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31話 『バラしたの、お前だな~~!?』



 エメラの謝罪で終わり、婚約破棄の再演は幕引きとなった。

 扉が大きく開かれ、謁見の間からはぞろぞろと人が流れていく。

 エメラとカロスター伯爵は、再度バディックの先導を受け部屋へと戻っていき、捕らえられていた彼女の侍女も、別の兵に連れられあとに続いた。



 ラスフィングとアルミナはその場に佇み、彼らの退出を見届ける。全員が去り会場が静かになると、同じく残ったヨルカ、ヴァルダンらと顔を合わせた。


「うまくいった、ということでよろしいですか?」


 傍らに立ったヴァルダンの確認に、ラスフィングは首を縦に振る。


「ああ。……2人とも、協力感謝する」


 証拠の運搬や人員の確保等、共に舞台を整えてくれた臣下に礼を言うと、それぞれ微笑を浮かべて頷き返した。



「あの、ラスフィング様……怪我は大丈夫ですか?」


 ふと、心配そうな声がラスフィングの横からあがる。

 アルミナの視線の先にあるラスフィングの顔。頬にはだいぶ薄くなっているが、一撃の痕が残っていた。

 ちょうど殴られた瞬間を見られたらしく……何があったか言い訳も出来ないラスフィングは恥ずかしそうに右頬を掻いた。


「ん、ああ……情けないところを見られてしまったな。……カミネの奴……!」


 薄れた痛みがぶり返してきそうな感覚と共に、アルミナがここに来た元凶であろう魔女をジロリと睨む。

 カミネは、ごめんなさ~いと舌を出しながら苦笑いをした。


「でも、元カノと間男の文通をずっと持ってたなんて、ラスフィング様って意外とねちっこい性格なんですね!」


 おそらく悪意はない、ニカッとしたとびきりいい笑顔で言い放つ。すると、隣に立っていたヨルカが腕を振りあげ、頭に拳骨を食らわせた。


()ったいな! 何だよヨルカのくせに!」

「痛かったら治せばいいだろ。お得意の魔法でさ」


 吐き捨てるように言うヨルカと、頭のてっぺんをおさえながら頬を膨らませるカミネ。しばらく2人は睨み合う。

 ヨルカとカミネは、何故か昔から言い合う場面が多い。仲睦まじくはないが、お互い毛嫌いしているわけでもない……顔を合わせれば、まるで兄妹喧嘩のような争いをするのである。


「はいはい。どっちもどっちだからケンカすんな」


 そんな2人をため息混じりに(なだ)めながら、ラスフィングはちらりと上を見た。

 薄いレースカーテンで仕切られた玉座。そこに、影はもう浮かんでいなかった。ことが終わり、国王夫妻もすでに退出したらしい。

 この件に関しては特に小言(きょうみ)はないという意思表示の表れ……もし、これが弟の件だったら、何と言うのだろうか……。


 ━━と、物思いに耽っているときも、先ほど宥めたはずのヨルカとカミネのいがみ合いは終わっていない。

 呆れたラスフィングは手の平を打った。乾いた音が空気を震わせ、皆の気を引く。


「ほら、終わりだ終わり。この箱も片づけるぞ。男どもは1人1つ持て」

「はぁーい」


 主人の命令なので、ヨルカとカミネは大人しく従い喧嘩をやめる。


 ラスフィングが先に箱を抱えるので、ヨルカとヴァルダンもそれに(なら)い腰を(かが)めて持ちあげた。

 そのままラスフィングを先頭に、開け放たれた扉へ歩いていった。





  ◇



 昼時が過ぎた午後2時頃。ラスフィングは、自室を訪ねてきたカロスター伯爵から帰国するという知らせを受けた。


 夜中に来たばかりだしもう少しゆっくりしていっては、と言うと、カロスター伯爵は首を振り「出来るだけ早く陛下へ仔細(しさい)ご報告せねば」と肩を落とした。


 それからカロスター伯爵は、これからエラルヴェン王夫妻にも挨拶と謝罪をすると言い、部屋から出ていく。

 その背中を見届け、しばらく経ったのちラスフィングも部屋を出た。

 何ももてなしが出来なかったから、せめて見送りくらいはしなくてはと思い、1人で門へ向かった。





 その途中、廊下の真ん中に彼を立ち塞ぐ影があった。


「……エメラ」

「ご機嫌よう、ラスフィング様」


 髪を結い直して薄緑のドレスに着替え、手に扇を持ち、胸を遠慮なく張ったエメラが立っていた。

 数刻ぶりに再会した彼女は、元来の気の強さを取り戻したような、すっきりした表情を浮かべていた。


 ラスフィングは距離を置いて立ち止まる。その様子に、エメラは扇で口元を隠しくすくすと笑った。


「もう何もしませんわ。そうそう、話し忘れていましたが……あたくし、ラスフィング様のとある(・・・)秘密を知っていますの」


 眉1つ動かさないラスフィングへ、好戦的に笑いかける。

 そして、佇むだけの彼へと歩を進め、目の前まで来たところで口を開いた。


「大丈夫、誰にも明かしません。そのお約束の印として、このメモをお渡しします」


 小さな声で告げると、細い指でラスフィングのマントと服の間に、四つ折りになった紙を滑り込ませた。


「ラスフィング様ほどの察しのいいお方なら分かるとは思いますが、あまりその方を責めないでくださいね。……でも、もし解雇なさるなら、是非ご一報を。あたくしが引き取ってもいいですわ」


