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12話 『まだ呼べてないんですか?』

お待たせしました2章開幕です

今回長くなってしまいましたが、一気に見てほしいので分割はしません




 緩やかな陽光が差し込むグガンナ城にある一室にて、紙をめくる音と筆記音が静かに響く。

 ラスフィングは自室であり仕事場であるその部屋で机に向かい、時折(ときおり)落ちる髪を耳にかけ直しながらペンを走らせていた。


 

 今日の仕事は、エラルヴェン各地方の様子や経済状況の報告を聞いたり、回ってきた稟議書に目を通したりという事務作業であった。


 黙々とこなす彼の傍らにはヨルカが立っていて、彼はラスフィングが承認した書類を回収するという補佐をしていた。

 流れるようなサインがされた、机の端に寄せられた紙束を回収し、次の紙束をラスフィングに渡していく。


 そんな無言を貫く2人の前には、そわそわと落ち着かない様子の2人の兵士が並んでいた。

 年は若く、支給服も新しい……新人のようであった。

 気難しい雰囲気に話しかけていいか迷っている様子だが、ラスフィングとヨルカは見向きもしない。


 しばらくして、1人が意を決したように切り出した。


「王子、あの……報告をしても……」

「構わん。やってくれ」


 思いきったはいいが徐々に小さくなる声に、ラスフィングは一瞥もくれずに言葉をかける。


「で、では……」


 そっけなく促された新兵は、報告書らしい紙を広げた。


「南方のカルタ地区ですが、日照り続きで農産物の収量が少なく、交易の利益も少なかったそうです。よって地区官より減税の陳情が届いています」

「そうか。……うん、地区官に言って正式な請願書にしてくれ。出来次第承認しよう」

「それと、その隣のダグ地区も同じ理由で減税を求めています」


 ラスフィングは一瞬ペンを止めたが、すぐさま動かす。


「ダグ地区? ……いや、あそこはまだ被害がなかったはずだ。時間をやるからもう1度調べさせろ。隣だからって誤魔化すなと言っておけ」

「……っ、承知しました。ラスフィング殿下」


 迷いない返答に、驚いたように詰まらせながらも返事をする。

 そのあとも読み上げは続き━━やがて報告し終えた新兵はホッと肩の力を抜いた。


(わたくし)たちからは以上です。カルタ地区の件は急ぎ伝えますので、こちらにサインをお願いいたします」

「ん。ちょっと待ってて」


 報告書をヨルカ経由で受け取り、その下欄に自分の名を入れる。確かに委細を聞いたという証である。

 ラスフィングが流麗に名を記しているその最中、新兵2人は少し興奮気味に肩を寄せ合った。


「さすが我が国の王子だ……っ」

「ああ、この先も安泰だな」


 新米兵の不躾なこそこそ話にも、ラスフィングは特に反応を示さない。

 ヨルカも特に咎めることなく「どうだうちの王子すごいだろう」と何故か誇らしげな表情で作業の補佐を続けていた。



「ほら、終わったぞ」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」


 報告書を受け取り頭をさげ、きびきびと退出する背中を見送ると、ラスフィングはペンを置いて背もたれに寄りかかりながら体を伸ばした。


「あー疲れた。ヨルカー、コーヒー淹れてくれー」

「かしこまりました」


 ぐったりと天を仰ぐ主人に、ヨルカはくすりと笑って準備に向かう。

 しばらくして、湯気がたつカップを持って戻ってきたヨルカは主人の前にカップを置く。ラスフィングはそれに口をつけた。


「……あいつらが事実を知ったら、どう思うだろうな」


 先ほどの兵士の顔を思い出して、呟く。

 不覚を取ったせいで、(いま)だに龍神に認められずにいると知ったら、あのように輝かせた顔を曇らせるのだろうか……。



 実弟の襲撃事件は城勤めの、それも一部の者のみが知っている。

 口外無用の秘事……大体の人には「死に体だったが奇跡の復活」程度の説明しかしていないのである。


 幸い、現国王は大病を(わずら)うことなく、問題なく治世を続けている。

 立太子に焦る必要はないものの、決まっていない状態というのは王侯貴族や国民など、あらゆる方面に不安や疑念を持たせてしまう。それによって国が傾くことを何より危惧していた。



