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19話 『ヨルカのように、貴方自身に仕えているわけではありません』



 城の案内役としてヨルカを放置し、疲れたであろうアルミナを部屋に送り届けたラスフィングは、一旦私室に戻るべくヴァルダンを伴って歩を進めていた。

 まさか、エメラがヨルカを気に入るとは思わなかったが、このあとも食事会や茶会など彼女に時間を割かなければならない場面がある……自分の時間が少しでも出来るのはありがたかった。



 私室まではまだ距離がある。無言だが順調に進んでいると━━ふと、背後についていた足音が急に止まった。

 首だけで振り返ると、ヴァルダンが通路の真ん中で足を止めていた。

 端正な相貌に感情は浮かんでおらず、赤い瞳は王子を凝視する。


「どうした」


 不審に思い立ち止まって聞くと、ヴァルダンはここで、ふっと口元を緩めた。


「不肖ヴァルダン。殿下に(なが)く聞きたいことがございました」


 目の奥は依然として凪いでいる。

 慇懃だが何とも鼻につく言い方に、ラスフィングは顔をしかめたが「言え」と先を促した。


 許可を得たヴァルダンは、しばらくしてから再び口を開けた。


「弟君の、シュラウス殿下の処遇です」


 低いがよく通る発言に、ラスフィングは眉を跳ねあげた。マントをひるがえし彼に向き直る。

 明らかに顔色を変えた王子に、ヴァルダンは続けた。


「運よく発見し捕らえたとして、扱いをどうなさるのか……お聞かせ願えますか?」

「……手心を加えろと?」


 首がカクッと(かし)げられ、低い声と、冷酷に細められる濃青の瞳が彼を射抜いた。

 間を漂う空気もヒリつき冷えていく。その重い空気を吸い込んで、ヴァルダンは神妙な面持ちで答えた。


「まず前提として……オレは貴方につき従っていますが、それは王族に対しての忠誠です。ヨルカのように、貴方自身に仕えているわけではありません」


 ヨルカは普段、ラスフィングの側近のように振る舞っているが、実状はヴァルダンと同じく王家直属兵士団の一兵である。


 ラスフィングには、スライデン伯爵というきちんとした爵位を持つ側近が存在する。しかし、彼は数年前から自身の治める領地にて療養をしていた。

 幼い頃から交流があり、気心知れた仲だということを買われたヨルカが、彼が戻ってくる間の代理として特別に取り立てられていたのである。



 わざわざ、このタイミングでの発言に、ラスフィングは訝った。


「オレは王に相応しくないと言いたいのか?」


 自身は王族……学と武を積み続け、今や誰よりも次代の王と望まれる王子だという矜持を持っている。

 ヴァルダンは、これにははっきりと否定を示した。


「反意はありません。ほかの兵と同様、貴方が王位につくことを望んでいます。……しかし、それと同じくらいに、オレはシュラウス殿下のことも案じているのです」


 ヴァルダンが1歩、ラスフィングへと足を踏み出す。そのまま距離を詰め、やがて目の前まで来ると、静かな声で訴えた。


「王子を探し出せたとして、そのとき自分の心臓が無事だという確信、根拠はおありですか? ……そして、血を分けた兄君として、あの方を怒ることは出来ますか?」


 後半は懸命な声音で、切実さを伴っている。

 (から)だった目にはいつの間にか熱が戻っており、弟と自分の今後を問う彼に、ラスフィングは視線をそらしてため息をついた。


「その可能性を、考えなかったことはない」


 弟の行方を考えるたびに(かす)めた思い。もう既に、自分の心臓が失われている可能性……あの臓器は胸に戻らず、あれほど誓った王にもなれないという有り得るかもしれない事実。

 誰かに吐露(とろ)するわけにもいかず、不安だけが胸の中に溜まっていった。


 シュラウスが逃亡し、半年がたった……この(かん)、心臓はどうなっているのか、状態は本人以外知り得ない。

 しかし、それでも言いきれるものがあった。


「シュラウスの目的は殺害じゃない。オレはあのとき、既に針影(しんえい)を得ていた。あいつもそのことは知ってるはずだから、殺すのなら首を断った方が確実だ。心臓も誰のでもよかった訳ではない……多分、オレの心臓であることが大事だったんだと思う」


