13話 『お前にも見せてやりたくてな……っ』
ラスフィングは心の中で言い訳を募らせる。
王族という立場上、異性とも多くの交流をする。決して、女性に不慣れというわけではないのだ、と。
━━好き避け、というのがあるらしい。
好きだからこそそっけなくしたり、意地悪をしたりしてしまうことらしいのだが、自分にはそれは当てはまらない。
冷淡な態度はとらないし、手を繋ぐなど造作もない。褒め称え口説き、抱き締めるのにも抵抗がない。
しかし、何故か昔から“それ”だけは出来なかった━━好意を持った者に対して限定で。
心の中でなら何度でも呼べる。しかし、どうしても恥ずかしさが勝り、1番名前を呼んで愛したい人に限って喉の奥につかえて出てこなくなるのだ。
「姫様をお連れしましたー」
遠くから聞こえたその声に、ラスフィングは目を見開き我に返った。いつの間にか抱えていた頭をあげて、つい大振りに振り返る。
言葉通り、ヨルカがアルミナを引き連れて帰って来ていた。
「ラスフィング様……」
急に呼ばれて不安げなアルミナだったが、ラスフィングの姿を見てホッとしたように微笑む。
ラスフィングも微笑みを返したかったが、このあと控えていることが頭によぎり、逆に顔を強張らせてしまった。
「さ、ラス様。姫様に何か言いたいことがあるんですよね?」
そんな主人の心情も知らずに、ヨルカは先を進める。
「用事……何でしょうか」
アルミナは白糸の髪を揺らして、首を傾げる。
宝石のような金眼に見つめられ、あとに引けなくなったラスフィングは、重い腰をあげて彼女の前まで歩み寄った。
「あ、あのさ……」
挙動不審に言い淀んで、無意識に頭を掻く。
彼を見る視線はアルミナだけではない。早く言えといわんばかりの、ヨルカとクィーナの視線も全身に食らっていた。
「……っ、あ……」
彼女の名前を何度も思い浮かべるも、言う勇気は出ない……徐々に俯きがちになってしまう。
そして、あるものに目がついた。
「あ……あの……あ、ア…………アリがいるな」
瞬間、クィーナは美しい面差しを曇らせ、ヨルカは手で顔を覆った。
がっくりと力が抜け、あからさまに落胆の色を見せる。
そんな2人に気づかずに、ラスフィングとアルミナはそのまま話を続けた。
「アリ、ですか?」
「そう、アリ……」
わけが分からずきょとんとするアルミナに、ラスフィングはしゃがんでちょろちょろと動くアリを1匹指に乗せてみせた。
ラスフィングの手の上を駆け回る、ほんの指先程度の大きさの黒い生物に、アルミナはわぁっと顔を輝かせた。
ヨルカはこの反応に見覚えがあった。魔女国へ行く前、初めて馬を見たときと同じ反応である。
アルミナはラスフィングの隣にちょこんとしゃがんだ。
「こんなに小さな生き物は初めて見ました。アリ、という名前なんですね」
口元を手で覆って嬉しそうに声高に声をあげるアルミナに、つられてラスフィングも笑う。
「そうだ……っ、これはアリというんだ……!」
「こんなに小さいのに生きているんですね」
「うん。お前にも見せてやりたくてな……っ」
予想外に食いつきがよかったので、話題をそのままアリ話に変更した。
しだいに手に乗せる数を増やしたり、アルミナにも触れさせたりして、アリと戯れていると。
「だああああーー! もうっ!」
ヨルカが急に大声を出し、ラスフィングの腕を持ち上げて無理矢理立たせた。
「ごめんなさい姫様、ちょーーっとだけ王子様お借りしますねぇー?」
「えぇ……はい……」
アルミナから許可を得るヨルカの顔はにこやかであるが、目元や口元はピクピクと細かく動いている。
ヨルカはラスフィングの背中をぐいぐい押して、2人は中庭から離れていった。
おいてけぼりにされたアルミナは、振り向いた拍子にふとイスに座る女性と目が合う。ぱちぱちとまばたきするアルミナに、クィーナは優雅に微笑んだ。
「ご機嫌よう。あたくしはラスフィングお兄様の妹のクィーナと申します」
「はっ、はじめまして……!」
目をまん丸にする初々しい反応の彼女に、クィーナは手を口元に当ててふふっと笑った。
「そんなに緊張なさらないで。少しお話したいわ。よければそちらにお座りになってくださいな」
クィーナは、ついさっきまでラスフィングが座っていたイスを勧める。
アルミナは促されるまま、おそるおそるといった様子で腰をおろすと、前に新しい紅茶が出された。
赤みが強い茶色の液体が満たされた、白い湯気がたつそれをまじまじと見つめるアルミナ。
紅茶を出されたはいいが、どうすればよいのか分からないといった様子を見せる兄の婚約者に、クィーナは再び深く笑んだ。
「作法など、気になさらず結構です。まずは味を、香りを楽しむことが大事ですから」
そう言って、クィーナは優雅に紅茶を口にする。それを手本に、アルミナも両手でゆっくりカップを持ち上げた。
続きは2、3日以内にします




