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いつか、デュフレーンで  後編

残酷な表現があります。

また、女性が襲われるシーンがありますので、

苦手な方はご注意ください。

「姫さま、姫さま」

 遠くで自分を呼ぶ声がする。

 セオドーシアは隠し扉のそばで立ち尽くしていた。

 泥棒

 そう言って、落ちて来た唇。

 思わず、唇に指で触れてしまう。

 泥棒……

「姫さま、どうされました?」

「灰色の」

 しなやかな獣みたいな人だった。

「獣……」

「えっ、オオカミがでたのですか?」

「そうね……、いえ、違うわ」

 灰色の狼のような、しなやかさと敏捷さ。

 誰だったのかしら。

 消えた暗闇を見る。

 マリーが傍へ来て囁いた。

「離宮の様子は、姫さま……」

 その言葉でセオドーシアは現実に戻る。

「お部屋へいきましょう、マリー」

 マリーと部屋へ急ぎながら、セオドーシアの胸はつぶれそうだ。

 後にも先にもない酷い噴火に、続いて起こったあの地震。

 デュフレーン王家は全力で国を守った。

 国民を守ることに王家の人々は命を懸けた。

 そのせいで。

 王弟殿下、王妹殿下は、大聖堂の王家の墓地で永遠の眠りについていらっしゃる。そして陛下もずっと昏睡状態だ。

 王妃とセオドーシアが交代で看病を続けているが、事態は思わしくない。

 シリウスたちも魔力を使い切ってしまったらしい。若いから何とか生きている、そんな状態なのである。

 王家の守りを失い、デュフレーンはもはや丸裸の国なのであった。

「ロウ宰相がシリウス兄さまの立太子を急ぐと。立会人としてハドレーのラクレル国王がいらっしゃるとか。今はロウ宰相が箝口令を敷いてデュフレーンを守っていますが、もうお父さまのことがあちこちで噂になっていて……」

「姫さま……」

「ロウ宰相も辛いでしょうね。お父さまと幼馴染だそうよ。お父さまが王太子の時はランド、ゼーと呼び合う仲だったとか。ねえ、マリー、お父さまがお亡くなりになったら、どうしたらいいの? 魔力があってもなくても、私にできることは何もない、辛いわ……」

 マリーは目の前で項垂れるセオドーシアを見つめていた。

「さ、姫さま。お茶でもいただきませんか? ノートン伯からまた援助の品が届いたんですよ。姫さまがそんな顔をしていると陛下が目をお覚ましになった時にがっかりされます。さ、元気を出しましょう。少しお痩せになられたし、体力をつけておかなければ」

「そうね、マリーの言う通りね。ラドクリフ宰相補佐もリタ姉さまに付きっ切りよ。合間に王都や農村部へ足を運ばれているそうなの。みんな頑張っているわ。泣き言を言ってはダメね。ありがとう、マリー」



 王宮を脱け出したローランドの姿は、デュフレーンの東にある港へ続く街道そばの脇道にあった。粗末なマントを羽織っている。マントは民家の軒先に干してあったものを失敬したのだ。

 街道へ出ようとして立ち止まった。

 検問だ。

 おかしい、とローランドは思った。

 野盗や自分のようなチョロイ詐欺師を捕まえるためのものにしては、やけに仰々しい。 

 いもしないネズミを怖がっている、そんな風に思えた。

 何を恐れているんだ?

