ー序ー 虚無
この世界には何もない。空っぽだ。虚無だ。
あぁ、落ちてゆく。
何かを求めても、空ぶるこの手から、全てが落ちてゆく。
愛情も、友情も、絆も、何も。全てが落ちてゆく。
残されたのは何もない。
そう、僕は虚無だ。虚無だった。
そして、この世界には何もない。
この世界こそ、僕のような虚無を生み出す虚無だった。
そう、思った。そこで気付いた。やはり、僕もこの世界の一部なんだと。
この世界には何もない。それは違うんだ。
僕は人間社会に幻滅しただけで、別に、この世界に幻滅したわけじゃない。
そうだ、この社会が虚無なんだ。
人間は、いつもそうやって、自分を世界と同一視しようとする。
人間文明が滅ぶのが世界滅亡だとか叫んでる。
だいたい、世界ってなんだ。
この地球が滅ぼうが、関係ない。
この世界は存続される。
たかだか惑星が一つ宇宙から消滅するだけのことだ。無限にも広がるこの宇宙に、無いものはない。
人間が自分勝手だって解る。
そう、僕一人が虚無なだけで、この世界ごと虚無だと断定しようとする僕がいるように。
僕が一番自分勝手で、この社会から外れた者だったんだ。
あぁ、落ちてゆく。
その日、この世界の夜明けを見た。
僕は何も考えていない。
そうだ、これでよかったんだ。
僕は空を飛べる。空を舞うことができる。
だが、浮くことはできない。
風にのることも出来ない。
あぁ、落ちてゆく。
なぜだろう。今まで遠く感じた地面が、今高らかに。
壁だ。壁が近付いてくる。
もう、どれが上でどれが下なのかも解らない。
死ぬ。
でも、それでいい。
死んだ方がいいんだ。
人間、死んだ方が美しい。
そんな考えの僕こそが、死にゆくにふさわしい。
さらばだ、友よ。
さらばだ、世界よ。
さらばだ、人間よ。
この日、ビルを飛び出した僕は、空を飛んだ。
そして、着地することはなかった。