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20話 『やっぱりかっこよかった~~……!』

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 ヴァルダンにその座を奪われ、主人にあっさり捨てられた忠犬ヨルカは、悲嘆に暮れたまま改めてエメラを見た。


 彼女を最後に見たのは、王子との関係が解消されて城を出て行くときなので、実に6年ぶりであった。

 当時はまだ正側近であるスライデン伯爵もいたので、自身は王子の近衛ではなく、直接の関わりはなかった。しかし、護衛を伴って城の中を自由に動く姿は何度も目にしていた。


 そんな久方ぶりに見た彼女だが、さすが隣国ロントールの名門貴族。変わらぬ美貌と、時を経て育った……男を陥落させうる体型(プロポーション)は誰が見ても絶世の美姫と賛辞を贈るだろう。



 そんなエメラは、立ち尽くすヨルカへにこりと笑いかけた。


「あなた、ヨルカといいましたね? 案内を頼みましたが、休息も少し取りたいので……2時間後くらいに来てくださる?」

「え……っ」


 美貌を全面に出した笑みに、ヨルカは思わずすっとんきょうな声をあげる。指名された手前つきっきりだと思っていたので、思ったより早い解放につい顔を綻ばせてかけて……すぐさま表情を引き締めた。


「で、では、(のち)ほど伺います。出来るだけ側に控えておりますが━━」

「結構よ。ラスフィング様のところに戻ってもいいし、時間までは自由にしていて?」

「はぁ……」

「では、ご機嫌よう」


 すげなく優雅に手を振られたヨルカは困惑気味に会釈をしてから、彼女の顔色をうかがいながら去っていく。


 その背中を見送り、ヨルカの離脱を確認したエメラはあてがわれた部屋へと足を踏み入れた。

 用意された部屋は来賓用で、綺麗に整えられている。広さも十分で世話人が共にいても問題なさそうであり、エメラのために時間をかけられたことが見て取れた。


 数日の滞在のため持ってきた荷物は既に室内に運ばれていて、その中には、後日ラスフィングへ渡す祝いの品もあった。


 パタンと閉められたドアの前で、エメラは息を吐いて立ち尽くす。

 ━━やがて、ドレスにしわが出来るのも(いと)わずその場にへたりこみ、ぶるぶると震える両手で頬を覆った。


「ラスフィング様……やっぱりかっこよかった~~……!」


 頬が熱い……それどころか全身が熱かった。

 目元口元を緩ませた大きい独り言……エメラはしゃがんだ状態のまま、再会したラスフィングの姿を思い浮かべた。


 立派で逞しいまるで戦士のような長身に、深い水底のような深青色の髪。それと同じ色彩の瞳はやや鋭いが優しさを感じさせる。

 出会った当初から将来美男子になると思っていたが……予想違わず、見るも見事な青年へと成長していたのだ。


 エメラは手で頬を包んだ状態で、むにむにと(ほぐ)すようにいじる。


「あー表情(カオ)作るの大変だったー。お顔が見えたときうっかり腰抜かすかと思ったわ」


 それらのパワーが凝縮されたあの微笑みは、紛れもなく自分だけに注がれていたのだから仕方ないと、心の中で言い訳をする。

 そのまま頭の中できゃあきゃあ騒いでいると、真横から冷徹な声が飛んできた。


「お嬢様」


 エメラの奇行を冷たく見遣るのは、侍女たちの中でも1番付き合いが長い、灰色の髪を束ねた女性。

 背景に吹雪が見えてきそうな立ち姿に、エメラは我に返る。頬にあてていた手を外し素早く立ち上がると、ビッと指差し指示を出した。


「……っ、早く! 早く飲み物を用意なさい!」


 少し上擦(うわず)った声だったが、侍女らは何も気にせず素早くトランクに手をかけ準備に取りかかった。

 テーブルにはクロスが敷かれ、ティーポッドには茶葉が仕込まれ、そのうち1人が湯の準備へと消える。




 そんな彼女たちの作業を尻目に、次にエメラは婚約当初のことを思い返した。

 7年前……自身が15歳になったころ、ニコニコ顔の父から告げられた縁談。相手は龍の加護(あつ)きエラルヴェンの第1王子……同盟をより強くするための、紛れもない政略結婚であった。


