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10話 救われたもの、失ったもの



 土埃を蹴立(けた)てる、徐々に近づいてくる音の正体はラスフィングへと抱きついた。


「ラスフィング様……っ」

「おっ、と……」


 白い髪をなびかせ可憐な声と共に飛び込んできたアルミナを、ラスフィングは驚きながらも抱き止める。

 胸の中にすっぽりと収まる華奢な体。

 彼女を最後に見たのは粗悪な布の上で丸まり眠る姿だったので、走れるほどに回復した姿にラスフィングはほっと胸を撫で下ろした。



 やがて、1人の老婆がラスフィングに近づき、労いの言葉をかける。


「ご苦労だったね。……あれの調子もよさそうだ」


 ドレスの(すそ)をひるがえしながら、目と口元を優雅に曲げるマザーハウデン。

 その背後には、その他大勢の魔女たちの姿があった。

 遠視にて終戦を確認、地下から出てきたのだろう。

 老婆からの言葉に何か勘づいたラスフィングは、急に渋面を作りそっぽを向いた。


「……あまり抜かせるな」


 今回は、人間が相手ではなかったからよかった。

 針影は『対人』に振るってはいけない。これは冥王との制約の1つである。

 繁栄を許さず、不都合や不快を強制退去させてしまう特性のため、むやみに扱えばやがて(おご)り、溺れてしまう━━意に沿わぬ者を消し去るような、人心を無視した暴虐な治世になることを防ぐためというのが理由である。


 冥王の試練は、そのような過ちを犯さないかどうか━━王権の1つ(針影)を持つに相応しいかを試すものであり、本来ならば常用はおろか、顕現も迂闊(うかつ)に出来ぬ代物であった。


