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38話 命の延長



 雲がまばらに浮かぶ晴れた日、ラスフィングは厩舎にて馬に水を与えながら、背中に(くら)を置いた。


 馬を用いた遠出の準備。向かう先は魔女国である。

 前回の魔女国訪問から3ヶ月がたとうとしている━━ラスフィングの延命時期がやって来たのだ。


 水を飲み終えた馬に頭絡(とうらく)をつけていると、背後から砂利を踏みつけて近づく足音が聞こえてきた。


「そろそろ出発ですか。ラス様」


 声の方を見ると、ヨルカが馬を引き連れて立ち止まっていた。彼の手には手綱、馬の背には鞍が置かれている。

 まっすぐ見てくる準備万端な姿に、ラスフィングは少しうんざりしたような顔をした。


「1人で行くと言ってるだろ」

「そんなこと言って、また変な奴らがいたらどうするんですか。オレも行きますからね!」


 声を張る(かたく)ななヨルカに、ラスフィングはため息をついた。

 行き先は20分足らずで到着する魔女国。森の中を進むが、これまで何度も通った道であるし、野生動物はいるものの、魔獣化していない普通の動物なので、大仰な武装も(とも)も必要ない。


 そう説明しているのに、ヨルカは前回のようなことがあっては大変だと言って聞かなかった。


 3ヶ月前、ラスフィングとヨルカは延命のため魔女国を訪れたが、魔女国は正体不明、異常な回復能力を持った泥人形の襲撃を受け、壊滅的な被害にあっていた。

 運悪くラスフィングの延命魔法も切れてしまい命の危機に晒されたが、その後復帰したラスフィングによって泥人形はこの世から強制退去された。


 殲滅したはよかったが、魔女国は家も土地もボロボロで住める状態ではなかった。

 ラスフィングは、魔女たちにグガンナ城への逗留を提案したが、この場を離れる気はないと断られ……それから今日まで、何の音沙汰もなかった。


 魔女国はエラルヴェンの大切な一部……今回の魔女国訪問は延命もそうだが、復興状況を確認する目的もあった。


「ちょっと様子見てくるだけだろー。心配しすぎだ」

「前だって、姫様紹介するっていってあの有り様だったじゃないですか」


 何を言っても“前回”を引き合いに食い下がる。

 珍しく頑固状態のヨルカに、やがてラスフィングは仕方ない、と肩を落とした。

 (あぶみ)に足をかけ勢いよく身をひるがえし、馬上へ乗り上がる。


「今回何ともなかったら、少しはオレの言うこと聞けよ?」


 その言葉を最後に、ラスフィングは馬を操り駆け出す。ヨルカも急いで馬に乗ると、腹を踵で押し先行する主人を追った。




  ◇



 道中、異臭を感じることも、不穏な空気を感じることもなく、15分ほどで魔女国の入り口を捉えた。


 森の中、高い塀に囲まれた集落(くに)

