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1話 プロローグ

新連載です

長丁場ですが、よろしくお願いします



 突然の背中からの衝撃に、ラスフィングはこみ上げてくるものを(たま)らず吐き出した。


 否応なしに溢れ出る、間欠泉のような吐血。服を濡らし、磨かれた廊下に飛び散る。

 訳の分からない強烈なめまいと、焼けつくような胸の痛み━━ままならない呼吸と、体中に反響する激痛に苛まれながら、ラスフィングはその光景に瞠目した。


 自身の胸から飛び出ている、血濡れの太い腕。そして、その手に握られている、ドクドクと細動し、ぬらぬらと血で照る塊。

 その正体は━━答えに至る間もなく、凶行の犯人は冷酷に告げた。



「これで終わりだ。兄貴」


 その声に、ラスフィングは唇を震わせた。

 背後に肉薄する男━━それは、同じ顔、同じ体格を持って生まれた双子の弟であった。


「シュラ━━」


 息を詰まらせながらも必死に名前を呼ぼうとした瞬間、体を貫く腕が強引に引き抜かれた。


「ガッ……!」


 その無造作さに、ラスフィングの体は痙攣する。口からさらに血が(あふ)れ、胸には文字通り穴が開き、穿(うが)たれたとき以上の血が容赦なくあたりを濡らす。


 度重なる激痛と大量出血に、ラスフィングは耐えきれず倒れこむ。静かな廊下にどさりという音が響き、彼の体は血の海に沈んだ。


 そこへまもなく、物音に気づいた複数の兵士が駆けつけた。


「誰だ! ……王子!?」

「チッ!」


 姿を見られた男は舌打ちをして逃走する。

 目撃した兵士たちは慌てて駆け寄り、倒れたラスフィングの傍らに膝をついた。


「王子! ラスフィング王子!」

「だ……誰か! 魔女国へ! 急ぎハウデンを連れてこい!」

「出血を抑えるのが先だ! 癒術士を!」

「お前たちはシュラウス王子を追え! あっちに行ったぞ!」


 悲鳴と動揺は瞬く間に広がり、多くの人がラスフィングを取り囲む。突然発生した惨状に混乱しながらも、皆凶事に倒れた彼を救わんと忙しなく動き回る。


 その真中に倒れ伏すラスフィングは、飛び交う怒号の声をどこか遠くに聞きながら、かろうじて残っていた意識を闇へと手放した。



  ◇



 悪夢のような出来事。弟が心臓と共に姿を消してから半年後。


 王国エラルヴェン。王都グランドールにある、王族の居住地グガンナ城。

 その廊下を早足で歩くラスフィングの後ろを、1人の老臣がしつこくついて回っていた。


「いやはや、王子もなかなか(すみ)に置けぬお人でありましたなぁ」


 ダーレスは目元の皺をさらに深くし、白い髭を生やした口を緩めながら言う。その内容は、つい先程決まったラスフィングの婚約者の事であった。


「何でも驚きの美貌だとか。精悍なお顔立ちである王子とお2人で並ばれたときには、それはそれは……。民たちも喜ぶでしょうなぁ」


 次代の国王とされる第1王子のお相手ということに興味が尽きないのか、ダーレスは果敢に声をかけ続ける。しかし、ラスフィングの速度は緩まず、無視、無言の時間が続いていった。


 というのも、これはラスフィングが求めようやく成し遂げた縁談。

 これからその婚約者へ会いに行くところであり、ラスフィングはそれまでに(ダーレス)()いておきたいのである。



 普段であれば、この有能な臣は空気を察しそっと離れていくのだが……。

 今回、この下世話な老人は諦めが悪かった。


 若者に負けじと早足で食い下がっていたダーレスだが、しばらくしてわざとらしい咳払いをラスフィングの背へ放った。


「龍神の子を娶ろうとは……非常に、ご賢明な判断だと思います」

「……何?」


 急に声音を落とす臣下の(とげ)のある言葉を流せなかったラスフィングはとうとう立ち止まる。

 振り返ると、そこには彼の現役時代━━王国の存亡をかけた大戦を最前線で戦い抜いた戦士の顔があった。


 かつての英雄の眼光に対し、ラスフィングも目を細め険しい表情を向ける。


「守護神の娘と婚姻を結ぶのは昔からの慣習だ。……おかしい事はないはずだ」

「確かに、そのような決め事もありました。しかし、最後に神の子を迎えたのは100年以上も前のこと。わざわざ古い習わしを持ち出すとは、らしくないことをしますね」


 古くからの臣の言葉に、ラスフィングは喉を詰まらせた。


 確かに、昔は国家の安定のため、王族は神との婚姻が定められていた。しかし、今やそれは廃れ、結婚には自国の令嬢や周辺国から姫君を迎え入れている。


 そして今回、ラスフィングは婚約者に諸国の姫ではなく龍神の娘を選んだ。それは歴史に則った、当然のことだと理由づけて。

 対して、ダーレスははるか昔になくなった慣習をわざわざ持ち出してくるという不可解なことに、何か裏があると考えていた。


 ダーレスは顎に手を当て、白い髭を擦った。


「なるほど。半神半人の心臓なら、もとの(・・・)心臓より丈夫のはず。いざとなれば、その娘から心臓を譲り受ける(・・・・・)━━非常に上手いやり方だと思っておりますよ」

