42話 記憶 ~2~
続きです
前話とあわせてお楽しみください
しばらくして、ヨルカとヴァルダンが揃って寝室を訪れた。
ヨルカは主人の目覚めに笑みを溢し、険しい表情のヴァルダンは目元の強張りを緩めただけで、特に表情は変えなかった。
「ラス様……! よかった。本当に……」
「頭を強く打ちつけていたようだったので意識が戻るか心配でしたが、さすが殿下ですね」
安堵と驚嘆を口々に言う臣下たちに、ラスフィングは気丈にニッと笑った。
「体だけは丈夫なんでな。━━それで、あのあとどうなった。シュラウスはどこに。捕まえたのか」
自分が倒れたあと、弟の行方は……。後半はサッと声音を落として、2人を見遣る。
謁見の間の大扉━━唯一の出入口は多くの人で塞がれていたはず、とラスフィングは期待を持って聞いたが、ヨルカとヴァルダンは一瞬顔を見合わせたのち、すぐさま沈痛な面持ちへ変えた。
「いえ……実は、オレたちが中に入ったときにはすでに……」
「シュラウス様は窓を突き破って逃げたようなんです」
「……マジか」
その報告にラスフィングは思わず呆れ声を出した。
ヨルカ曰く、怪我人や混乱する人を退避させたあと扉を開けて突入したが、すでにシュラウスの姿はなく、壁際で倒れるラスフィングと粉々に割られた窓があったという。
城の最上階から地上へ自由落下したというのなら、普通は無事では済まないはず。兵士たちは陰鬱な気持ちで捜索に向かったが、想像に反しシュラウスの姿はなく、地面には着地した痕跡すらもなかった。
ヨルカからの報告を一通り聞いたラスフィングは、乾いた笑い声をあげた。
「ふ、ははっ……。あーなんだ、閉じ込めても無駄だったということか」
思いついた策は失敗だったと、自嘲気味に口元を歪めて少し俯く。
しかし、これで確定したことがあった。やはりシュラウスには仲間……協力者がいるということである。
特に、魔女国で対峙した、あの泥人形たちを使役した術士は間違いなく彼の味方であろう。
今回も、泥人形なのか術士本人かは分からないが、どんな状況でも、どんな方法でも脱出出来るよう手引きしていたのだと、心の中で結論づけた。
そのままラスフィングが口を閉ざし、自然と静まる部屋の中で。
「━━ラスフィング様」
ヨルカから静かに名を呼ばれ、ラスフィングは顔をあげた。
「オレたちが広間に入ったときにはもうラス様は倒れていて、そして、壁には頭を何度も打ちつけたようなへこみが残ってました。オレは、ラス様が簡単に敗れるとはどうしても思えません。……一体、あの中で何が起こったんですか?」
兄弟2人きりになったあの広間で何があったのか……ヨルカだけでなく、ヴァルダンとカミネもその答えを待っていた。
3人の視線に、ラスフィングは無言で頷いた。
シュラウスが針影を持っていたこと、シュラウスが解放した針影の光に飲み込まれたことの一部始終を話して聞かせる。
それを聞き、目標を一方的に消す黒波の恐ろしさ、針影の光を直に見ているヨルカは驚愕の表情を浮かべた。
「平気、なんですか……?」
「ああ。特に何ともない。どうしてかは分からないけど」
言葉を失うヨルカへ、ラスフィングは腕や腰を動かし、何でもないアピールをした。
無事である理由は、現状では説明出来ない……こればかりは首を捻るほかなかった。
「殿下。一応確認したいんですけど、シュラウス様は今まで針影を持っていなかったんですよね?」
ヨルカとの会話が終わったころを見計らって、次にヴァルダンがラスフィングへ問う。
これに、ラスフィングははっきりと頷いた。
「ああ、獲得したなんてこれまで1度も聞いたことがない。試練に行く様子もなかったから、てっきり興味がないものだと……」
冥王の試練は、絶え間ない否定に耐えられるかを計るものであるため、長期間になりやすい。よって、いなくなればすぐに分かる。
そして、シュラウスが今回の出奔以外に、姿を見せない時期があったということはない。
試練を受ける予兆すらなかったシュラウスが針影を扱ったということに、ラスフィングは1番驚いていた。
「そうですか……。シュラウス様が出奔して9ヶ月。その間、どこに身を潜めていらっしゃったのか……これではっきりしましたね」
「……あぁ。その可能性は考えなかったな」
ヴァルダンからの言葉に、ラスフィングは悔しげに答える。
弟は、冥王のところへ行っていたのだ。
試練へ向かうために入る洞窟は王族しか立ち入れない。よって、自然と捜索の範囲から外れていき、手は及ばなくなる。
捜索隊が見当違いな方向へ向かっている間、シュラウスは試練を受け、突破し、針影を授かり戻ってきたのだ。
「あいつが城に帰ってきたのも━━」
「必要な武器を得て、隠れる必要がなくなったから。殿下への宣戦布告ということでしょうね」
心臓がない故にいつまでも王太子になれないラスフィングに代わり、次の王にと名乗り出る。
見解の一致に、ラスフィングとヴァルダンは頷き合った。
「でも、王様はシュラウス様を認めなかったんでしょ? なら、次の王様はもうラスフィング様だっていうことだし、これでアルミナ様がここに残っていれば完璧だと思うんだけどなぁー」
この、割り入ってきたカミネの発言を皮切りに、話題はアルミナの件に移った。
容姿、武勇、人望、そして美しい婚約者と揃っていれば、立太子が長引いても多少は誤魔化せる。臣と民に希望を持たせることが出来る。
そして、婚約者である龍の姫は、龍の谷底という実家に帰っていた。
「殿下~。そろそろアルミナ様、迎えに行ってあげた方がいいのでは?」
「せっかくだから谷底での生活とか聞きたいし。ねぇラスフィング様、手紙のやり取りとかしてないんですか?」
「姫様、元気だといいですね。ね、ラス様!」
にこやかに、三者三様にラスフィングへ振る。婚約者の話題にどんな反応が返ってくるのかと期待していたが……肝心な彼は無反応で固まっていた。
そればかりか、眉間に皺を寄せてそれぞれの顔を凝視している。
「どうしたんですか? ラス様」
不審に思ったヨルカが主人の様子をうかがう。すると、ラスフィングは怪訝な表情をさらに深めた。
「お前ら……さっきから誰の話をしている?」
またも変なところで止まって申し訳ない
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