4話 魔女国へ
「それでねー王子。姫様の反応ったら面白いんですよー。『今からこれに乗るんですよー』って言ったら、『え! 乗ってもいいんですか!?』って」
ヨルカはわざとらしく声も変えて、当時の状況を語った。
魔女国に向けて、森の中を進む2頭の馬。アルミナとラスフィングが共に乗り、その後ろをヨルカがついていく。
順調に進めば20分足らずで到着するのだが、今回は乗馬に不慣れなアルミナもいるので、ゆっくり進めていた。
「そうなのか?」
「え、だって、珍しいもので……」
自分の行動を思い返したのか、ラスフィングの前に乗っているアルミナは、恥ずかしそうに両手で頬を覆う。
愛らしい仕草だったが、ラスフィングはヨルカの馴れ馴れしさの方が気になった。
人の婚約者に随分と……。つい顔をしかめたが、アルミナも思ったより早く馴染んだようなので、とりあえず安堵という形で落ち着かせることにした。
「そっか。よく揺れるだろうけど、大丈夫か?」
「はい。楽しいです」
慣れぬ環境と移動だろうに、彼女は疲労の色を見せず笑顔を見せた。
さすがは人外。やはり人間よりも丈夫なのだろうか。……ラスフィングはふと、ダーレスに言われたことを思い出した。
『━━いざとなれば、その娘から心臓を譲り受けるという上手いやり方だと……━━』
急襲からすでに半年がたった。捜索隊を編成させ、行方をずっと探させているのに、足取りは未だ掴めていない……。
もし、今後も弟が見つからず、即位が必要となっても心臓を取り戻すことが出来なかったら……。
想像して、ラスフィングは頭を振った。
彼女の心臓は彼女のものだ、そんなことは絶対にしない。ラスフィングは改めて誓うと、手綱から片手を離してアルミナの頭に触れた。
滑らかな白い髪をぽんぽんと撫でる。すると、手に硬いものがあたった。
「ん?」
何に触ったのかと気になって少し探ってみる。すると、アルミナの体がビクンと弾んだ。
「あぁ! ラスフィング様!」
手の動きに気付いたアルミナは目を見開いた。
あわあわと頭を覆い、その部分を必死に守ろうとする。その姿を見たラスフィングは、芽生える加虐心を自覚した。
「なんだ、ここがどうした?」
「やだっ、見ないでくださいませ……っ」
声を低くしてわざとらしく迫ると、アルミナは一層激しく抵抗した。
そのまま2人はばたばたと応酬を繰り返す。馬上というバランスの悪い状況にも関わらず、アルミナは器用に拒否を続けた。
━━しかし、ラスフィングに軍配があがるときが来た。
抗う最中に、アルミナがバランスを崩し落ちそうになり、ラスフィングは咄嗟に手を伸ばして引き上げる。
その拍子にアルミナの髪が乱れ、先が尖った硬質なものが見えたのだ。
「これは、角?」
驚いたように言うラスフィングに、アルミナは急に大人しくなり観念したように俯いた。
「……そうです」
あっさり言い当てられ、隠していたものがバレたので、そのまま自分の髪を探るラスフィングの手に身を任せた。
頭部の左右に1つずつ、青白い小さな角がちょこんと生えていた。
常人には決してないもの。彼女が半神半人の、龍の娘だという紛れもない証であった。
やがて、アルミナはおずおずと口を開いた。
「……気持ち悪い、ですよね?」
角があるような人外である自分は不快か、と上目遣いで問う。
不安げに潤んで輝く金色の目に、ラスフィングは微笑んだ。
「そう思う奴だと思われていたことが、オレはショックだな」
その程度じゃオレの気持ちは変わらない、と再び頭を撫でる。穏やかな手つきに、アルミナは今度はその手を嫌がることなく受け入れ、身を委ねた。
━━対して、急に暴れたり大人しくなったりと、2人の世界の一部始終を見ていたヨルカは、口を閉ざし少し離れ、遠い目をしていた。
慣れた魔女国への道のり。
加えて婚約者を紹介することもあり、少々浮かれ気味ののんびりした旅だったが━━
ふいに、異臭が鼻についた。
ラスフィングは表情をサッと変え、前方の、さらに奥を見据える。
ヨルカも感じ取ったのか、速度をあげてラスフィングの隣についた。
「この先はすぐ魔女国です」
「うむ……少し急ぐぞ」
ラスフィングは手綱を握る位置を変えて、アルミナがあまり揺られないようにしてから速度をあげる。ヨルカもその後ろを追走した。
嫌な匂いは、やはり魔女国方面から来るもののようで。
前から漂う不穏な空気は濃くなるばかりであった。
「ラス様……」
「油断するなよ」
ヨルカの剣呑な声に、ラスフィングも短く冷酷に返す。
やがて森の中の、高い塀に囲まれた『国』に辿り着いた。
いつもならいる門番が不在なことに訝りながらも門を潜る。
そして、目に飛び込んできた惨状に、ラスフィングとヨルカは言葉を失った。
手荒く削られデコボコになった石畳と、すでに燃え崩れ、黒煙をあげる無数の家屋。
━━壊滅という言葉が真っ先に浮かぶ。国全体が燃やし尽くされていた。
「なんだ、これは……」
「本当に魔女国なのか……?」
そこに、かつての美しい国の姿はない。信じられない思いで、ラスフィングとヨルカは呟いた。
先ほど捉えた匂いの正体は、もうもうとあがる煙だったのだ。
3人は馬から降り、周囲を見渡した。
一体いつからなのか……エラルヴェンの一部、森の中とはいえ、数分程度で潰せるほど魔女国は狭い場所ではない。
第一、魔女にも様々な得意分野がある。当然、戦闘に特化した魔女も存在するため、ここまで追い込まれるのはまずあり得ない。
「一体誰が……」
ラスフィングは生存者を探したが、誰も、どこにも見当たらない。
風が煙を運び、徐々に視界が開けていく。
その奥から、無数の人影が近付いてくるのが見えた。
影でも分かる無骨さ。魔女国の魔女ではなかった。
ラスフィングとヨルカの手は自然と、剣の柄へと伸びる。
ほどなくして、荒れた石畳を踏みつけながら、影は姿を晒す。
焼失した『国』に、武器を持った男たちが集結していた。