 聞けば、第1王子は見目麗しく前途有望な人物らしい。しかし、エメラは正直、結婚に対しいいイメージを持っていなかった。

 父……カロスター伯爵は多くの愛人を作っていたし、母はそのことで随分苦労を重ねていた。

 だから、優秀な王子との婚約だと言われても、少女にとっては憂鬱以外のなにものでもなかったのだ。


 それからほどなくして、エメラは父と共にエラルヴェンを訪れる。本人たちを交えた話し合いのためである。

 そこで初めて(まみ)えた王子ラスフィングの姿に━━それはもう一瞬で吹き飛んだ。

 無意識に口元を覆って目を見開く。父からの、不敬だと咎められる声は聞こえていたが、目を奪われていたので体が動かない。

 不安も憂鬱も、彼の前では塵も同然であった。


 2歳年上の少年から向けられた穏やかで精悍な笑みは、(よわい)15の少女には十分な破壊力があったのだ。



 話もトントン拍子で進み、めでたくラスフィングとの婚約が結ばれた。婚約者……将来の妻と認められただけで胸の奥が熱くなり脳が溶けそうだった。


 それからエラルヴェンでの生活が始まり、色々頑張った。

 あれほどパーフェクトな人なら、きっとパーフェクトな人が好きだろうと思い、それはそれは高貴に振る舞った。


 王妃となる勉強は頑張ったし、自身につき従う侍女や護衛には、厳しく細かく言いつけた。

 化粧品は一級のものを揃えたし、体型を維持するためのトレーニングやマッサージも毎日続けた。


 普段の自分とは違う振る舞いに疲労はたまる一方だったが、ラスフィングを想えばどうということはなかった。

 可憐に奔放に、自分自身を磨き続けたのだ。



 ━━しかし1年後。急に呼び出されたと思ったら、ラスフィングから一方的に婚約破棄を告げられてしまった。


 一瞬で頭が真っ白になった。高飛車な態度がいけなかったのだろうか。浪費がいけなかったのだろうか……うまく回らぬ頭で色々考えた。

 しかし、それによる彼の不快そうな顔を見たことない。破棄の直接的な原因とは思えなかった。


 婚約破棄のその場にいたのは、エラルヴェン国王夫妻とラスフィング。ロントール側は1人の使者と父のカロスター伯爵というごく少数の関係者。

 エメラは呆然としながらも、大人しく破棄を受け入れ父と共に祖国へ帰った。

 が、しかし、この数年間彼を忘れたことはなかった。




 ━━そして最近、ラスフィングが新たに婚約者を迎え入れたと聞きつけた。しかも、政治的な理由ではなくラスフィングから申し入れた恋愛結婚。相手もどこの馬の骨かと思ったら、龍の娘だというではないか。


 いてもたってもいられず、父にエラルヴェンへ行くと告げる。すると父は、何故か異常なまでに焦りだして止めるよう説得しだした。

 額に脂汗まで浮かべるその姿があまりに必死だったので、エメラは1度は大人しく部屋へ戻った。

 けれども、やはり成婚する前に1度くらいは顔を(おが)んでやらなければ気がすまない……なので、少ない侍女と共に家族に内緒で飛び出してきたのだ。


 あの様子だと、自分がいないと気づいた瞬間、父は全力で連れ戻しに来るだろう……しかし、どんなに早く馬を飛ばしても4日はかかる。それまでにラスフィングをモノにすればいいのだ。


「お嬢様、準備が整いました」


 ふいに、侍女の声が飛んできた。見ると、言葉の通りティータイムの準備が完了していた。


 テーブルに用意された、紅茶が満たされたティーポッドと温められた空のティーカップ。あとはエメラが着席し、カップに紅茶が注がれるだけなのだが━━エメラはカップを掴み取り、壁に向かって叩きつけた。


 甲高い音を立てて、薄い陶製のカップは難なく粉々になり、破片が絨毯の上に散らばる。

 それだけでは足りず、ソーサーも取り上げて力任せに投げつけた。


 突然の癇癪(かんしゃく)に、室内は静寂に包まれる。息を飲む侍女らとは対照的に、エメラは呼気を荒らげていた。


「あの女は、何なのかしら……」


 苛立ちの矛先は彼女へ向けられていた。

 これみよがしにラスフィングの隣にいた、アルミナと名乗る女性。こちらがチラッと視線を移しただけで、身を固めて怯えた様子を見せたあの女。


「あれが、殿下の婚約者なの……?」


 信じられない、という面持ちで呟かれた声は震えている。

 龍の血をひくということもあり、あの白髪と金眼は確かに神秘的だった。見た目も美しく、さぞ品よく育てられたのだろう。


 だが、それだけだ(・・・・・)


「あたしはあれに、負けたというの……?」


 ラスフィングがいなければ立つことすらままならないようなあのか弱さ(・・・)に、エメラはひたすら怒りを覚えた。

 誰よりも重責を負う彼を、誰よりも近くで支えなければならないのに……。ふざけるな。そんな甘え、あってはならない。


 所詮は龍。あの女に人の世、人の営みは理解出来まい。

 あたしの方が強い。あたしの方が美しい。あたしの方が相応しい━━


 人にも、龍にもなれない半端者に、あの方は渡さない━━エメラの中で(たぎ)る炎が、少しずつ確実に大きくなっていく。


 激しい感情を隠しきれず、品悪くもギリッと奥歯を噛んでいると……「お嬢様」と、またも急に灰毛の侍女から声をかけられた。


「何よ」


 エメラは不機嫌を(あらわ)にジロリと睨む。彼女が手で示している方を見ると、テーブルには既に違うティーカップが用意されていた。


 部屋の端の方を見ると、叩き割ったカップとソーサーの破片も、既に片付けられている。

 エメラは今度は割らず、イスへ雑に腰を下ろして注がれる紅茶を見つめた。


(そういえば……)


 やがて満たされた、湯気がたつカップを持ち上げながら、エメラは首を(ひね)った。


 再会したとき、肝心なラスフィングも何かおかしかった。

 双子の殿下、シュラウス王子の所在を聞いたとき、彼は一瞬だが表情を凍らせた。

 すぐに留学とは答えたが、えらくぎこちなかったのだ。


 ラスフィングらしくない、歯切れの悪い返答にエメラは違和感を拭いきれずにいた。

 加えて、噂によればラスフィングはまだ王太子になっていないらしい。期待を寄せられているにも関わらず、何故その地位についていないのか。


 ……いや、つけないのか。


(何か、隠しているのね……)


 都合の悪い何かを……。

 この2つに因果関係があるのかは分からないが、何か弱みを握れれば、もしかしたら再び彼のもとへ帰れるかもしれないと……エメラは紅茶を含んでほくそ笑んだ。





いつもありがとうございます!

今後も長くあけてしまうかもしれません


次回更新は来月からになります

よければブクマ評価もお願いします!


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