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2話 龍と王子



 龍神と唯一対面が出来る大洞窟(だいどうくつ)は、グガンナ城の近くにある森の奥深くにある。

 この洞窟は、龍の住み処である谷底と直接繋がっており、王家のみ立ち入りが許された神聖な場所であった。


 冷えた空気が漂い、陽の光が(かす)かに届くその場所にて。

 1人の王子が、1体の神と対峙していた。



 王国の守護神に(ひざまず)くのは、深海のような濃青色の髪と目を持った青年。名をラスフィング・アルサス・エラルヴェン。

 現エラルヴェン王の長子、第1王子の地位に立つ男である。

 目つきはやや鋭いが、冷酷さは感じられない整った面差し。逞しい長躯にまとう黒と青を基調にした衣服。左半身にはマントを羽織っている。


 王子であり指折りの戦士でもある━━将来の為政者に相応しい、人を惹きつける美貌と武勇を持った彼だが、今は唇を引き結び低頭していた。


 その理由は、正式な次期国王、王太子となることを認めてもらうため。たとえ周囲が認めても、神から許可がおりなければ意味がない……そのための問答に挑んでいた。




 対する巨体……白銀の鱗と鋭い金眼の龍神、バラトアは彼を凝視(ぎょうし)したあと、地響きのような声を発した。


「お前には、生物としての気配が無い。心の臓の動きが見受けられぬ……お前は、本当に人間か?」


 瞬間、ラスフィングはピクリと肩を揺らした。龍神の聞く通りであった。心臓をぶち抜かれても生存しているなど、普通はありえない。やはりこの神に隠しごとは不可能なのだと悟る。

 覚悟を決め、緊張を逃がすように息を吐いたあと口を開いた。


「その通り。……弟の急襲により、オレには心臓がない。しかし、オレは裏側なる王、冥王の試練を乗り越え、正当な王位継承者の証を授けられている」


 その名を聞いたバラトアは悩ましげに(うな)った。

 冥王とは、龍の谷底よりもさらに深い、異界ともいえる場所にいる王のことである。

 人界ならざる暗き異界。行くにも精神力が試され、到着してからも身一つで自らの正統性を示さなければならず、攻略は一筋縄ではいかない。

 だからこそ、授けられる証には途方もない価値があった。


 エラルヴェンの王位継承には、現王の認可、加えて龍神の承認と冥王の試練を乗り越える必要があり、その3つが揃って初めて、王太子となれる。



 ラスフィングはその内の2つを手に入れているので、あとは龍神から認められるだけなのだが━━


「心の臓無き者を、人界の一国を治める王と認めるわけにはいかぬ。真に王冠を欲するならば、その弟から心臓を取り返してくるがいい」


 バラトアは、首を縦には振らなかった。



 そういい残して龍神は、翼を広げて住み処である谷底へと帰っていく。風を受けながら1人残されたラスフィングは、しばらく動けずにいた。

 静寂が彼を包み、勇敢に龍の問答に挑んでいた姿が、ただ(うずくま)るだけの情けないものとなってしまう。


 王位継承の資格を得ても、要である龍神に認められなかった。次期国王……王太子に、なれなかったのだ。


 その後も龍神が再び現れることはなく……ラスフィングは重い足取りで大洞窟に背を向けることとなった。








 ━━これが、ラスフィングの1週間前の出来事。

 当時は誰も責めたりしなかった。襲撃は不可抗力であり、ラスフィングに落ち度はないとされたからである。



 そして今。彼に落ち込んでいられる時間はなかった。


 婚約から一夜明けたが、忙しさは変わらない。

 王家に残った男子、王太子となれるのはラスフィングただ1人なので、そうでなくても王太子としての仕事をこなさなければならないのだ。


 しかし、この日は公務を早々に切り上げ、アルミナのところへ向かうべく廊下を1人で歩いていた。


 部屋の守護をする衛兵によると、アルミナは昨日の婚約から1歩も出てきていないらしい。

 別れたときには元気そうだったのに何かあったのかと心配になり、顔を見に行くことを決めたのだ。


 婚約者のもとへ行けるというのに、ラスフィングの心は1週間前の記憶に支配されていた。

 認められなかったと報告したときの、父や臣下たちの落胆した表情が浮かんでは消えていく。

 時が流れても、記憶は少しも薄まらない。悔しくて、情けなくて……無意識に拳を握りしめて歩き続けた。


 ほどなくして、アルミナが滞在する来賓室に到着する。

 部屋前の衛兵に聞くと、やはり姿は見せていないらしい……ラスフィングは扉をゆっくり叩いた。


「オレだ。開けていいか?」


 扉の先にいるであろうアルミナに声をかけるも、返事がない。しばらく時間をおいてからもう一度ノックをして、今度は「入るぞ」と言ってからドアを開けた。


 しかし、開けた先にアルミナの姿はなかった。

 しばらく様子を見たが、気配はない。だとすると、いるのは奥の寝室だろう。婚約者とはいえ1日目で寝室に行くのは(はばか)れたが、倒れられていても困るので、寝室を見てみることにした。


 ここでも当然合図を出し、扉を開ける。すると、ベッドの上で膝を抱えるアルミナの姿があった。


「ラスフィング……様……」


 主人の登場に、アルミナはベッドから降りる。ラスフィングは目に飛び込んできた姿に、目を見開いた。


 昨日の巫女装束とは違い、薄水色の生地に花柄の、華やかな衣装になっている。

 はるか東方の衣服、着物に似た前合わせの衣装だが、二の腕に加え肩や太腿(ふともも)もあいている……昨日より露出が増えているように見えた。


 彼女の細い肢体が目に映り……。ベッドの近くということもあり、余計なことを考えそうになったラスフィングは急いで思考を彼女の父親、龍神バラトアへと切り替えた。

 愛しの美姫がゴツゴツした巨大生物にすり変わり、瞬く間に冷静さを取り戻す。

 ラスフィングはそんな静かな葛藤を表面に出さないようにしながら、アルミナへ笑いかけた。


「部屋から出なかったようだが大丈夫か? 体調が悪いとか、ないか?」

「はい。……1人で出歩いていいものか、分からなくて……」


 小さな声で言われ、ラスフィングははたと(・・・)気付いた。

 確かに、昨日別れる際、部屋では(くつろ)いでいいと言ったが、外出については特に言ってなかったのだ。

 彼女は人界に疎い龍神の子。中身も外身も大人しく可憐であり、文化も勝手も分からぬ場所で動き回れるほど奔放な娘ではない……閉じ籠っていた原因はこちら側にあったのだ。


「そっか。……すまない。こちらの配慮不足だった。もちろん、城内なら動き回ってもいいし、不安なら部屋前の衛兵に護衛を頼んでもいい。オレも、時間があるときは付き合おう」


 城の中なら問題ない、という許しにアルミナはホッと息をつく。


「分かりました。早くここにも慣れるよう頑張ります」

「ああ……。実は、これから一緒に来てほしいところがある。急ぎで行かなくてはならないところがあるんだ。君の紹介も兼ねて」


 きょとんとするアルミナに、ラスフィングは笑って続けた。


「オレが生きていられる所以(ゆえん)。魔女国のマザーハウデンに会いに行く」



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