 ラスフィングは目を伏せて当時を思い出す。胸を穿たれた激痛の中でもかろうじて見えた光景。

 少し力を入れれば弾けるであろう血まみれの塊を、彼はあの場で潰さなかった。

 盗り方こそ力任せだったが、何なら、(とど)めを刺さぬよう用心しているようにも見えたのだ。


「あいつが何を考え、何を成そうとしているのかは双子とて分からない。何かしらの野望を抱え潜んでいるのか、断罪を恐れて隠れているのか……。それに━━」


 息を吐いて、自嘲ぎみに笑う。


「『怒る』か……。難しいことを聞くんだな」


 というのもラスフィングはこの数年間、1度も怒ったことがない。……否、怒れないのだ。怒らざるを得ない状況があっても……弟の強襲を受けてもなお、(いか)りには到達しなかった。

 そう気づいたのは3年前。冥王の試練から帰還し、昏睡から目覚めてからである。


 ほかの負の感情━━悲嘆、焦燥、不安、憎悪は芽生えても……『(いか)り』という感情を表に出すことは、現在のラスフィングには何よりも難しかった。


 原因には覚えがあった……冥王である。

 戦いを経て、針影(しんえい)を受け取る資格を得た少年だが、その体には針影(しんえい)を受け取るだけの“容量”がなかったのである。

 その“容量”を確保するために捨てたのが感情の1つである『怒り』……自分の治世には不要だと自ら放棄、冥王へ渡したものであった。


 このことは、ヨルカをはじめ誰にも話していない。

 知り得ないはずのヴァルダンが、何故この疑問に至ることが出来たのかは分からないが、彼は確信を持って問い(ただ)しているのだろう。


 ━━王族としての叱責ではなく、血を分けた兄として弟を思い、声を張り上げることが出来るのか、と。


 ならば、こう答える。


「怒れるかどうかは分からない。でも、なんであれ話をしなければ始まらない。そのために探すのさ」


 心臓の奪還もそうだが、何故こんなことをしたのか、ラスフィングは何よりも彼との対話を望んでいた。


 (かげ)り続けたその顔に、少しだけ明るさが戻る。

 しかし、すぐさまヴァルダンへ眉根を寄せた。非難するような目つきだが、先ほどのような冷酷な視線ではない。


「お前……オレと2人になるタイミング狙っていたな?」

「ヨルカに聞かれたらどつかれてマウントポジション取られそうなんで」


 鼻の形変わりますよ、と笑いながら答える。

 ラスフィングは、怒ったヨルカがヴァルダンに(また)がり容赦なく殴りつける姿を想像して、つい笑ってしまった。



「━━お前、シュラウスが好きか?」


 ふと改まった質問に、ヴァルダンは面食らったように目をしばたたかせたが、すぐさま表情を戻した。


「ええ。王家に対する我が敬愛の念、こんなことじゃ揺るがない程度には。オレは、お2人が芥子(けし)粒くらいのときからお仕えしてますから」

「……豆の次は芥子(けし)か」


 どこか聞き覚えのある台詞に、似たようなことを言ってくれる臣下たちだと嘆息する。

 安心感のような、胸に染み入るものを感じながら、ラスフィングは踵を返し歩き始めた。


「さ、忠誠の証として、戻ったら茶でも淹れてもらおうか。ヨルカはあー見えて上手だったぞ。お前はどうかな?」


 ニッと笑いかけるような、試してくるような問いかけ。これに、ヴァルダンも胸を張って答えた。


「それなら遠征時に手に入れた茶葉でも振る舞いましょうか」


 そして、どこか足取り軽やかな王子のあとを追う。

 空気はさっきと打って変わり、朗らかな雰囲気に満ちていた。




ヨルカの立ち位置は『王子ラスフィングの味方』、ヴァルダンの立ち位置は『王家エラルヴェンの味方』です


今後も1~2週間程度長くあけてしまう場合があります


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