 だが、困ったな。

 突然、ぐい、と肩を掴まれた。

「しっ」

 低い声は、あの野盗の頭、ガルフェンだ。

「また会ったな、こっちだ」

 ガルフェンの後をついて行く。

 藪の中にはアーニーを始めとする一家が揃っていた。焚火を囲んで食事中だ。野兎でも入れているのか、脇に置いた麻袋が動いている。食料にするのだろうとローランドは思った。

「あ、牢にいた嫌味なヤツだ」

「お母さん役は誰だか、決まったかい」

「あれからずっと考えてる」

「ふ、お前いいやつだな」

 ガルフェンが合図をすると、ローランドの前にカップが差し出された。熱いスープが入っている。

「有難い」

 それから、干し肉が飛んできた。

「食え」

「すまない」

 スープを飲み、干し肉を齧る。

 体が温まり、人心地ついたところで、ガルフェンが口を開いた。

「警備が物々し過ぎる。あの噂は本当なのかもしれん」

「噂?」

「国王があぶねえって噂だ。王子様達も魔力を使い切ってしまったらしい。だから人の出入りに神経質になってんだ」

「まさか……」

「そりゃ噴火と地震から国民を守ったんだぜ。ダメージを受けない方がおかしいだろ。デュフレーンはもうダメだな。王家の守りがなくなっちゃお終いだ。そのうち戦争を吹っ掛けられて乗っ取られる。沈みいく泥船に乗ってる馬鹿はいねえ。さっさと逃げ出すだけよ」

 国王ゼフィール。

 銀の髪に碧の瞳。父の親友。シアの父親。

 今は、瀕死の床にいる。

 これが俺への本当の罰か、精霊王。

 俺を生かしておいたのは、これを見せるためか。なぜ俺の命を奪わなかった。

 なぜ。答えはわかっていた。

 命を無くした方が楽だからだ。

 もうデュフレーンにはいられない。でも、俺には死ぬことすら許されない。どこかで野たれ死にするまで、この責めを背負い続けなければならないのだ。

「俺たちはヴェルテへ帰る。お前はどうする? そう言えば名前を聞いてなかったな」

「名前か。名前はランディスだ。ヴェルテへ行きたいが、だが、どうするつもりだ。街道は」

「ランディスか。蛇の道は蛇と言ってな。野盗には野盗の知る道があるのよ。剣は使えるか」

「少しは」

「俺のを持ってけ」

 ガルフェンは紐をほどくと、背中から剣を降ろし、ローランドに投げて寄越した。

「重量級だな」

 ガルフェンは弓と矢筒を背負うと言った。

「こいつはグレイブ、そっちはデップ、アーニーは知ってるな。火を消せ。行くぞ」


 暗闇の中、茨をかき分け、笹を踏みしだき、獣道を行く。

 方向と時間の感覚がなくなる頃、先頭のガルフェンが立ち止まった。

「誰か来る」

「……距離は百メルくらいか?」

 デップが呟く。

「そんなとこだな」

 言うや、空気の切る音がローランドの耳の傍で鳴った。ちり、と頬が痛い。それから血の匂いが微かにしてきた。

 ローランドのすぐそばの木に刺さった矢をガルフェンが抜いた。矢羽根を撫でて言う。

「これは大層なお出迎えだぞ」

「大層?」

「ヴェルテの翼竜騎士団が使う矢だ。矢羽根を膠で固めてある。こうすると飛距離も出るし、ブレないから狙いをつけやすい」

 それから矢を自分の矢筒に入れた。

「それに高いんだよ、この矢は」

 お前はいったい何者なんだ、とローランドはガルフェンの背中を睨んだ。

 グレイブが例の麻袋からやはり暴れまわる野兎を取り出すと、何も言わずにナイフで腹を切った。

 そして、手を離すと、兎は血を流しながら、狂ったように森の中へと走って行く。

「俺たちはこっちだ」

 兎の走り去ったのとは逆の方の茂みへ一家は飛び込む。ローランドも慌てて後を追って茂みへと飛び込んだ。

 刹那、今までいた所へタタタンッと幾本もの矢が刺さった。

 続いて二人分の足音。

「手応えは、あった」

「血だ。追え! 遠くには行ってないぞ!」

 ヴェルテ語だ!

