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煙は上に昇らない。  作者: 森永盛夏
1/4

「かほ」1

 とある大学の野外に設置された喫煙所で、小さなため息が溢れた。その喫煙所には、スタンドの付いた据え置き灰皿と、鉄は錆び木は腐った小汚いベンチがそれぞれ一つ。少しさびしい空気が漂う。

 

夏の、濁った青色の空。大きな銀杏の木。年期の入った白い大正ロマン風の棟。そんな青、緑、白の三色を潤んだ瞳で見つめる女性。右手の人差指と中指で挟んだ煙草の先は赤く灯り、青い煙とともに甘い香りを周囲に充満させている。


煙は上に昇らない。そんな景色が、彼女の周りを包む空気の重たさを表しているよう。生ぬるい風と混じりあったそれは、さながら深夜の寝酒を煽る四十も半ばの中年だ。


深く、深く思考の深淵に落ちてゆく。彼女の焦点は、物質を物質として捉えなかった。


「あ、先輩。やっぱりここに居たんですね。」


先輩と呼ばれた女性から、前方およそ五メートル。早歩きで近づく男の、夏らしい乾いた声が汗で湿った喉から聞こえる。白い歯を光らせるその男は、赤いアロハシャツをボタンを律儀に閉めて着、丈が膝ほどのハーフパンツを履いている。


ビーチサンダルがペタペタと音を立てている。ベンチで煙を吐く彼女は、男に一瞥をくれたがまたすぐに虚空へと帰っていった。


「無視しないでくださいよ。」


男は彼女の隣に座り、その左手に持ったミネラルウォーターのキャップを開けた。男は喉を潤すと、いかにも我慢できるはずがないというふうに声を上げた。


「かほ先輩。また煙草なんか吸って、彼氏さんに怒られますよ?」


かほは、今なるべく考えないようにしていた、また聞きたくなかった単語を浴びせられたことに苛ついた。男を睨みつけて、なおると煙を深く吸い込んだ。


「けんじ。今は一人の気分なんだけど。」


青、緑、白の三色を眺めたまま伝える。できるだけ、自分に棘の刺さったこの状態を見せつける。大抵の人間は、弱みを見せつけられるのを嫌がるから、ここまでやれば逃げていく。


「いや、僕は一人の気分とか言えるほど暇じゃないので。今日は要件があって来たんですよ。」


かほの期待を裏切り、けんじは話を続ける。何処までも自分を押し付けてくるけんじという生き物にある種の尊敬を覚えつつも、それに負けるものかと無視を続ける。


「かほ先輩に、タバコのこと教えてほしくて。」


「はあ?!タバコ?おめえ今いくつだよ?!」


悔しい。かほはそう思った。今日はもう反応しないでいてやろうと決めていたのに、あまりに意外な単語の登場に思わず口を開いてしまった。


十九です。とけんじが言い切る前に追い打ちまでかけてしまう。


「だろ?十九だろ?未成年がなにタバコなんて吸おうとしてんだよ?!」


「そんなこといったら、かほ先輩だって6月にはたちになったばっかりでしょ?てか、僕『吸う』なんて一言も言ってませんけど?」


けんじがニヤニヤして言い返す。かほはぐうの音も出ない。なぜなら、かほも大学に入って出来た彼氏の影響で未成年喫煙をしていたクチだからだ。しかたがないからそこはノータッチで切り替えそう。


「吸わないってんならどうしてタバコのことが知りたいんだよ。矛盾じゃないですかぁ?!」


いつもニヤニヤした癪に障る表情でかほを攻撃ならぬ口撃してくるけんじに一矢報いようと、かほはいつも苦心している。今回ばかりは言い返せないだろう。今まで何度もそんなチャンスが有った。今もそうだ。でも、そういうときにもどうしてかかほはスッキリした試しがなかった。


「センパイ!そ、れ、は、内緒ですよ♡」


こんなふうにはぐらかされて終わるからだった。自分で思うのも何だが、私は人がいい方だから、秘密や内緒と言われれば深追いが出来ないのだ。とかほは思う。今回もどうやら負け越しの様子だった。


 なんだか、このまま空を飛べそうなくらい体が熱い。そうか。かほは、イライラの理由も熱い体も合点がいった。


 決着を早いところつけて、次のマスへ進むときが来たらしい。

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