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金と銀

 はあ、とセオドーシアはため息をつく。

 挨拶だけでローランドは帰っていった。明朝、荷物をまとめて宰相家から移って来るという。そんな話をしながらも、時々俯いては肩を小刻みに震わせていた。思い出し笑いをしているらしい。

 噂では何を考えているのかわからない、冷たい印象の美形とのことで、確かに笑いと笑いの間に見せる表情は冴え冴えとしていた。だが、セオドーシアに目を留めると、くっくっと笑顔になるのだった。

 宰相の眉間のシワが怖かった。隣国バイロンの有名な渓谷みたいに深い。薄い本ならはさめたかもしれない。

 ローランドが帰っていったあとで、女官長のキャロにこってりと絞られたのは言うまでもない。

 いつまで他人を怖がって逃げるのかと。その上、庭木に髪を取られて身動きできないなど、王女として大失態、子どもじみた反抗をしているからそうなるのです、いい加減大人になりなさいと。

 今は、自室に戻り、自主的反省会の真っ最中だった。ベッドに腰掛け、うさぎのぬいぐるみを膝に乗せた。クマのぬいぐるみは自分の横にはべらす。

 今日は一日、嵐のようだった。

 いいえ!

 セオドーシアはぐっと小さく拳を作る。

 嵐なら黒い雲を呼んで来ることを知らせてくれる。心構えをすることができる。

 あれは。

 災難、だわ。

 太陽を背にして木立の間から突然現れた彼。

 大きな黒い影に驚いて、黒いローブをはおった魔法使いみたいって思ってしまった。

 ふふ、ホンモノだったけどね。

 思わず、虚ろな目になってしまう。

 黒い髪に金と銀のオッドアイ。薄い唇に高い鼻梁。整い過ぎた容姿はセオドーシアの胸を鋭利なナイフとなってチクリと刺す。シリウス兄さまを素敵だと思っていたけれど、宗旨替えしても許されるかしら。

 お母様似なのね、たぶん、と呟いた。

 だって、あのお調子者の宰相とは全然似てないもの。

 でも宰相のほうがよかったかも。絶対笑ったりなんかしないから。なんて失礼なヤツ。

 あ、お母様、ごめんなさい。悪い言葉を使ってしまったわ。

 本当に初対面の印象って大事よね。

 セオドーシアはごろんとベッドに転がった。うさぎやクマのぬいぐるみを抱きしめて。

 ごろごろごろ。

 何であそこで会っちゃうの?

 よりにもよって、あんな、あんな。

 ぽすっと枕に顔を落とす。

 あんな無様な姿を見られるなんて。

 なお悪いことに、その姿が彼の笑いのツボを刺激してしまったらしい。

 怜悧ともいえるあの表情をくしゃくしゃにして。笑いの沸点が低いわ。

 それともあれが侍女のマリーの言う、巷で話題の『落差萌え』?

 確かにあの笑顔は破壊力があったわ。ルシウス兄さまもびっくりしていたもの。ローランドが笑ってる、終わりだって。

 いつもはどんだけ不機嫌な顔をしているのかしら。

 でも。

 素敵だった。あの黒髪と金と銀のオッドアイ。頬に影を作っていた長い睫毛。小枝がつけたアゴの小さな傷さえ絵になっていた。

 きゃー! 恥ずかしい、恥ずかしい。

「姫さま、まだ起きておられたのですか?」

 枕を抱えて身もだえしていたら、マリーにしっかり見られてしまった。マリーはセオドーシアが生まれる前から王宮に仕えている侍女で、頼りになる気さくなおばさん的な立ち位置であるため、二人きりの時はあえて対等な言葉使いを許している。

「今日来たのがロウ家の次男ですか」

「え? ええ、そうよ。ローランドよ」

「教育係なんて……。姫さまには合わないと思いますけど。良い噂は聞きませんからねえ。下町へ降りては遊び暮らしているとか。そのせいで王立学院に入れなかったらしいですわよ。騎士団の入団試験は当日に腹痛で欠席なんて、ヘタレですよね。でも、あのとおり顔はいいから商家のマダムたちの間では大そうな人気だとか」

「人気? どういうこと?」

「そ、それは大人の話です。ま、お母様似の美形には違いありません。ご存知でしたか? 宰相と、夫人のエメライン様の恋物語」

「そこ、くわしく聞きたいわ、マリー」

「ロウ宰相は見てのとおりの平凡男。かたやエメライン様は夜会に行けばダンスカードがすぐにいっぱいなるし、求婚者の列が王都をふた周りするほどの美女。人呼んで王都の白薔薇」

「まあ」

「とにかく、宰相は雨の日も雪の日も晴れの日も雷の日もエメライン様のお屋敷に日参したのですって! 忙しい執務の間を縫って。あまりの熱心さに陛下がついに動かれて」

「まああ!」

「実際には、恋の熱にうかされて使い物にならなくなった宰相に陛下がげんなりされて、エメライン様の父君に何とかしてくれと泣きついた、というのが真相らしいですわよ。宰相は公爵家、エメライン様のご実家は男爵家でしたから地位と身分にモノをいわせればご結婚なんて簡単でしたのに」

「モノをいわせなかったわけね?」

「ええ、ええ、そうですとも。家など関係ない、こんな平凡な自分に差し出せるものは愛情と誠意だけだとくどいたそうですわ。愛情を返してくれとは言わない、誠意だけでいいからと」

「エメライン様はとても愛されていたのね」

 私もそんな恋がしてみたい。

 ローランドが相手なら……

 あの金と銀の瞳が近くに寄ってきて、あの酷薄な唇が愛の言葉を紡ぐ。

 あ、心臓に悪い。想像だけで軽く死ねそう。

「ん? きゃっ」

 窓の外に浮かぶのは、金と銀の双子の月。

 金と銀のオッドアイ。

「マリー、すぐ! カーテンを閉めてちょうだい」

 空気を読んだのか、読めないのかわからないマリーが言う。

「あらあ、今日も綺麗な月ですわね。ローランド様の瞳のようですこと」


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