「……っ、それは違う!」


 ラスフィングは声を荒らげ否定した。


「ふざけたことを言うな。あの子は、何かの代わりではない」


 確かに心臓の奪還は急務だ。しかし、探し出せないから別の者から奪い取るなど……そのようなこと、一度も考えたことがない。そのために、彼女を選んだわけではないのだ。


「オレはあいつを見つけだして心臓を取り戻す。そして、かの龍神に認められ、必ず王になる」


 1週間前、龍神に拒絶された苦い記憶がよみがえる。

 険しい顔をするラスフィングに、ダーレスは視線を外しため息をついた。


「そうでなければ困ります。その言葉、どうぞお忘れなきように」


 ダーレスは深く丁寧なお辞儀をしてから踵を返し、立ち去っていく。やがて足音が完全に消え、ラスフィングはようやく1人になることが出来た。




  ◇



 ラスフィングはそのあと、城の1階にある来賓室へと向かった。

 部屋の前にいる衛兵に声をかけてから、数回ノックしドアを開ける。中には、1人の若い娘がいて、窓から外を眺めていた。


 来客の音に振り返った娘はラスフィングを見るやいなや、膝をつき頭を下げた。白く長い髪が肩からさらりと落ち、床につきそうになっている。

 女性の髪をこんな形で汚すのは忍びなく、ラスフィングは穏やかに声をかけた。


「そう(かしこ)まらなくてもいい。立って、顔を見せてくれ」


 娘は驚いたように肩をビクリと震わせたが、従順にゆっくり立ち上がった。


 婚約に向けての装いなのか、白衣に緋袴というシンプルな巫女装束だが、袖の部分が肩口から切り離されており二の腕が(あらわ)になっている。

 丁寧に編み込まれた長い髪は美しく流れ、長い睫毛(まつげ)(ふち)取られた金の目は神々しさを感じさせる。まさしく龍の色彩であった。


 ラスフィングは、そんな美貌を持つ彼女へ歩み寄る。


「オレはラスフィングという。君が、龍神のご息女だね?」

「存じております、ラスフィング様。わたくしはアルミナと申します」


 見た目と同じ美しい声色でアルミナと名乗った娘は、丁寧にお辞儀をした。そのあとも体を強ばらせ続ける彼女に、ラスフィングはつい笑みをこぼした。


「緊張しているのか?」

「いえ、あの……。恥ずかしながら、わたくしはあまり人界に来たことがなく……何か粗相をしなければよいのですが……」


 声が徐々に小さくなっていき、視線は自信なさげに彷徨う。そんな控えめな彼女に、ラスフィングは(かぶり)を振った。


「大丈夫、君の振る舞いは実に品のあるものだ。自信を持っていい。……オレと君はこれから婚約をする。順当にいけば、結婚して夫婦となる。だからこそ━━」


 ラスフィングはアルミナの手を取ると、自分の左胸へ押し当てた。


「……っ」


 突然のことに驚いたアルミナは、出かかった悲鳴をかろうじて飲み込む。身動(みじろ)ぎをする彼女を無視して、ラスフィングは言葉に力を込めた。


「オレは、君に隠しごとはしないつもりだ。……オレには心臓がない。半年前、弟に襲撃されて以来、自分の鼓動を知らない」


 しばらくそのまま、手を当てさせる。やがて、アルミナは「あ……」と声をもらした。

 手に触れる体温と訴える眼光は熱いのに、胸はひどく凪いでいる。生物としての動き、そこにあるはずの脈動がなかった。


「だけど、オレは死んでいない。多くの人に危機を救われ、ちゃんと人間として生きている」


 そう言って、ラスフィングはゆっくり彼女の手を離す。彼の告白を聞いたアルミナは神妙にこくりと頷いた。


「父から聞いています。それゆえ、あなた様を王太子と認めていないことも……」


 ふと、美しい金眼に陰が差す。アルミナは少し間をあけてから二の句を継いだ。


「わたくしの役目は、あなた様に心臓をお渡しする……ことです、よね?」



「……は?」


 彼女からの問いに、ラスフィングは瞠目した。まさか、彼女から献身の確認をされるとは思いもしなかったのだ。

 胸元をきゅっと押さえた、臓器の献上をすでに受け入れてしまっているかのような様子に、ラスフィングは小さく息を吐く。


「君も、バカなことを言ってくれるのだな……」


 少し悲しそうな笑みを浮かべる彼を見たアルミナは、ぱちくりとまばたきをした。


「違うの、ですか?」

「違うに決まってるだろ。自分の尻拭いを君に押しつける気はない。誓って、君を犠牲にしない」


 ため息混じりの(あき)れ口調に、アルミナは慌てて「申し訳ございません」と頭を下げた。


「わたくしはてっきり……そういう事かと。では、何のために?」


 首を傾げるアルミナに、ラスフィングは照れたようにはにかみながら答えた。



「まぁ……それはまたいずれ」





 ━━それから数時間後。

 王をはじめとした多くの証人に見守られ、2人は無事に婚約を果たした。




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