デュフレーン、再び
「ミーナさん、帰ったよ」
娼館の表から入ってきたのはローランドだ。
「ランディス! 久し振りじゃないか。お帰り!」
カウンターに肘をついて煙草を吸っていたミーナの目の前に、ゴトリと皮袋を置く。
「ランディス……、お金はもういいって言ったのに」
「じゃあガルフェンの老後の資金とでも思ってよ」
ミーナは、少し寂しそうに皮袋を見る。
「今回はどこまで行ってたんだい? 長かったね」
「うーん……何とかって、北の国の鉱山だよ。炭鉱のおっさんたちはタフだったなあ。着いて話を聞けば、俺の雇い主の方がワルでさ。結局おっさんたちを助ける羽目になって、報酬はなし」
「え? じゃあ、このお金は?」
「炭鉱で働かせてもらったんだ。盗んだんじゃないよ、ミーナさん」
そう言って、ローランドは片目をつぶって見せた。
「さすがに疲れたなあ。俺もトシかな。階上へ行って寝るよ」
その背中へ、ミーナは素朴な疑問を投げかける。
「……、あんたいくつになったっけ?」
「あと少しで二十。ミーナさんは……」
「もうっ! 数えるんじゃないよ!」
ミーナは煙草の入っている袋を投げつけた。
疲れているのは本当だろう。少し痩せ、また背が伸びたように思える。灰色の髪は背中へと垂れて、願掛けでもしているのか、切らせてはもらえない。
ミーナは今でも鮮やかに思い出すことができる。
ランディスが各国を放浪し始めた日のことを。
それまでは、ヴェルテの国の中で気ままに仕事をしていたが、あの日、デュフレーンの国王が崩御したと聞いたあの日。国王の崩御から二ヵ月もたってやっと訃報が届いたあの日から、ランディスは北の方へ、北の方へと、足を延ばし始めたのだった。
ガルフェン曰く。
デュフレーンから逃げているみたいに。
ランディスの逆さ向きの鱗はきっとデュフレーンに置いてきたんだ、だから怖くて近寄れないのさ。
ガルフェンは、そう言った。
なぜ、取りに行かないの、とミーナは尋ねた。
逆さ向きの鱗は、持つヤツを強くも弱くもするんだ。取りに行くには、それ相応の覚悟がいるってことなんだよ。
あの日から、ランディスは遊びで寝ることをやめ、その代わりに、前にも増して危ない仕事を選んで引き受けるようになった。
デュフレーンに償いをしているとしか思えねえ。でもデュフレーンのことは考えないようにしてる。可哀そうでならねえ。
だから。
あいつがもう一度、デュフレーンに帰りたいと言ったら、その時は俺もついて行く。
年寄りは邪魔になるんじゃないの? とミーナが問うと、ガルフェンは、親として子どもの幸せを見届ける義務があるだろ、と言ったのだった。
それから数日後のこと。一隻の漁船が驚くような知らせとともに入港した。
「デュフレーンの第二王子がレディングの第六皇女と結婚だって? そんなの、養子と言いながら、体のいい人質じゃねえか!」
デュフレーンは遂に、なりふり構わず国を守ることにしたようだ、とガルフェンは言う。
既に、南のハドレーとは姻戚関係にあるので、レディングと繋がりを持ったとなると、残るのはバイロンだけだ、と。
「第一王女は宰相と結婚しているからな。そう言えば、王女がいただろう、もう一人。確か、バイロンにも同じ年頃の王子がいたはずだ。な、ランディス。ランディス?」
ローランドは金の髪に碧の瞳のルシウスを思い出していた。
シアとも一番仲が良かった、第二王子。
癒し系の美少年。
デュフレーンを守るのだな、ルシウス殿下。
「おい、ランディス。デュフレーンの第二王女って、何て言ったかな」
「は?」
「呆けてるんじゃないよ。第二王女の名前だよ! 名前」
ローランド、ねえローランド
ざあっと、ローランドの胸の中を、セオドーシアの声が吹き抜けていった。
思い出すな、思い出すな
「知らない……」
「そうか?」
ローランド、ねえローランド
思い出すな、思い出すな
銀の髪に碧の瞳
綺麗なオッドアイね、ローランド
思い出すな、思い出すな
ガンガラン
ボンボニエール
頭の上のリボン
閉じ込めても、閉じ込めても、思いは、堰を切ったようにあふれ出す。
「知らない……」
「ん? わかったって、ランディス」
愛してるわ、ローランド
わたしの、魔法使い
あなた、誰?
シア!
デュフレーンへ帰りたい。




