後を追うも、いかんせん移動がしづらい……ヨルカはラスフィングを背負った。

 主人をおんぶするなど不敬だろうが、この状況では仕方あるまいと言い訳を作る。


 移動しやすくはなったが、立派な体躯の成人男性の重さに加えて、疲労と腹の怪我もあるのでキツさは変わらない。息もたえだえに走っていると、先行していた少女らの後ろ姿を捉えた。


 はぐれなくてよかったと撫で下ろすも、それも束の間━━




 少女の姿が地面の下に消えた。


 吸い込まれたかのような消失に、ヨルカは目を疑いながらも少女が消えた付近まで近づく。すると、影のような真っ黒な穴があった。


 ヨルカはつい息を飲んだ。

 この先に何があるのか分からないのに、瀕死のラスフィングと共に飛び込めるのか……。


 ふと、後ろを振り返った。砂塵の奥から人の形が近づいてくるのが分かる。躊躇していられる時間はなかった。

 ヨルカは深呼吸をし、1歩蹴り出す。そのまま下へ、暗い穴の中へ落ちていった。





  ◇


 内蔵が縮こまるような浮遊感。

 背中を守ることに必死で不安しかなかったが、それも呆気なく終わった。

 固い感触が、すぐに足裏から伝わってきたのだ。


「わ、わわっ……」


 思ったより早く足がついたので、やや前のめりに転んでしまった。

 手をついた状態で顔をあげると、前にはポニーテールの少女とツインテールの少女、そしてアルミナが佇んでいた。


「来ましたか。マザー様はこの先にいらっしゃいます。ついてきてください」


 ポニーテールの少女がハキハキと告げ、奥へと歩き出す。ヨルカは崩れたおんぶの体勢を整えると、その後ろをついていった。

 入口は何とも不穏だったのに、中は存外に明るかった。煌々(こうこう)と光る玉がそこかしこに浮かび、空間を照らしていた。


 しばらく歩くと、広々とした空間へ辿り着く。

 その奥のほうには、濃い赤紫色のドレスをまとい、金髪を団子状にまとめた老婆が椅子に座って待ち構えていた。


「マザー様! お連れしました!」


 歩み寄りながらポニーテールの少女が声をあげると、老婆はドレスと同じ彩色の唇を弓なりに曲げて労った。


「ご苦労だったね、セレス。アリス」


 続けて、老婆の眼光がヨルカへ移る。


「……ラスフィングと、テレシアの孫か。状況を説明したいんだけど、お前さんも手酷くやられたようだ。顔色が悪い」


 いつも優雅で不敵な笑みを浮かべる老婆だが、今は余裕を見せず真剣な顔つきで彼らを見遣った。


 その姿に、ヨルカはホッと息をついた。

 顔には皺をたっぷり刻み椅子にふんぞり返る、貫禄がある老婆こそ、魔女国の(おさ)マザーハウデンその人であった。


「お久しぶりです……マザー、ハウデン……」


 ヨルカは体を引きずるように1歩出たが、ガクンと膝が曲がり崩れ落ちた。


「まあ、大変!」


 そのまま動かなくなるヨルカとラスフィングに真っ先に反応したのは、ツインテールの少女であった。

 彼女は2人の傍らに布を引くと、そこへゴロリと転がし寝かせる。

 布の上という粗末な治療場所で、2人の具合を見ていた少女だったが、やがて勢いよくマザーハウデンへ振り返った。


「マザー様、こちらの人は……」


 少女が疑問に思ったのはラスフィングの方だった。傷が見当たらないのに、深刻な生命の危機に晒されている……。

 訝る声を聞いたマザーハウデンはラスフィングとヨルカそれぞれを一睨みしてから、少女へ指示を出した。


「セレス、まずそっちの三つ編みの方を治してやんなさい」

「はい!」


 素直で元気な返事のあと、セレスと呼ばれた少女はヨルカへ治癒の魔法をかけた。(ほの)かな青い光がヨルカを包み、深い刺傷を癒していく。

 ヨルカはつらそうに目を固く閉じ眉間に皺を寄せていたが、幾ばくか楽になったのかマザーハウデンを(すが)め見た。


「オレはいい、早くラスフィング様を……」


 魔法が切れ、命の危機に瀕するラスフィングの救命を掠れた声で訴える。

 マザーハウデンは無言で頷く。当然、ラスフィングの容態は看破していた。その上で、ヨルカの治癒を優先させていた。


「強がるんじゃないよ。こいつと違って、お前は普通の人間なんだから」


 お前が死んだら、ラスフィングの目覚めが悪いだろう? と頬杖をつきながら息を吐く。

 老婆の口振りだと、主人はまだ手遅れではないらしい……。ヨルカは安心して、大人しく治癒を受けることにした。


「しかし、なぜこんなことに。エラルヴェンに救援を出さなかったのか?」

「ん? ちゃんと出したよ? お前たちがその救援じゃないのかい?」

「いや、オレたちは━━」


 いまいち噛み合っていないようなので、ヨルカは来訪の目的を伝える。


 ギリギリの訪問になってしまったのは落ち度ではあるが、賊の襲撃さえなければ間に合った……。ヨルカは苛立ったように奥歯を噛みしめた。


 ヨルカの説明に、マザーハウデンは腕組みをする。


「あの人形ども、救援信号まで打ち消したのかい……。それじゃ、お前たちが来たのは必然であり偶然だったということだね。……しかし、困ったね」


 そして、難しい顔で唸った。


「今、こいつを助けるだけの魔力が足りないんだ」




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