 それから、つんけんした態度を崩そうとしないラスフィングに、マザーハウデンはため息混じりに腕組みをした。


「……それで、わたしらに何か用事があったんじゃないのかい?」


 呆れたように言って、老婆はふいとアルミナを見遣る。

 途端、ラスフィングはあっ、と目を見開いた。


「あ、あぁ。そうだった」


 戦いのせいで忘れていたが、魔女国に来た目的は自身の延命と、婚約者となったアルミナを紹介するためだ。

 ラスフィングはアルミナの肩を優しく抱くと、マザーハウデンへ向かい合わせた。


「この間、婚約したばかりだが━━」


 新たな婚約者を魔女国の長へ紹介し、ようやく本来の目的を果たす。

 少しくらい驚きや緊張があるかもと思ったが、2人はえらくあっさり……互いに頷きあうだけで終わった。


「知ってるさ。龍神様のご息女……あぁ、ただ名前を聞いていなかったね」


 龍の角に手をかけておいて名前を知らないとは……何とも失礼な話だが、急患かつ急用があったのだから仕方ない。

 アルミナもそのことに気づいたのか、目を丸くしながらも丁寧なお辞儀をした。


「申し遅れました。わたくしはアルミナと申します」

「うんうんそうかい。わたしはこの魔女国の(マザー)、ルイディジア・ハウデン。皆はマザーハウデンと呼ぶ。そう呼んでくれればいい」


 名乗ったあと、2人は微笑みを交わす。

 その姿にラスフィングは違和感を覚えた。2人は顔を合わせるのは初のはずなのに、やたら慣れているように見えたのだ。

 どういうことだとヨルカの方をちらりと見たが、彼はばつが悪そうな表情で目をそらすだけであった。



 3人が不可解な空気にラスフィングは眉間に皺を寄せるが、今はひとまず置いておく。

 それよりも無視出来ない問題があった。


「さて……おいハウデン。この状態では休むのも一苦労だろ。しばらくウチに来るか?」


 目の前には、壊されボロボロになった魔女国がある。

 この状態では復興に時間がかかるだろう……ラスフィングは再び住めるような状態になるまで城に逗留しないかと提案する。しかし、マザーハウデンは緩やかに首を振った。


「いいや。わたしたちの住みかはここだけさ。どこかへ行くつもりはないし、そちらに世話になる気もない」


 長の決断に、ほかの魔女たちも沈黙して賛同した。気持ちは一緒のようであった。


「そっか。それじゃ、どうしようもなくなったら救援を呼ぶといい」

「そうさせてもらうよ」

「あ、すいませんマザーハウデン。あと1つお願いが━━」


 唐突に、ヨルカが2人の間に割って入ってきた。

 癒術士カミネからのおつかいを思い出した彼は、無菌護符と(みそぎ)の帯を頼む。

 すると、マザーハウデンは少し考えて頭を掻いた。


「あぁー……この有り様で少ししか渡せないが、それでもいいかい?」

「大丈夫だと思いますよー」

「分かった。セレス、とりあえずある分を渡してやってくれ」

「はーい」


 ヨルカはツインテールの少女から、白い符と白い包帯を受け取っていく。

 その最中、マザーハウデンはふとラスフィングの傍らへ寄った。


「カミネは……あの子は元気かい?」


 周囲に聞こえぬよう声量を落とした声に、ラスフィングは眉を動かし、やがて少し口元を緩めてため息をついた。


「よくやってるよ。……もう、意地張ってないで会いにいけばいいのに」

「バカ言え。姿を2度と見せない、王家に奉仕することを条件に処刑をやめたんだ。今さら覆せるか」


 老婆はぶっきらぼうに返した。


 魔女であるにも関わらず、問題を抱えたあの子。

 掟に従い、異端として処分するほかなかった彼女だったが、マザーハウデンは当時、処刑には渋っていた。


 その気持ちを汲み、エラルヴェンの癒術士として取り立てたのがラスフィングであり、マザーハウデンは今もこうして心配して様子を聞いてくる。

 ……素直じゃない老婆に、ラスフィングは再びため息をついた。



  ◇


 婚約者の紹介を終え、おつかいも済ませたラスフィング一行は、城へ戻るため森の中を進む。

 来たときと同じように、アルミナを背後から支える形で馬に揺られるラスフィングは、彼女の顔を覗き見た。


「なぁ、いつの間にあいつに会ったんだ?」


 話題はマザーハウデンとのことである。

 わずかなやり取りであったが、ただ顔を合わせただけではない……何か、2人の間で一騒動あったようなものを感じたのだ。


「ええ……ラスフィング様たちが戦っておられる間、(かくま)ってもらってたんです」


 ラスフィングの救命に、角を提供したことは意図的に伏せた。地下で守られていたのは事実なので、嘘はついていない。


「そっか。巻き込んでしまって悪かったな」


 不安だっただろうに……。そう思って、ラスフィングはアルミナの頭をおもむろに撫でた。


 右手で、右側に触れる……そして、思い知ることとなった。

 彼女の頭部にあるはずのものに、手が当たらない━━わずかな起伏もなく、手は白糸上をなめらかに滑っていく。

 嫌な予感に、胸が一瞬で冷えた。


「おい……どういうことだ?」


 何故、角がないのか……剣呑に問いただすラスフィングは、俯き黙りこくるアルミナが話しだすのをじっと待った。


「ごめんなさい、ラスフィング様。実は……」


 やがて、アルミナは観念したように口を開いた。

 あのとき残された唯一の手段。愛する人を死の危機から救うために必要だった、神秘の塊である龍の角。その片方を取り、魔力として捧げたのだと。


 告げられる事実に、ラスフィングはたまらず体を震わせた。


「オレのせい、だったのか」

「……っ、そんなことは……!」


 アルミナが愕然とした声に弾かれるように見上げると、悲しげな表情を浮かべるラスフィングと目が合う。

 そして、ラスフィングはアルミナを抱き込むように、腕に力を入れた。


「すまなかった。つらい思いをさせてしまって……」


 ようやく腑に落ちた。だからあれほど疲れきっていたのだ。マザーハウデンと抜角という壮絶なやり取りをしていたのなら、ああなるのは当然だ。

 自分が倒れたばかりに……彼女の献身が身にしみると同時に、自分が情けなく感じた。


 深く気落ちするラスフィングに、アルミナは「いいえ」と首を横に振った。


「わたくしが、そうしたかったんです」


 提案はマザーハウデンからであったが……。

 助けたかった。それだけでもアルミナにとっては十分な理由であった。


 彼女からの言葉に、気持ちが少し楽になったラスフィングは口元を少し緩め、ふ、と息を吐く。


「帰ったら……君の父上からお叱りを受けるとするか」


 さすがに龍神も承知であろうから、と逃れられぬ説教が頭に浮かんで、ラスフィングは苦笑いを浮かべる。

 アルミナも、それに答えるよう微笑みを返した。




 それからしばらくして、見慣れた白亜の城が見えてくる。

 延命するだけのはずが、大変な長い1日になってしまったと思いながら、ラスフィングたちは森を抜けていった。




1章は間もなく終わります

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