謁見
何なの、この一家は。
謁見の間の一段高い玉座についた国王とその一家を見て、エリスは何だか急にハドレーへ帰りたくなってしまった。
国王は銀の髪に碧の瞳、素敵なおじさまであるし、王妃は金の髪に紫水晶の瞳の、四人も子どもがいるとは思えない美魔女、件のシリウスとセオドーシア、第二王子は金の髪に碧の瞳の癒し系の美少年、第一王女は銀の髪に紫水晶の瞳、正統派の美人である。
側に控える宰相と宰相補佐のブラウンの髪とブラウンの瞳がオアシスのように思える。
きっと、ここでは彼らは平凡な容姿と言われているのでしょうね。ハドレーへいっしょに帰りましょうと誘いたいわ。ハドレーへ行けば女性に騒がれること間違いなしよ、お二方。
国王が口を開く。
「ヘイワース殿、お体はもう良くなられたか?」
「はい、セオドーシア殿下が持ってきてくださった回復薬のおかげで、このとおり」
セオドーシアは国王を見て、ヘイワースを見てにこにこしている。
セオドーシア殿下ってもしかして『枯れ専』? ヘイワースが恋敵ってなったらお兄さまが気の毒だわ。
「この度の用向きでございますが、ぜひハドレーと貴国との国交を開きたくお願いに上がった次第でございます。つきましては、その証としてここに控えますハドレー王太子ギルバートとデュフレーン第二王女との婚約を」
国王が遮る。
「我が国の王女が他国へ嫁ぐことは無いのだ、宰相殿。ハドレーとの国交樹立はぜひ成し遂げたいところではあるが」
「なんと、そのような慣習が」
ああ、お兄さま、どこまでもついていないわね。
「うん、いいことを思いついた」
突然シリウスが言う。
「私が結婚すれよいのだ。ちょうどいい。そこの従者殿、お名前をお聞かせ願おうか。王太子の従者だ。国元ではそれなりの身分であるのだろう? 誰か言い交した相手でもいるのだろうか?」
へ? 何ですって? ばれた?
エリスは固まった。
ヘイワースもギルバートも固まった。
「ああっ……、なんてこと、シリウス……、こともあろうに男性に求愛するなんて」
「あ、王妃様。王妃様、しっかりなさって」
女官が総出で、倒れた王妃を奥へと連れて行く。
シリウスは顔色も変えずに告げる。
「ん? 何か問題が? 君は昨夜、赤い薔薇を受け取ってくれたよね? 確か」
「え? あ、はい」
小さな声でエリスが答えると急に周囲がざわざわとし出す。
何? 赤い薔薇って何かあるの? エリスにはわからない。
「赤い薔薇を受け取ったということは、求愛に応えたということでございます、ハドレーの従者殿」
ロウ宰相が地面にめり込むような暗い声で教えてくれる。
「しかしっ!」
宰相は続ける。
「お、男への求愛など認められておりませんぞ、シリウス殿下」
ひょい、とシリウスは一段高い場所から降りると、エリスの前へとやってくる。
ギルバートは有事に備えてブーツに隠している短剣にいつでも手を伸ばせるよう身構えた。謁見の間に入るため、剣は取り上げられてしまっていたからだ。なに、いざとなれば傍に控える騎士から奪うまで、と心に決める。
シリウスはエリスの頤に指をかけると上を向かせた。エリスが大きく瞳を見開く。
「何が男だ。こんなに可愛い女の子なのに。すぐわかったよ。私に会いにやって来たのだろう? ん? それと結界を張ったから近付くな。怪我をするぞ」
言うなり、シリウスはエリスに口付けた。
「んっ、んーんー……」
後ろ頭を大きな手でがっちりとホールドされており、息苦しさにエリスは夢中で指を伸ばし、シリウスの服の袖に縋りついた。それが、妹が自分からシリウスに体を寄せていったように見えて、ギルバートは頭の中が真っ白になる。
「貴様! 妹から離れろ!」