 ラスフィングとヨルカは馬から降り、門付近に立っていた長身の魔女に声をかけた。


「おう。様子を見に来たんだが、調子はどうだ?」


 急に現れた男に気安く話しかけられた魔女は表情を曇らせたが、ラスフィングの顔に気づき眉間を広げ、笑みをこぼした。


「あっ、王子様! ご無沙汰しております。━━この通り、すっかり元通りでございます」


 魔女は腕を広げて指し示す。かつて燃え尽きた家屋は元通りになり、土塊(つちくれ)になった見るも珍しい植物は陽の光を浴び、抉られた石畳は綺麗に整備されていた。

 賊に荒らされ、戦闘が起きた面影は今や皆無。美しく復活した魔女の住みかに、ラスフィングは感嘆の声をもらした。


「おお……。見違えるようだな」

「みんなで協力して立て直しました。みんな、王子様に感謝しております」

「マザーハウデンの家はどこに?」

「奥の方にあります。行きがてらどうぞ国の様子も見ていってください」

「あぁ、そうさせてもらう」


 ラスフィングとヨルカは馬を魔女に預けると、奥にあるというマザーハウデンの住居を目指した。



 石畳を踏みながら、2人は周囲を見渡す。そこかしこに、笑顔を浮かべる魔女たちの姿があった。


「みんな元気そうだ」

「よかったですね」


 あの状態からここまで持ち直すのは大変だっただろうに……楽しそうな魔女たちの様子に、ラスフィングはヨルカと話しながら安堵した。

 奥へと歩いていると、一際大きい家が見えてきた。それが、マザーハウデンの家だとすぐに分かった。


 窓にはレースカーテンがひかれていて、中の様子はあまりうかがえない。ラスフィングがドアをノックすると、金髪ツインテールの少女が顔を出した。


「あ! 王子様!」

「君はセレス、だったか。急に来て悪いな。マザーハウデンはいるか?」


 ラスフィングは体を屈めながら、パッと顔を輝かせる少女に(おさ)の在宅を問う。


「はい。いますよ! 入ってください!」


 元気に頷いたセレスは、ドアを大きく開けて2人を招き入れた。



 セレスの案内で、リビングに通される。そこには金髪ポニーテールのアリスと、目的の人物であるマザーハウデンの姿があった。

 マザーハウデンは濃い赤紫色のドレスを身にまとい、木製のイスに座り足を組み、優雅に紅茶を飲んでいる。

 入ってきたラスフィングとヨルカの姿を認めると、カップをテーブルに置き、金色の目を細めて笑った。


「ようこそ我が新居へ。お前たちが最初のお客様だ」

「おう。邪魔するぞ」

「こんにちはマザーハウデン。アリスちゃん」


 ヨルカはアリスにも微笑みかける。アリスは恥ずかしそうに会釈を返した。


「お前もみんなも元気そうでなにより。家もみんなで建てたのか?」

「いや、ドワーフの力を少し借りてね。だから前よりも立派な家が建ったよ」


 他愛ない会話だが、これも今回の目的のうちの1つ。

 ヨルカは、マザーハウデンとラスフィングの話を邪魔しないように、少し離れて様子を見守っていた。


 すると、セレスとアリスがヨルカへ近づく。服の端を引っ張り何か言いたげな2人に、ヨルカは目線が合うようにしゃがみこんだ。


「どうしたの? セレスちゃん、アリスちゃん」


 優しく笑いながら、2人の表情をうかがう。

 しばらくして、もじもじしていたアリスがポソッと呟く。遊んでほしい、と聞き取れた。

 おそらく、マザーハウデンを取られ暇を持て余しているのだろうと思い、ヨルカはラスフィングへ声をかけた。


「すみませんラス様。この子たちと遊んできても」

「え、あぁ。()よ行け」


 王子からのお許しを聞いた途端、セレスとアリスはヨルカの手を引き外へと連れ出す。


 バタバタと飛び出ていく子供たちを見送って、残されたマザーハウデンとラスフィングは、同時にニィッと笑った。


「今回は余裕を持って来たみたいだね」

「今回は賊に襲われてないみたいだな」


 子供には見せられない底意地の悪い顔で交互に軽口を叩くと、ラスフィングは手早く服を脱ぎ、上半身裸になった。

 筋肉がついた逞しい肉体だが、新古、大小様々な傷が残っている。それを気にすることなく老婆に晒す。

 マザーハウデンは、自分と対面になるようイスを用意し、そこに半裸のラスフィングを座らせた。


「それじゃ、始めるよ」


 そう言うと、向かいに座る男の胸の中心に手をあてた。


「心臓補填。幻想から現像に。生命維持。中心から末端へ」


 マザーハウデンの手が密着する胸部を中心に、青い輝きがラスフィングの体を包んでいく。


 本来なら心臓がある部位、そこの血管の繋ぎ目を補強し、弱りかけていた血の巡りをもう1度強くする。

 それが、延命魔法。心臓がないラスフィングにとって、命綱ともいえる奇蹟の技であった。


 魔法が施されている間、ラスフィングは目をつむる。魔法の光が眩しくて長時間見ていられないのだ。



 ━━30分後、ラスフィングを覆っていた青い光が徐々に収まり、やがて消えていった。それを合図に、マザーハウデンは手を離す。


「ほら、終わったよ。ほんと、心臓以外は健康体だね。それじゃまた来な」


 やることはやったので、その後の対応は素っ気ない。


「あ、あぁ……」


 対して、ラスフィングははぁ、とだるそうに熱い息を吐いた。頬も少し紅潮している。延命魔法は心臓がなくとも全身に血を巡らせる魔法。弱くなった血流が急によくなるので、魔法を受けた直後はどうしても体が火照るのだ。


 数分後、ようやく立ち上がり服を着ていくラスフィング。その最中、静かな声で魔女の名を呼んだ。


「なぁ、マザーハウデン」

「……何だい」

「別に答えなくてもいいんだけど……愛する人と王の責務、どっちが大事だと思う?」


 神妙な面持ちで急にそんなことを聞かれ、マザーハウデンは面食らったような顔をして、その後おかしそうに笑った。


「“王の責務”なんて、まだ気が早いんじゃないのかい? ……して、何があった」


 ふいに鋭くなる金の瞳に射抜かれ、ラスフィングは先日の出来事を話した。


 アルミナが帰ってしまったことを初めに、アルミナが王妃になることに異を唱える者が出始めていること。いつまでも取り返せぬ心臓の代わりとして、アルミナの命はどうでもいいと吐き捨てる老臣がいること。


「あいつらには妻も子供も、孫がいるやつだっている。誰かを想うというのがどういうことなのか、あいつらだって知っているはずなのに……」


 話していく最中で、ふと目元が緩む。宰相たちから言われた愛する者を犠牲に心臓をもらえという責めるような言葉に、自分は想像以上に傷ついていたのだと気づいた。


 進展しない窮地と理解されない状況に、ラスフィングは唇を噛む。そして、マザーハウデンからの言葉を待った。


「うーん……。どの言い分も、分からなくはないね。あたしらは基本、“人でなし”さ。人間じゃないけど、でも、人間味というものは備わってる。あたしから言えるのは、あの子はお前のために体を張った。それを踏まえて今後を考えなということだけ」


 魔女からの答え聞いて、ますます表情を暗くさせるラスフィング。

 悩み続ける青年に、マザーハウデンはニッと笑った。


「……でも、お前は何かあっても、それを必ず乗り越える人間だ。お前のこれまで(・・・・)が、それを証明している」


 マザーハウデンは立ち上がり、ラスフィングに向き直る。そして、胸のあたりをトンと押した。


「前を見な。どんな状況でも、飛び込める隙間くらいはあるもんさ。……これでいいかい? もうさっさと帰んな」



 一通り言い終えて、マザーハウデンはそっぽを向く。そして、邪魔だといわんばかりにシッシッと手を振った。






次回、本題が来ます

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