 そう言って、エメラは2、3歩下がる。優美な微笑みを保ったまま、ドレスの端を()まんで軽く頭をさげた。


「では、さようなら。王太子になられることを祈っていますわ━━ラスフィング第1王子様?」


 最後に名を強調させて、エメラは踵を返しラスフィングの前から去っていった。




 残されたラスフィングは、エメラの言葉の意味をしばし考える。

 弱味を握られるという隙は見せていないはずなので、ただの脅しかと思ったが、証拠はあるようで……しかし、この状況で脅す意味が分からない。不可解な疑問だけが残った。


 エメラが懐へ残していった紙を手に取り、何気なく開く━━そこに書かれていたことに、思わず目を剥いた。





  ◇



「ふんふーん、ふふーん」


 足取り軽くご機嫌に鼻歌を歌いながら、ヨルカは主人の部屋へ向かった。

 エメラが帰国し案内役がお役御免となったことで、無事ラスフィングの近衛に復帰出来たからである。


「しっつれーしまーす!」


 意気揚々と扉を開ける。

 しかし、そこには明るいヨルカとは対照的に、仕事机に腕を枕にして突っ伏しているラスフィングの姿があった。


「ラス様……? どうされたのですか?」


 いつもならバリバリと仕事しているのに……。

 まさか、またあの令嬢から何かされたのかと心配になり、急いで様子をうかがう。

 呼びかけても肩を揺すっても反応がない。息はあるので寝ているだけかと思い、屈めていた体を起こした瞬間━━視界が激しくブレた。


 瞬く間に首がしまり押し込まれ、激しく背中を打ちつけたと思ったら、脳に直接響くような衝撃音が耳をつんざく。


 顔のすぐ横で、何か鋭利なものが壁に突き刺さった音。ヨルカは、正体は剣だとすぐに気づいた。

 その、耳まで切り裂きそうな超至近距離の刺突に、切られた髪の毛がはらはらと床に落ちていく。


 胸ぐらを掴んだままの無言の強襲に、ヨルカは頭が真っ白になった。


「ラ、スフィング、様?」


 いきなり覚醒したラスフィングは無言を貫き(うつむ)いているため、はっきりした表情は見えない。しかし、ギリギリと奥歯を噛む口元は見えた。


 ヨルカは、顔は正面のまま眼球だけを動かし横を見る。そこには、光の一切を反射しない、真っ黒な短剣が突き刺さっていた。

 その存在(・・)に、ヒ、とヨルカは声と顔を引きつらせた。


「それって、(しん)え━━」

「……お前だな?」


 唸るような声に、ヨルカはさらに背筋を凍らせる。

 やがて、ラスフィングは手をぶるぶると震わせ……勢いよく顔をあげた。


「バラしたの、お前だなぁぁぁぁ~~~~ッ!?」


 主の叫びに呼応するように、針影(しんえい)からは火の粉のような黒い粒子がもれ出る。

 絶叫するラスフィングの顔はわずかに赤くわずかに涙目で。怒気と屈辱、そして羞恥に歪んでいた。


「ちょ、ちょっと……!」


 かの武器は『不都合を消す』━━決して人には向けてはいけないその武器(殺意)に、ヨルカは震えながらもラスフィングの手からどうにか逃れ部屋から飛び出した。


「何のことですかっ!? きっと誤解ですってーーーー!」

「うるさいっ! お前の字体くらい分かるわ! たとえそれがきったない字でもなぁーーーーッ!」


 ラスフィングは手を広げ、一度針影(しんえい)の片割れを返還する。再び手を握り込むと、一対揃った双剣が両手に収まった。

 そのままユラリと歩き出す主人に、ヨルカはさらに表情を畏怖に染める。


「ヒ━━、せめてそれ(・・)しまってくださいーーーー!」


 捕まったら消されてしまう━━本気でそう思ったヨルカは踵を返し全速力で逃げる。

 そんな彼を、ラスフィングは否定の火の粉をあげながら追いかけた。





一応、これで2章は終了となります

あとは、エピローグ的なものをちょこっと入れて3章へ続いていきます


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