【小話 王都の白薔薇物語 第三話】
陛下が王太子で、ロウ宰相がまだ宰相補佐だった頃のお話。
*薔薇に嵐のたとえもあるさ
翌日。
立派な公爵家の馬車がエメラインを迎えにきた。
この馬車、我が家の居間より広いかも。
公爵さまは何とも思わなかったのかしら。我が家を見て。
今日着ているのは社交界デビューの時のドレスで、五年も前のものだ。
いざという時のために一着だけ手元に残しておいたのが役に立った。
気にしないわ、とエメラインは鏡の中の自分に言った。
中身は二十二年も前だもの。
宝飾品は一切身に着けていない。あまり寂しいので、庭の傾きかけた温室に咲いていた白い野薔薇を、結い上げた髪に散らした。
ドレスも一人で着られたし、髪だってちゃんと結えた。
貧乏人を舐めないで欲しいわ。
さあ、出陣よ、エメライン。
どんだけ広いの? 門をくぐってから馬車はかなり走る。
同じ所をぐるぐる回っているだけじゃ……
ないわね。そんなことをする理由もない。
地の果てへ連れて行かれるのではと心配し始めた頃、屋敷に着いた。
小国の王宮のようである。
屋敷の前には百人を軽く超えていそうな人数が控えていた。
まさか、全部、使用人? エキストラ、ではないわね。
そんなことをする理由もない。
「よくいらして下さった。テラスでお茶にしましょうか」
宰相補佐が迎えに出てくる。やはり自分の屋敷だからか、落ち着いていてエスコートも堂に入ったものである。
続いて、執事、家政婦長を紹介されたが、なぜか彼らの顔がひきつっている。
びっくりしているのだわ。こんな貧乏くさい娘が現れたから。財産狙いとか思われてるのよね、きっと。さっさとお茶を飲んで帰りたいわ。それにしても一番の強敵である、ご両親はどこかしら。早く現れて欲しいわ。それとも会う価値もないと思われてるのかしらね。
それはそれで良いことよ。
車寄せがにわかに騒がしくなった。どうやら馬車が着いたらしい。
ご両親かしら?
やっとお出ましね。まだお茶も飲んでないけど、仕方がないわ。お目通りだけして、さっさと帰る用意を……
「兄さま!」
サミュエルさまっ! と従者が止めるのを振り切ってこちらへ走って来る少年が見える。
え? 子どもがいたの? 弟?
エメラインは呆然となる。
少年はエメラインの前に仁王立ちになる。
「お前、誰!」
「サミュエル! ご挨拶をしなさい。全く。また学院を抜け出してきたのか? 仕方のないやつだな」
宰相補佐は苦笑しながら、それでも少年を咎めることはしない。
少年が兄の腰へしがみつきながら訴える。
「マーサが一番いい茶器を用意してた! 兄さまは僕に内緒でこんなやつを連れ込んで! ひどいよ、兄さま!」
傍若無人ぶりに、ひっぱたいてやりそうになったが、エメラインはぐっと我慢する。
兄にしがみついたまま、少年は叫んだ。
「お前なんか、僕のお世話係なんだからな! 兄さまがお前なんか好きになるもんか!」
ざあーっと冷たい風が吹き抜けた。
その場にいた公爵家みんなの動きが止まる。
一斉に自分に向けられる、気まずそうな視線、視線、視線……。
あ、そうなんだ、とエメラインは瞬時に納得した。
この少年の言うことは正しいのだと思った。
公爵さまは初めから、妻という名の、弟のお世話係を探していたんだわ。
だから、私に求婚したのよ。
そうよね。深窓のご令嬢にこの悪魔の相手は無理だわ。
そうだったんだ……ばかみたい……
背筋を伸ばして、すうーっと、エメラインは息を吸い込んだ。
そして目線を少年に合わせると、思い切り吐き出した。
「黙れ! クソガキ! お前の世話なんか頼まれてもするか!」
一時停止したままの公爵家の人々の間をエメラインは歩く。
やっちゃった。
ほら公爵さまも呆れてる。
でも後悔はしていないわ。
エメラインはずんずん歩く。
「この馬車をお借りしてもいいかしら?」
御者が頷くのを確認して、御者席に上がる。
さっきサミュエルが乗ってきた馬車だ。
女性が御者席に座るなど平民でもあまりすることはない。
でも平気、とエメラインは無理やり笑顔を作った。
泣いたりなんかするもんですか。
手綱を握る。
家に帰ったらサブレでも焼こうかしら。何だかお腹が空いたわ。
「では、御機嫌よう、公爵さま」




