11話【1章エピローグ】 義父と義息子
グガンナ城に帰還し、出迎えた臣下たちにアルミナや馬を任せたラスフィングは早々に大洞窟へと向かった。
王族だけが立ち入れる、守護神がおわす洞窟はいつもは冷たくも穏やかな空気なのに、この日は違った。
肌を刺すひりつく空気は、神気が怒気か。この先にいる主は、すでに姿を現しているようであった。
ラスフィングは洞窟の中を進む。その最奥で、白銀の巨神が睨みをきかせて待っていた。
その前で、ラスフィングは無言で膝を折る。
頭をさげた物言わぬ男に、バラトアは不機嫌そうにグルル……と唸ってから人語を発した。
「角を消費すると決断したのはあの子だ。けれども……だとしても、お前はあの子の顔を歪ませ、曇らせた。それについてはどう考える?」
憤怒が声音からもれだし、空気が一気に重くなる。
予想していたことだが、改めて突きつけられた現実に、ラスフィングは奥歯を強く噛みしめた。抜角がどのようなものなのか語られずとも、アルミナの、あの時の顔を見れば分かる。
途方もない苦痛だったのだろう……。疲れきり、丸まって眠り続けた理由が自分のせいだと知り、帰りの道中は情けなくて涙が出そうになった。
無言を貫いていたラスフィングだが、せめて責任を果たすべく、おもむろに口を開いた。
「弁解はしない。すべてオレのせいだ。だから━━」
言葉を切り、ラスフィングはさらに体勢を崩し両手をつくと、地面に擦りつけん勢いで頭をさげた。
「娘さんを僕にくださいッ!!」
「ずぇ~~~~~~ったいにいやですぅ~~~~~~~!!!!」
土下座をする彼に対し、バラトアは巨翼をバッサバッサと羽ばたかせた。
洞窟内に吹き荒れる暴風を、ラスフィングは地面にすがりつくようにしてどうにかやり過ごす。
ひとしきり暴れたバラトアが翼を止め、風がようやく収まった頃、ラスフィングは頭をあげた。
その顔は納得いかないというような、どこか躍起になっているような表情であった。
「あの子はオレのせいで角を失った! ならば責任を取るのは当然だと思うのだが!?」
「それはそうだけどそう繋げられるとムカつく!」
手をついて見上げてくる男に、バラトアは牙を剥いて咆哮をあげる。
「第一、何故そういう話になるんだ! 今は娘が苦しんだ咎の話をしているというのに!」
「こういう時じゃないとお話出来ないからですよお義父さん!」
「死にてぇなら今すぐ殺ってやんぞクソガキ!!」
食い殺さん勢いで迫るバラトアだったが、ラスフィングはそれに怯みもせず、顔をそらすことなく真っ向から対抗した。
バラトアとラスフィング。関係は一国の守護神と王子なのだが、アルミナが婚約者となった今は義理の父と息子でもあるのだ。
そして……バラトアは依然として2人の結婚に納得していなかった。
「大体なんだ! 100年も放っておいたくせに、急な思いつきで我が子を娶ろうなどと━━」
「言い出したのは突然だが考えたのは突然ではない! 断じて思いつきではない!」
アルミナを見初めたのは、冥王へ挑んだ18のとき。
1年をかけて試練を乗り越え、エラルヴェンに帰ったラスフィングだが、その後2年間、昏睡状態に陥ってしまった。
無事目覚めてからもリハビリなどがあり、結果彼女への求婚が遅れてしまったのだ。
そのあとも互いに引かず、しばらく睨み合いが続く。
やがて、バラトアが巨体を揺らし胸を張った。
「よいか。アルミナは自慢の娘である。それは貴様らのような小さい脳ミソでも理解出来るであろう?」
「存じております」
ラスフィングが即答したので、バラトアは少し気をよくして「うむ」と唸る。
「それに比べて、お前にはまだ課題がある。心臓を取り返す糸口すら見つけられん貴様にアルミナは」
任せられん━━と言おうとしたところを、ラスフィングが絶叫をもって遮った。
「我が身に与えられた針影に誓って必ずや王となり、あの子を幸せにしてみせます……!」
体にも力が入り、無意識に砂利を握りしめる。
その真剣な訴えに、バラトアは興が削がれたのか、ぷいとそっぽを向いた。
「ふんだ。せっかく苛めてやろうと思っていたのに……!」
今回の出来事に乗じて、たまった鬱憤をはらそうとしていたらしい。
神にあるまじき拗ねた様子に、ラスフィングは元気よく追い打ちをかけた。
「残念だったなお義父さん!」
「もうお前は帰れえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
今度こそキレたバラトアは再び翼を広げると、強く乱暴に羽ばたく。
急な暴風に対処が遅れたラスフィングは、なすすべなく浮かされもみくちゃになり……あっという間に洞窟入り口まで戻され地面に転がされてしまった。
これにて1章は終了、2章へ続きます
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