 ヴェルテ兵の姿が見えなくなって、ガルフェンはゆっくりと立ち上がった。

「斥候か、はぐれ兵か。もうここまで来てやがる。デュフレーンは終わりだな。ま、当分はハドレーが睨みを利かすだろうから大丈夫だろうが」

 だが、その先は?

「先を急ごう。夜が明ける。船に乗り遅れるとまずい」

「ガルフェン、俺はあいつらを追う。さっきのやつら、ほっとけない」

 言うなり、ローランドはヴェルテ兵を追って走り出した。

「ばっ、馬鹿! あんな小者、ぶっ殺したところで焼石に水だ! 俺は知らねえからな! 行くぞ!」

 三人は動かない。

「何やってんだ! お前ら!」

 デップが目を細めてローランドの走り去った後をながめながら言った。

「ランディスという名前が気になる。それに灰色の髪に灰色の瞳。どことなくアンドリュー殿下に似ている。あいつの正体を暴いてからヴェルテへ帰ってもいいんじゃないか? 団長」

「それに同じ釜の飯を食ったから、あいつはもうガルフェン一家だよね」

「そうだな……アーニー」



 ローランドは走った。

 息が上がる。何て重さの剣だ、これは。

 シア、シア、ヴェルテ兵がデュフレーンに入り込んでる。

 デュフレーンは、デュフレーンは……

 突然、開けた場所に出た。

 つぶれかけた農家の庭先だ。ぽつぽつと灯がともっており、住人が朝の支度に起き出したようだ。

 鋭い女の悲鳴があがる。

 傾いた納屋から人のもみ合う声。

 近づいて、中を覗くと一人の少女がヴェルテ兵に組み敷かれているのが見えた。

 野菜を入れていたカゴがそばに転がっている。スカートがまくれ上がり、白い太ももが闇に跳ねた。

 ふいに暗闇が途切れた。双子の月が現れたのだ。月光に光る銀の髪。

 シア!

 激しい怒りに突き動かされて叫んだ時は、ヴェルテ兵の後ろに立ち、剣を振り上げていた。男が緩慢な動作で振り返った瞬間、一気に薙ぎ払う。ゆっくりと首が落ち、遅れて、胴体が倒れた。

 辺りは血の海だ。

 少女はその中で気を失って倒れている。

 スカートを直し、足を隠した。

 シアじゃない。銀の髪でもない。

 ほっとした時、背後の大きな影に気付いた。

 こズルそうな笑みを浮かべて剣を振り上げている。

 だが、男の剣は、ローランドに向かって落ちてくることはなかった。

 男は首を真横から射抜かれ、事切れていたのだから。

「ふ、これで仲間同士の争いと思うだろう」

 ヴェルテ兵からせしめたあの矢を使ったのだとわかった。

 ローランドに向かってガルフェンが笑う。

 その屈託のない笑顔を見た途端、ローランドは今更のように体が震え出したことに気が付いた。

「ガル、フェン……」

 剣が音を立ててローランドの手から落ちた。

「人を、殺して、しまった……」

 ぐら、と体が傾くのがわかった。

 そのまま、ローランドは倒れた。

「おい! ランディス! 死体を見て卒倒するなんて、お嬢さんかよ!」

「グレイブ、こいつを頼む。船まで走るぞ」

「デップ! 俺も剣を持つほうがいい! おい、デップー!」



 その頃、離宮では。

 天蓋を降ろしたベッドの脇でエリスに支えられて立つシリウスの前に、ロウ宰相が額づいていた。

「……、デュフレーン新国王、シリウス陛下。精霊王のご加護がともにあらんことを」

 ロウ宰相の声が夜が明ける前の闇に吸い込まれていく。

 次に、シリウスの横で呆然としたリタを支えるラドクリフの前に跪く。

「新宰相、ラドクリフ・ジョセフ・マキャベリ・ロウ、第八十七代公爵閣下、精霊王のご加護がともにあらんことを」



 デュフレーン国王ゼフィール、崩御。



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