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14話 『あるみな、アルミナ、アルミナさん、アルミナちゃん……アルちゃん……アーちゃん……アーたん……』



 ━━ 一方その頃。


「お~~じぃ~~?」

「すまんて」


 中庭から離れた場所にて、ヨルカは眉間に皺を寄せ、腰に手をあてた状態でラスフィングへ諫言(おせっきょう)をしていた。


 何とも不遜で王族にする態度ではないが、ヨルカにも言い分がある。国の後継者たる第1王子が芝生にしゃがんでアリを観察するなど、醜態以外のなにものでもない。

 今は誰もいなくてよかったが、もし王や王妃、宰相に見られたら一体何を言われるか……想像もしたくなかった。


「オレやクィーナ様のときみたいに、何でもない感じで爽やかに呼べばいいんですよ」

「いや、どうしても、その……緊張して……」


 ラスフィングは少しずつ声を小さくさせて、本当に恥ずかしそうに頬を掻いた。

 “何でもない感じで爽やかに……”それは、当の本人が一番よく分かっている。

 しかし、無理なものは無理。言われて出来るものならこんなに何年も苦労はしていないのだ。


 それきり口を閉ざしてしまう……いまいち煮え切らない、踏ん切りがつかない主人に、ヨルカはため息をついた。


「幼少期からお仕えしてますから、ラス様の意気地無しな一面も知っています。ですが、さすがに気持ち悪……いえ、もったいないと思いませんか?」

「……」

「ようやく捕まえた姫君なのでしょう?」


 ヨルカは穏やかに、薄く笑む。そして、ふと思い出す。


 主人のこれまでは、決して平坦とはいえなかった。

 彼は龍の谷底でアルミナを見かけたが、冥王の試練で1年がたち、人界に戻ってきても2年という昏睡に邪魔をされて、目覚めてからも止まったままの時間を取り返すためにひたすらリハビリや勉学に励んだ。


 加えて、双子の弟による襲撃……生死を彷徨い、心臓が行方知らずとなった。そのせいで王太子になれず、国が傾くことを危惧している。


 それでも折れず、常に人のためにと前へ歩いてきたその姿を、ヨルカはずっと見てきた。

 だから、ラスフィングのことは生涯の主人だと思っているし、主人の想いに応えてくれたアルミナのことも姫様と慕っている。

 だからこそ、こんなことで時間を費やすのはもったいないと思っていた。しかし、


「うぅむ……」


 肝心なラスフィングは唸って返事はするも、名を呼ぶ決心をした雰囲気はなかった。


 恥ずかしさや情けなさ、いろんな感情が混じった複雑な顔を見たヨルカは、今はこれ以上進展することはないだろうと思い、咳払いをした。


「さ、怪しまれますからそろそろ戻りますよー」


 さっと踵を返し、先に中庭へと歩きだす。

 残されたラスフィングも、とぼとぼとヨルカのあとを追っていった。





 そのあとも、アルミナも交えた茶会が続く。

 貴族らしく朗らかに時が進む一方、ラスフィングの面持ちは終始張りつめていて、時折向けられる『こうなる元凶』クィーナの目から逃れるように顔をそらし続けていた。



 そして、とうとうラスフィングにとっての朗報が、芝生を踏む音と共に訪れた。


「クィーナ様」


 短く名を呼ぶと同時、長身の男性とメイド服をまとった小柄な女性がクィーナの傍らに立ち止まった。


「あら、もう時間ですか」


 現れたこの2人はクィーナのお迎えらしい。

 王太子妃の身分なのに随分警備が手薄だと感じていたが、ここはクィーナの実家。人払いをしていたという。

 帰る時間が迫り、彼女は残念そうに息を吐きながら、カップを置いて颯爽と立ち上がった。


「あたくしはもう帰らなければなりませんが。ヨルカ、お兄様のこと頼みましたよ」

「仰せのままにー」


 長い青髪をひるがえしながら厳しい視線を送るクィーナに、ヨルカはへらっと笑って返す。

 彼女が侍女に付き添われて背を向けるのと、ラスフィングが安堵の息を吐くのは同時であった。


 こうして茶会は終わりを告げ、ラスフィングは無事解放されることとなった。




  ◇




「あ、あー。あるみな。アルミナ、アルミナさん……アルミナちゃん……アルちゃん……アーちゃん……アーたん……」

「……ブフ……ッ」

「笑うな不敬者」




 波乱の茶会から2日。


 城内を歩きながら悩ましげにブツブツ呟く、真剣な面差しの主人に、ヨルカはつい噴き出してしまった口元を手で覆いながら顔をそらした。


「すいません。でもすごく面白いです王子」

「楽しそうで何よりだ」

「だって、成人した立派な男がそんな悩み持ってるなんて思わないじゃないですか」


 おまけに小声で練習しているなんて……とこみ上げる笑いを懸命に(こら)えるヨルカ。

 ラスフィングは横目でじろりと睨みながら、口をへの字に曲げて歩調を早めた。


 相手にするのもバカバカしい……しかし、やられっぱなしも性に合わない。臣下に笑い者にされた恥や憂さをどう発散してやろうかと考えていると、外に通ずる方面から数多の会話が聞こえてきた。


 何事かと思い、状況が分かるところまで近づくと、城前で武装した兵士たちがわいわいと言葉を交わしているのが見えた。


「帰って来たみたいだな」


 ラスフィングは合点がいったように呟く。

 どこか懐かしさを感じるメンツ……正体は、シュラウス王子の捜索部隊の帰還であった。

 彼らは王家兵団の中でも選りすぐられた特別な精鋭部隊。ラスフィングに代わり半年間、行方をくらませたもう1人の王子の捜索をしていたのである。


 追いついたヨルカもその人だかりを認め、うんと頷く。


「ほんとだ。……それじゃ、オレはこの辺で━━」

「待て」


 唐突に、くるりと方向転換してその場から離れようとするヨルカの首根っこを、ラスフィングは素早く掴む。


「どこへ行く気だ。お前はオレの近衛だろう? 側にいなくてどうする」


 ん? と引き寄せて彼の横顔に迫ると、ヨルカは瞬く間にその顔をひきつった笑顔に変えた。


「兵ならほかにもいますし王子は強いからオレはいらないかとー」


 早口で一息に言うと、ヨルカは体を左右に振り、自由を奪う手からどうにか逃れようとする。けれども、ラスフィングは少しも緩めなかった。

 そして、これで憂さを晴らせそうだとニヤリと笑う。


「いいから。大人しくついてこい」

「いやぁーお許しをー」


 両手を前に出してもがく臣下を、ラスフィングは仕返しといわんばかりに引きずり帰還した精鋭部隊へ近づいていった。



2章の根幹の元婚約者はもう少しあとに出てきます


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