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【小話 王都の白薔薇物語 第二話】

陛下が王太子で、ロウ宰相がまだ宰相補佐だった頃のお話。


 *薔薇は何とか七分咲き?



 名前がわかったぞ。

 王妃の許可を得て薔薇園で赤い薔薇を手折りながら、宰相補佐の脳内も絶賛、お花畑である。

 エメライン・ポーツネル男爵令嬢。

 ポーツネルといえば、歴史はあるが金はない男爵家である。領地も持たず王宮図書館を管理する下級文官が当主で、学者肌の変わり者として有名だ。娘も王宮へ働きに出ているという。

 頑固爺と美人だが行き遅れの娘の二人暮らし。今は亡き母親も美貌で騒がれた女性で、王都の白薔薇と称えられたらしい。巷の噂によると娘の方が三割増し美人ということだが。

 顔もそうだが、私はあの気概に惚れたのだ、と宰相補佐は思った。

 喜んでくれるだろうか? 

 せっせと赤い薔薇ばかりを手折っていく。

「つっ! また、やってしまった。薔薇のトゲとは痛いものだな。もしかして、この痛さを耐えることが愛への第一歩なのだろうか」

 ゼフィールに命じられて宰相補佐を物陰から監視している書記官は思わず、いいえ、それは間違いです、と言ってやりたくなった。

 変な方向へ向かいつつあるが、何しろ宰相補佐は恋愛初心者。『いてっ』と言いながら薔薇を嬉しそうに手折るのさえ、何だか可愛らしくも思える。

 でも。

 仕事ができるからといって、恋愛ができるわけじゃないんだ、と無駄な発見をしてしまった書記官なのであった。



 一週間が過ぎた。

「どんな様子だ? 進展はあったか?」

 ゼフィールが小声で書記官に訊ねる。

「いえ、進展というよりも後退しているようで。馬鹿の一つ覚えのように男爵家へ日参しております。それなのに玄関扉さえ開けてもらえない門前払いの日々。そのうち中庭の薔薇が無くなるのではと、王宮の庭師が泣き言を言っているとか。反対に、男爵家の玄関前は見事な薔薇園となっておりまして。誰が置いたのか、水の入った桶があり、宰相補佐殿はそこへ薔薇を入れて帰っております。そして毎日、近所の者が訪れてはその薔薇を持ち帰っているとか」

 ふうーっと、ゼフィールはため息をついた。

 あいつは花屋か。薔薇が役に立っているのは良かったが。

 宰相補佐は戦力にならないので、自分たちで執務をこなしているのだが、膨大な仕事量に、もはや精神に異常をきたす寸前だ。

 バレない程度に魔力で書類を片付けているのは、ゼフィールがお墓まで持って行く秘密である。

 改めて、宰相補佐の偉大さに気付いた面々だったが、その宰相補佐を振り回す男爵令嬢。

 ランド、凄い相手に惚れたのだな、とゼフィールは頭が痛い。


 ただ。

 男爵令嬢が頑なに、玄関扉を開けないのには理由があった。

 それは社交界デビューのシーズンだった時。

 貧乏ながらポーツネル男爵は娘のためにドレスを誂え、エスコートして王宮の舞踏会に赴いた。

 妻に似た娘は父親から見ても申し分ない可憐な美しさである。それに、ちょっと気の強いところはあるが明るく聡明だし、何だってできる。お茶会と刺繍しかできない令嬢とは違うのだ。だから、社交界シーズンに、金はなくても誰か心優しい青年に見初められ、幸せな結婚に繋がればいい、それくらいの欲のなさで臨んだ舞踏会であったのに。

 王宮に到着し、名前が読みあげられるなり、大勢の男性に囲まれてしまい、瞬殺でダンスカードは一杯になったのであった。それだけでも、女性陣には許し難いのに、中には既婚者もいたらしく、髪飾りは引きちぎられるわ、ドレスに飲み物をこぼされるわ、壮絶なイジメに遭ってしまったのであった。

 父親とやっとの思いで帰宅したのだが、災難は翌日から始まったのである。

 求婚のために赤い薔薇の花束を抱えた男たちが玄関前に列をなし、最盛期には王都を二回りするほどの男たちが集まったという。

 最初は玄関を開け、庭の白薔薇を渡して丁重にお断りしていたため、ついた名が『王都の白薔薇』。奇しくも母親と同じ二つ名をつけられてしまったのである。

 ついに庭の白薔薇もなくなってしまい、男爵家の玄関扉はその日から開かなくなってしまったのだが。

 ちなみに、宰相補佐はその頃、バイロンの王都で、独身最後とばかりに羽目を外すゼフィール(悪友)の尻ぬぐいに奔走しており、この王都の白薔薇事件のことは知らない。


 ついに三週間目となった。

 ゼフィールは動くことにした。

 宰相補佐のためも少しはあるが、自分の頭がおかしくなるのを防ぐためと、中庭の薔薇のためである。

 そもそも、ランドは公爵家の嫡男だ。格下の男爵令嬢が何の文句を言うことがある。

 王太子の権限で結婚させてやる。

 待ってろ! ランド!

