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ローランド

 魔法大国デュフレーン。魔力を持つ王家が結界を張り、守ることで国は豊かで平和を保っていた。魔法大国といっても魔力を誇るのは王家のみで、他の貴族や庶民で魔力を持つ者はほんの一握り、それもランプに灯りをともす程度の、生活に使えるぐらいの力しか持っていなかった。

 ローランドはこの国の宰相であるロウ家の次男として生まれた。黒い髪に金と銀のオッドアイを持つ、大変美しい子どもだった。精霊王様が時たま気まぐれを起こし、ロウ家に強大な魔力を持った黒髪のオッドアイを使わすという伝説のように、オッドアイを持って生まれてきた彼は王家をしのぐのではないかという魔力を持っていた。

 一方、オッドアイは不吉だという親族もいた。王家でもないのになぜ魔力を持つのか。王家に仇名すのではないか。恐ろしいとも言われたが、彼の家族は彼を普通に扱い、長男と等しく溢れんばかりの愛情を向けてくれた。

 子どもらしく遊び、笑い、眠る。家族と宰相家に仕える使用人たちの愛に育まれ、彼はすくすくと大きくなっていった。ただ、生まれ持った魔力のせいで、物心つく時から彼は自分を節制することを求められてきたし、実際そうすることで、当時の彼は同年代の子どもに比べれば、随分と大人びていたと言える。

 そして、ある事件をきっかけに完璧に自分を制御するようになった。そのことが一気に彼から子どもらしさを奪ったのだった。


 あれは五歳の頃。兄ラドクリフの誕生日を祝う夜だった。公爵位を持つロウ家と近しい人々が招かれ、子どもの時間の終わった後、大人たちは酒を飲み、歓談していたあの夜。 途中で目を覚ましてしまった彼は、母を求めて暗く長い廊下に出てきた。裸足で廊下を歩く。暗い廊下の向こうに客間が明るく見えてきた。

 彫刻を施した背の高い客間のドアは半開きで、彼はそれに手をかけ、中を覗きこんだ。

 母さま? どこ?

 しかし、聞こえてきたのは酒に酔った叔父の声だった。父の年の離れた弟。

 あの人、きらいだ。ボクを汚いものでも見るような目で見てくるから。

 母さま、どこなの?

 化け物はもう寝たか。

 !

 ……サミュエル、お前はまだそんなことを。いやノートン伯と言わせていただこう。このロウ家を、公爵家を侮辱した言葉と取っても構わないな? 酒の上とはいえ許すことはできない。謝罪していただきたい。

 父さまの声。ふるえてる……

 ローランドは、ローランドは、化け物ではありません! 謝ってください! 謝って!

 母さまが泣いている。

 ふん! あの瞳を見たか! 気味の悪い。化け物を化け物と言って何が悪い! 何を人里で暮らさせているのだ? 片目をくり抜いてウブド山の神殿に鎖で繋いでおけ! 災いが起こらぬうちにな!

 バシッと何かを投げつける音がした。きゃあ、とか、わあとか小さな声があがる。

 エメライン! 落ち着きなさい、エメライン! 

 母を諭す父の声。そして、叔父の怒号。

 扇を投げつけるとは公爵夫人とも思えない大した作法だな! 化け物の母親はあばずれか! 似合いの親子だな!

 サミュエル! 何を言う!

 母さまをいじめるな! いじめるな!

 いじめるなあああああっ!

 そのまま、客間へと走りこんだ。

 ローランド?

 客間の全員がぎょっとしたように振り向いた。

 体が熱い。髪が逆立っているのがわかる。

 迸る大きな力が体を突き破って一気に開放された。

 バリン。

 客間の窓という窓のガラスが滝のように一斉に落ちて行く。飾り棚がくしゃ、と紙箱のようにつぶれた。分厚いカーテンが引きちぎられ軽々と飛んでいく。重い花瓶やソファが壁にぶつかっては壊れた。天井が、壁が、柱がギシギシと鳴っている。

 ローランド! ローランド! やめて、やめて!

 嵐の真ん中に彼はいた。悲鳴をあげて人々が逃げ惑う。

 ボクは化け物なの? 母さま。

 ああ、ローランド、ローランド……、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……、母さまが悪いの、母さまが……


 ほの暗い翌朝。母が彼を部屋まで迎えにきた。舞踏会に行くかのような盛装だ。彼も外出着に着替えさせられる。母は楽しそうに笑った。

 ふふっ、ローランド、母さまとお散歩に行きましょう。

 うん、でも兄さまや父さまは?

 屋敷の中はなぜかシンとしている。執事のアルフレッドや侍女たちは?

 みんなはね、まだ眠っているのよ。ほら、昨夜、お片づけで大変だったでしょ?

 ……、ごめんなさい、ボクのせいで……

 ローランドはちっとも悪くないわ。母さまのために戦ってくれたのですもの。

 手を引かれて歩き出す。

 広い庭を横切り森へ入り、それでも止まらずに母は歩いていく。手をつながれたまま、彼もついて行く。

 開けた場所に出た。やっと昇った朝日が木々の間から差し込んで母を照らす。

 母さま、とってもきれい。

 ふふ、ありがとう。ローランド、ね、もっとお顔をよく見せてちょうだい。可愛いローランド。愛してるわ。

 母が膝をついてしゃがみこみ、彼と目線を合わせた。今朝の母は悪魔に魅入られたかのように美しい。

 ドレスが汚れたら困るよ、母さま。

 それには応えず、母はドレスの隠しポケットからボンボニエールを取り出すとふたを開けた。

 母さまね、とってもいいものを持ってきたのよ。ローランドの大好きな苺のキャンディ。ほら、手を出して。

 わぁっ! ボク、これ大好き!

 いっしょに食べましょうね、母さまと。

 ローランドにひとつ、母さまにひとつ。

 小さな手に載せられたきらきらと輝く赤い実。毒の実。

 いただきまーす!

 だが、彼の口に入る前に小さな手は払いのけられて、赤い実は中を舞い、地面に落ちた。

 あっ、キャンディが落ちちゃった。ねえ、母さま、キャンディが。

 拾おうとしたら、ぎゅうっと抱きしめられた。母の泣き声が耳元で響く。

 できない、私にはできない……

 母さま、苦しいよ。

 遠くから何か叫ぶ声が聞こえる。それはだんだんと大きくなってくる。あわせて、何人かの慌てたような乱れた足音。

 エメライン! ローランド!

 父さま! 兄さまも! アルフレッド! 母さま、みんな来たよ!

 兄が息をはずませながら、落ちたキャンディをさっと拾うと、ころがっていたボンボニエールとともに、トラウザーズのポケットに入れるのが見えた。そしてローランドの手を握る。

 父は髪を乱し、部屋着のままで無精ひげの顔を真っ青にさせている。裸足だ。膝をつくと母を胸にかき抱いた。そして搾り出すように呟いた。

 君をなくして、ローランドをなくして、私が生きて行けると思うか? 残される者の身になってくれ。ローランドのことは家族みんなで考えよう。

 みんなで考えよう。

 その日からだ。その日から、彼は自分を厳しく律するようになった。ただでさえ目立つオッドアイと母譲りの美貌は隠そうとしても隠し切れるものではない。だから『平凡』になろうとした。叔父を、心無い人々を欺くために。魔力など微々たる力、顔が良いだけの愚か者なのだと周囲に思わせるために。叔父が母を侮辱しないように。

 ただただ、一緒に死のうとまで思いつめた母のために。こんな自分を愛してくれる家族のために。

 五歳の子どもは一挙に大人に、しかし、少しひねくれた大人の皮をかぶってしまったのだった。

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