 独りごちて休憩するラスフィングを見ていたヨルカは「あっ」と眉をあげた。


「そのことで1つ……シュラウス王子の捜索隊ですが、近々引き上げると王がお決めになったそうです」


 心臓の奪還は火急の件だが、王子としての公務があり探しに行けないラスフィングに代わり編成していた捜索部隊、その帰還が決定したのだという。

 おじい様(ダーレス)から聞いたと語るヨルカに、ラスフィングは息を吐きながら再度天を仰いだ。


「……そっか。まぁ仕方ないわな。今までよく頑張ってくれたと言わないとな……」

「そうですか? むしろ真面目にやってんのか!? って叱責するところでは」

「怒ったってしょうがない。それに、楽しみも出来たしな」

「楽しみ?」

「引き上げるということは……あいつも帰って来るぞ?」


 ラスフィングはニヤリと笑う。ヨルカはきょとんとしたが、底意地の悪い笑みの、その意味に気がついたのかみるみる顔色を変えた。


「げー! それは困ります! あいつだけ捜索延長させましょうよー!」


 心底嫌そうに顔を歪めるという予想通りの反応に、くっと笑いがもれる。


「オレが決められることじゃないからな。まぁ諦めろ」


 騒ぐヨルカを尻目に、ラスフィングはコーヒー片手にしたためたばかりの書類にはんこをダンと押した。




  ◇



 朝7時から続いた報告会がようやく終わった午後1時。ラスフィングは力なく机の上に突っ伏すも、すぐさま立ち上がりふらふらと部屋を出た。

 のんびり昼食を取る(いとま)もない……午後は、ある人物と会う約束をしているのである。


 ヨルカはすでにあちらに向かわせているので、主人である自分も早く行かなければ今度は彼が責められてしまう……今から会う相手はそのくらい面倒なのだ。



 ラスフィングは人目を(はばか)らず欠伸(あくび)をしながら目的地である中庭へ━━そこには、優雅に紅茶を飲んでいる女性がいた。


 淡い色彩のドレスと、艶のある腰までまっすぐ伸びた青い髪が身分の高さを醸し出している。

 彼女が腰をおろすイスには繊細な意匠が掘られ、テーブルにはレースのテーブルクロスが敷かれている。その上には小さく可愛らしい菓子が並んでいた。


 高貴な人物のティータイム……ラスフィングはお構い無しにそこへ踏み込んでいく。


「クィーナ」


 名を呼び捨てで呼ぶと、女性は紅茶から口を離し、ついと視線をあげた。


「あらお兄様。遅かったですね」


 見るからに気が強そうな青い瞳が笑みを作り、ラスフィングを射抜く。先に来ていたヨルカも、主人の到着に笑顔を向けていた。


「遅くなった。仕事が忙しくて」

「そうですか。お兄様も紅茶で結構?」

「ああ、それでいい」


 向かいのイスを勧められたラスフィングはそこへ腰をおろす。それから間もなく、ラスフィングの前に紅茶が置かれた。


「お元気そうで何よりですわ」

「お互いにな。それで、どうなんだ? そっちでの生活は」


 紅茶を口に含みながら妹に問う。

 クィーナはラスフィングとシュラウスの、3歳下の妹であり、1年ほど前、隣国アロアスの王太子のもとへ嫁いでいた。


 ほかの国のみならず、エラルヴェンにとっても脅威であるアロアス。屈指の軍国であるその国に、龍の加護あるエラルヴェンの王女が嫁ぐことで抑止力としているのだ。


 牽制として輿(こし)入れした妹を、ラスフィング自身も心配していたので、近況を彼女の口から聞いておきたかった。


「確かに好戦国ではありますが、実情は普通に住みよい国です。余所(よそ)者のあたくしにも優しいですし、こうして新しい命を授かることも出来ました」


 そう言って、クィーナはお腹をゆっくり(さす)る。まだ目立ってはいないが、その腹には子が宿っていた。


「ちょっと待て。妊娠中なら紅茶は体によくないんじゃないか?」

「ご心配なさらず。ちゃんと妊婦でも飲めるものを用意してますわ。……あ、そういえばお兄様、ご婚約されたんですって? 今度はどのような方なの?」


 その淀みない言いぐさに、ラスフィングは苦笑いを浮かべた。


今度は(・・・)って……。まぁいいか。相手は龍神の1人娘だ」

「へぇ……! 龍神様の……! お名前はなんていうの?」


 クィーナは兄のコイバナにぱあっと顔を輝かせる。

 しかし、対するラスフィングの様子はどこかおかしかった。


 質問自体は当たり障りのないもの……のはずなのに、視線をそらし、下唇を噛み、何故か恥ずかしそうに押し黙ったのだ。

 そんな彼を不審がるクィーナ。


「お兄様?」

「え、あ、いや……」

「名前、分からないんですか?」

「そんなことはない」

「じゃあ、あたくしに教えてくださいな」


 ニコニコと聞き直すも、しかし、ラスフィングはまたも俯いた。

 唇を震わせて、開けたり閉じたりを繰り返している……言いたくないというより、言いづらい、言いにくいといった表情であった。

 やがて、クィーナは兄の顔を覗き込むと、眉間に皺を作った。


「まさか……まだ名前呼べてないとか言いませんよね?」



 瞬間、弾かれるように頭があがる。その頬は、真っ赤に染まっていた。

 そして、自分を誤魔化すように紅茶をごくごくと飲むラスフィングに、クィーナはため息をついた。


 ━━昔からそうだった。

 恋愛感情などない、令嬢や侍女の名前は平然と言えるのに。

 ラスフィングは昔から……好きになった人の名前を言えないのである。

 変なところで照れ屋でウブな彼を、クィーナはまっすぐ見据えた。


「子どもならまだしもいい大人が……。さすがに気持ち悪いのでは?」


 ズバリ言われ、とうとう口を閉ざしてしまったラスフィング。そんな彼の姿に、クィーナは手をパンッと叩き顔をくわっとさせた。


「こうなったら荒療治です! ヨルカ、その方をここに連れてきてくださいな」

「承知しましたー」


 二つ返事でくるりと踵を返すヨルカ。ラスフィングはその服の端を掴んで、口をパクパクと動かした。


「ヨ、ヨルカ……っ」

「諦めてください。王女様には逆らえませんし、オレもいい機会だとは思いますよー」


 小さくすがりつくラスフィングだが、ヨルカもどこか楽しそうに、小走りでアルミナを呼びに行った。





1章の会話文見てもらえると分かりますが、実は1回もアルミナの名前を呼んでいません

君とか婚約者とかあの子とか言ってます

アルミナが自分で名乗っています


作者の養分になりますので、ブクマ、評価、誤字報告などよろしくお願いします


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