 あの生意気な男爵令嬢に、権力の恐ろしさを味わわせてやるからな!

 まずは父親からだ!

 ポーツネルを呼べ!

 と、叫ぼうとした時だった。

 執務室の扉がバイーンと開いて、宰相補佐が飛び込んできた。少し痩せたようだが、何だか良い男になったように思える。

 ああ、そうか。ランド、お前、笑えたんだな、とゼフィールは気付く。表情筋はまだ残っていたようである。

 にっこにこの笑顔で宰相補佐はゼフィールに告げた。

「ゼー、聞いてくれ! エメライン嬢がお茶の招待に応じてくれたぞ!」

「そうか、良かったな、ランド。それより何だ、その手の包帯は」

 聞けば。それは昨夜のこと。



「もう薔薇は持って来ないでくださいと申し上げたではありませんか」

 エメラインはついに決心し、玄関の扉を開け、毎夜薔薇を運んで来る男を初めて見たのだった。

 ブラウンの髪にブラウンの瞳。背の高い青年である。地味な装いだが、上質な生地を使って仕立ててあるのがわかる。

 どなたかしら。

 長い指で薔薇を無造作に掴んでいる。

 でも、どこかで見たような。お城で?

「あの、お名前をうかがっていたかしら?」

「いいえ、きちんとお会いするのは今日が初めてなので。ランドール・ジョセフ・ジュスト・ロウと申します」

「ロウ? ロウって、あの、宰相補佐さま? ロウ公爵?」

 噂の冷徹宰相補佐、高位貴族の頂点に君臨するロウ公爵家の嫡男。この人が?

 なぜ私に求婚するのかしら。いったい私に、この貧乏男爵家に何の用があると言うの? 

「はい、今は王太子付きの文官も兼務しています。あの、これを受け取っていただけますか? エメライン嬢」

 エメラインは差し出された薔薇よりもそれを掴んでいる手に目を見張る。

 思わず手を取った。

 いくつもの引っ掻き傷が走っている。

「これは、酷い傷ですわ、公爵さま。まさか素手で薔薇を手折ったのですか? 薔薇は花鋏で切らないと、トゲで引っ掻き傷が」

「そうなんですか。私は何も知らなくて。あなたに教えてもらえて良かった」

「とにかくお入りください。傷の手当をしますから。さあ、こちらへ」

「すみません」

 申し訳なさそうにする姿が、何だかしょぼんとした大型犬を見ているようで、エメラインの胸にくすぐったいものが沸き上がって来る。

 小さな居間である。古びたソファに座った宰相補佐の前にエメラインが薬箱とともに膝まずく。

「少し沁みますわよ」

「いっ!」

 思わず引っ込めそうになる宰相補佐の手を、エメラインは微笑みながら引き寄せる。

 薬を塗りながら尋ねた。

「なぜ、ご自分で薔薇を手折ろうと? 公爵さまなら立派な花束をいくらでも用意させることができるのではありませんか?」

「どうでもいい相手にはそういたしますが、あなたには私が手折ったものを受け取って欲しかったから……。その、私は見てくれも平凡だし、こんなことくらいしかできなくて……。あなたは、あなたは、その、とても綺麗だから……」

 ヅキン、とエメラインの中へ何かが入ってきた。

 胸が痛い。綺麗だなどという言葉は今まで幾度も耳にしてきたが、綺麗だと言われて、胸に何かが忍び込むような痛みを感じたのは初めてだった。

 嫌だわ、涙が出そう。

 でも、これで終わりにしなくちゃ。

 急いで包帯を巻きつける。

 相手は公爵家だもの。相応しいご令嬢方がたくさんいるわ。

「エメライン嬢、手当のお礼に、明日、我が家へ招待したいのですが。その、気軽にお茶でも飲みに来ていただけたらと」

 公爵家へ? 行っちゃダメよ、エメライン。

 でも待って。公爵さまに諦めてもらうには良い機会かも。公爵家の人たちは、絶対反対するわけだし。美味しいお茶とお菓子をいただきに行くと思えばいいのよ、エメライン!

 黙ったエメラインを見て、宰相補佐が悲しそうに俯く。

 何だか、可愛い人ね、とエメラインは思う。 

 噂とは全然、違うわ。

「お茶のご招待、お受けいたしますわ、公爵さま」



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