15話 『オレはラス様がこーんな豆粒くらいだったときからお仕えしているというのに!』
イヤイヤともがき、異常に嫌がるヨルカを引っ張って、依然として騒ぐ武骨な集団の近くまで来たラスフィング。
断片的に聞こえてくる会話の内容は、途方もない捜索の旅から無事帰還出来た喜びと安堵であった。
その中にいる、薄汚れたマントを羽織る長身の青年へ声をかけた。
「よぉヴァルダン。元気そうだな」
彼に向けて、気さくに手をあげる。呼びかけに気づいた青年はラスフィングを見るやいなや、驚きと喜びに声をあげた。
そして、周りの兵を押し退けながら緩く駆けて前まで来ると、胸に手をあて恭しく腰を曲げた。
「お久しぶりです殿下。ヴァルダン・ウィンストン。ただいま帰還いたしました」
燃えるような鮮やかな赤の……この半年で伸びたらしい、うなじあたりで結われた長い髪が背中から落ちてさらりと揺れる。
低頭を続けるヴァルダンに、ラスフィングは薄く笑んだ。
「うん。ご苦労だった」
短く労うと、彼は頭をあげて「はい」と頷く。
「そして、我らの力不足のせいでシュラウス殿下をお探しできず申し訳ありません……。いずれ、部隊長から報告がありましょうが……」
沈痛に声音を落としたヴァルダンの口から謝罪の言葉がもれる。これにも、ラスフィングは緩やかに首を振った。
「いや、誰も責めるつもりはない。ゆっくり、疲れを癒してくれ」
シュラウスが見つからなかったことは残念だが、これはヴァルダンやほかの部隊員のせいではない。
シュラウスを探せという王命で編成された彼らだが、事情は厳秘のため、大半の兵は何故シュラウスがいなくなったのか、何故探さなければならないのかという詳細を知らされずにいた。
ラスフィングにとったら、委細も明かされぬ任務に対して、誰1人欠けることなく戻ってきてくれたことの方が何よりも嬉しかった。
「……はい、ありがとうございます」
ラスフィングからの温かい言葉に、ヴァルダンは眉を下げて感謝を呟く。その後、彼は口角をあげにんまり笑った。
「そして後ろの奴は━━」
ヴァルダンの視線が、ラスフィングの背後にいる青年へと移る。しかし、当の本人はつんとそっぽを向いていた。
「おいヨルカ。従兄弟との再会がそれか?」
ヴァルダンはヨルカの前へ移動し、顔を見ようと覗き込む。
じぃっと凝視を続けられ……意地でも見ようとするしつこさにこれ以上の黙殺は無理だと悟ったヨルカは、しかめ面を浮かべたまま彼をじろりと睨んだ。
「うるさい話しかけるな」
つんけんとした早口に、拒絶の色が滲む。
それきり口を閉ざすヨルカを、ラスフィングは背中を押して無理矢理前に出した。
「そう邪険にするな。お前だってヴァルダンが帰ってくるの楽しみにしてただろー?」
「お、そうなのか。お兄ちゃん嬉しいぞー?」
「ち、違う! 誰がお前なんかを……っ。ラス様も嘘言わないでください!」
並んでニヤニヤ笑う2人に、ヨルカはすぐさま吼える。刺し殺さんばかりの鋭利な視線に貫かれるヴァルダンだが、全く気にしていない様子で明朗に笑って受け流した。
「では殿下、オレはこれで━━。じゃあなヨルカ。また一緒に頑張ろうや」
軽快な別れの言葉にも、ヨルカは再び視線をそらして無視を決め込む。
そんな、昔からまったく変わらない従兄弟の態度を見たヴァルダンは、肩を竦めてため息をつくとラスフィングに再び顔を向けた。
「殿下。ヨルカはこのように、いつまでも拗ねて子どもっぽい奴です。これを機に、従者をオレに替えてみては?」
引き換えオレは大人ですよ、とヴァルダンは胸を張る。
対してヨルカは……自分を売り込むような、聞き捨てならない進言にギッと睨んだ。
「テメェ━━」
凄みか効いた声と共に、ヴァルダンの胸ぐらを掴む。
ヨルカは細身で、見た目は穏やかそうな人物であるが、兵士故腕力は強い。
そして、主人のことが絡むと凶暴になるという気性の荒らさを持っていた。
「あーはいはい」
喧嘩が始まりそうだったので、来たとき同様、首根っこを掴み引き離す。
そのままヨルカを引きずって、ラスフィングはその場をあとにした。
◇
珍しくヨルカが前を歩くので、ラスフィングはその後ろを追う。ヴァルダンと別れてもなおふてくされているのが、背中で分かった。
「いつもの軽口なんだから機嫌直せよー。お前だって分かってるだろ?」
あれは昔からの、ヴァルダンの癖だ。ラスフィングはヨルカの生家であるテレシア家、そしてその親類であるウィンストン家とも関わりがあるのである程度は理解している。
主人からの言葉に、ヨルカは足を止めて振り返る。
温厚な性格を感じさせる普段の面差しを、苛立ちというより、悔しいといった表情に変えていた。
「だってあいつ、何かにつけて年上ヅラするんですよー。3ヶ月しか変わらないのに!」
ヨルカとヴァルダンは同い年の26歳。しかし、生まれた月はヴァルダンの方が少し早かった。
従兄弟同士、そして同じく王家に仕える兵ということもあり、なにかと張り合う機会が多いという。
そのときは決まって、ヴァルダンはヨルカを年下の弟扱いするのだ。それが、何よりも気に入らないらしい。
「さっきだって……ッ」
さらに語気を強め、ラスフィングに勢いよく詰め寄る。
「オレにとって代わろうなどと……オレはラス様がこーんな豆粒くらいだったときからお仕えしているというのに……!」
親指と人差し指を、何か摘まむように折り曲げて、ラスフィングに示す。
ギリギリと奥歯を噛み腹立たしそうに力説するヨルカに、つい声をあげて笑った。
「大袈裟だなぁ」
「そういう気概でこれまできましたから」
実際、ヨルカは物心つく前からラスフィングに仕えていた。
自分は王族に仕えるに足る人間なのだと……祖父が立てた武勲のおかげで側仕えが許されている、爵位がないただの兵であるヨルカにとっては、その事実が誇りであった。
けれども、主人から笑われた……何だか軽んじられているような空気は納得いかない。
言いたいことは心に積もって溢れるが、王子相手に言い争っては不敬以外の何物でもない。
気分を変えるため、ヨルカは踵を返した。
「さ、お部屋に戻ったら仕事の続きしますよー。━━あ、実は今日届いた手紙のなかで、1つ気になるものが……」
「脅迫状か? 差出人は……」
スッ、とラスフィングの目が鋭く細まる。
王の実子という立場上、期待があれば妬まれることも当然ある。もし、自身や王家を脅かそうとするものならば、その内容、人物を精査……場合によっては捕縛も考えなければならない。
ラスフィングの警戒に対し、ヨルカは困惑ぎみに首を振った。
「見た感じそんな雰囲気はなさそうです。……きれいな手紙だし、やたらといい匂いがするんですよねー」
5/1(土)に
追記、書き直ししました
具体的にいうと、『捜索に行った部隊員のほとんどはシュラウスの襲撃の件を知らない』といった点を書き加えました
なお、ヴァルダンはヨルカ、ダーレス経由で知らされています
その他、細かな点を修正しました
 