駆け寄ろうとしたギルバートは護衛の騎士に止められた。
「結界に触れては大怪我をなさいますぞ、離れて」
そんなことを言われても納得できるわけがない。
「離せ! 妹に何をする! エリス! エリス! やめろ! この! ケダモノ!」
「妹って聞こえたような気がするが、妹? 王太子の妹ということは……、従者殿は、お、王女か……」
国王が呟く。
「女性、しかも王女か。それなら王妃が倒れることもなかったな、ロウ。ああ、よかった。しかし、シリウスは少しやりすぎではないか? 我が子ながらあいつの行動は読めん」
「御意、陛下。ラドクリフ、シリウス殿下をお諫めしろ。ただし、結界には気をつけるように」
「大丈夫よ、ラドクリフ。結界なんて張ってないわ、もともと。近寄らせないための方便よ」
リタに囁かれ、頷くとラドクリフはそっとシリウスに近寄り、無表情のまま告げた。
「そろそろ離して差し上げないと酸欠になってしまいます」
「む、そうか」
ちゅぽん、と音がしてやっと唇を離してもらえたエリスは、はくはくと荒く息継ぎを繰り返した。苦しさのあまりシリウスの服の袖を握り締めたままである。
シリウスがその指を取り、自身の指を絡めながら紫水晶の瞳を細めて言う。
「今のは挨拶だからね、愛しい人。このまま我が国にとどまって、是非とも私の妻になって欲しい。で、式はいつにしようか?」
「式?」
とろんと蕩けた顔つきでエリスは言葉を繰り返す。
「ならん! ならん! エリスはまだ十六だぞ、昨日今日会ったような男にやれるか!」
騎士を振り切ってギルバートがシリウスに近づき、声を張り上げた。だが、シリウスも負けていない。
「あなただって三日顔を合わせただけの妹に求婚しにきたではないか! 人のこと言えるのか! それにシアはまだ十二だぞ! あなたの方がロリ」
「わかった! わかった、それ以上言うな。セオドーシア殿下への求婚は取り下げる。だから貴様もエリスのことはあきらめろ」
「しかし、デュフレーンとの国交問題がまだ残っておりますぞ、ギルバート殿下」
「ヘイワース! 今、それを言うか?」
ギルバートとシリウスが睨み合いを始めたので、エリスはへなへなとその場に蹲る。
有体に言えば、腰が抜けてしまったのである。リタとセオドーシアがエリスに駆け寄った。
「ハドレーの王女殿下、しっかりなさって。兄が失礼なことを。兄に代わって謝罪いたしますわ」
「リタ、殿下……」
「従者様は女性だったのですね。よかった! なんて可愛い男の子なんだと、侍女と話しが盛り上がってしまって」
「セオドーシア殿下……」
「私、最近は剣の稽古や馬で遠乗りをしたりもするんです。ハドレーはそういったものが男女問わず盛んなのですってね。教育係から聞きました。エリス様ともご一緒したいわ。エリス様がシリウスお兄様と結婚してくださるなら、こんなに嬉しいことはないもの」
だから、何て可愛いの、とエリスは身もだえしそうになる。
「来る!」
それまで黙っていたルシウスがいきなり叫んだ。
「来る? 何が?」
ギルバートたちには何のことかわからないが、国王がやれやれといった顔でシリウスに告げる。
「被害はこの謁見の間だけで食い止めるように」
「御意、陛下。ルシウス、リタ、扉だけ結界を緩めなさい」
言い終わった直後だった。
ドゴーーーーーンッと謁見の間の分厚い扉が吹き飛んだのは。壁が続いて崩れ、もうもうと白い煙が上がる。
「敵襲か! 剣を貸せ!」
さすが軍事国家で名を馳せるハドレーの王子である。ギルバートは傍にいた騎士から剣を奪うと、煙の中から部屋に飛び込んできた黒い塊に向かって目にも留まらぬ速さで振り下ろした。




