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覇者の導べ  作者: 桃巴
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癒しの地-2

 急ではあったが、婚儀は滞りなく終わった。

 晩餐会も終わり、漆黒の刻、青王は岩山を望むバルコニーでイチリヤを待っていた。皆、寝静まった刻である。足音が訪問を知らせる。

「すまぬな、こんなに遅く」

 青王は背後のイチリヤに向け、振り向かずに発した。

「いえ」

 イチリヤもバルコニーに並ぶ。

「行き先は?」

 青王の問いに、イチリヤは小さくため息をついた。

「覇者様の情報を掴むため、各国の書庫に向かう予定です」

 藍の国の伝承では、導と覇者の容姿しか伝えられていない。その容姿の推測から色大陸に覇者が居ないのは明白である。

 導は瞳に藍を宿したナーシャ。

 覇者は背に藍の翼を持つもの。否、白、黒、紅の可能性も無くはない。

 背に翼を持つとはどう言うことか? その謎を解くために、イチリヤは各国の書庫に向かうつもりでいた。

 侵攻してきた『白、黒、紅』は、覇者としたい王子の背に、その国の色マントを羽織らせた。が、導は……ナーシャは、城の最上階に立っても、覇者と称する者を導かなかった。つまり、あの侵攻に居た者の中に覇者は居ないのだ。

 いや、ナーシャが姿を晒してもなお色大陸で、翼を持つものは現れなかった。色大陸に覇者は居ない。藍王は、それさえも予見していた。故に、イチリヤに覇者を捜すよう任じたのだ。

「イチリヤ殿、儂の独り言だ。聞いてくれ」

 青王はそう前置きをして話始めた。

「伝承とは伝えられてきたもの。人は、長くは生きられないでな。伝えることが唯一出来ることじゃ。それは、言葉で書でしか伝えられん。人であればな」

 青王はゆっくり腕を上げる。その指先は清湖を指していた。

「あの湖は我らよりも、長きに大陸に在る」

 指先は光山に動く。

「光山もな」

 青王はそこで腕を下ろした。

「人ではないものは、きっと伝承せずとも知っている」

「ですが、湖や山は声を持ちません。訊いても答えない」

 イチリヤは光山を眺めながら言った。

「そうであるな。声を持たねばな。イチリヤ殿、声を持つ人ではない者の存在を知っているか?」

「神と魔」

 イチリヤは端的に答えた。

「神は天界に、魔は魔界に、故にこの世界は人間の地となった」

 青王もイチリヤに続けて話す。

「神と魔と人がこの世界で混ざっていた頃、第四の種が生まれた。神の力を受け継いだ人、魔の力を受け継いだ人。いや、人とは言えぬな。受け継いだ力が強ければ強いほど、人は彼らを恐れた」

 イチリヤはゴクンと唾をのむ。そして、「声を持つ人ではない者は、この世界に居るのですか? 伝承の真意を知る者が?」と、青王に訊いた。

 青王は声に出さずに応えた。目を伏せ頷いた。

「容姿が違ったのだ。力を受け継いだ者は、人の姿をしていなかった。……と伝えられている」

「伝えられている?」

 イチリヤは青王の言葉を反芻する。

「ああ、伝えられているのだ。清湖。光山。その向こうは何か知っているか?」

 イチリヤは再度光山を見つめた。

「……何かがあるのですね?」

「青の国が藍の国から派生した国であることは知っているな?」

「はい」

 イチリヤは身構えた。本題がここからであると感じたからだ。

「だが、青の国は藍の国とは違った力を持った。この地に移住した時に、……」

 王の言葉は止まった。

 イチリヤは青王に視線を向ける。

 それに応えるように青王は止めた言葉を紡ぐ。

「巫女の治癒の力は、人ではない者から授かったと……青の国では伝承されているのだ」

 風が舞った。

 イチリヤは漆黒の刻に、呼ばれた理由を知る。

「藍の国も、人ではない者の力で護られています。……霊獣の力です」

 両国が持つ特殊な力だ。

 藍の国王は神器によって霊獣を呼び起こす力を持っていた。

 青の国では、王の直系に生まれし姫に治癒の力が受け継がれた。

 どちらも、人在らざる者の力と言える。

「神でも魔でもない者から、神と魔と人の交わりによって生まれし者から力を授かった」

 青王は光山に視線を移しながら告げた。

「その者は、人間界に在るのですね」

 イチリヤは確固たる確信の元、そう発した。イチリヤも光山の向こうを見続けていた。

「あの山の向こうは、人が入れぬ地だ。その地に、力を授けし者が居ると伝えられている。青の国人は決してその地を汚さぬとその者と約束し、その地に赴くことは禁忌としてきた」

「……良いのですか?」

 イチリヤはそう言うしかなかった。その地に行っても良いのかと。

「青の国人が赴くことは禁忌。藍の国人はどうであろうな?」

 青王は乾いた笑いを漏らした。

「……では、藍の国旗を背にし向かいます」

 イチリヤに出来る精一杯のことだ。

「まあな。ここまで伝えてきてなんなのだが、伝えてきたことを青の国は守ってきた。故に、その者の存在を確認できてはいない。つまり……」

「本当に存在するか? と言うことですね」

 青王は乾いた笑いをまた漏らした。

「その者を、青の国では『アヤカシ』との呼び名で伝えてきた」

「アヤカシ……『妖』ですか?」

 イチリヤの問いに青王は頷く。

「魔の力を受け継いだ者は『妖怪』、神の力を受け継いだ者は『妖精』、巫女は妖精の力を授かったとされている」

 青王は全て言い終わったといわんばかりに、バルコニーから室内に入り玉座に身を置いた。

 イチリヤもその後に続く。

「感謝します」

 イチリヤは頭を下げた。

「早朝、ソフィアに案内させる。清湖は男子禁制だ。光山へ道案内させよう。その向こうは……儂にも、誰にもわからぬ」




 始まりゆく刻に、医殿の前に集結した藍の民。陽が上る瞬間を、皆が待っていた。

 遠く青の城の背後から、光が大地を色づかせていく。その光が徐々に医殿、聖殿、清湖へと進んでくる。湖面が輝くと同時に、

 ブォン!

 と、空気を音づかせ藍の国旗が風にのった。イチリヤが国旗を大振りしたのだ。意思を持ったかのように、旗が舞う。

 グレコがイチリヤの背後に回る。イチリヤの背に旗を負わせた。

 イチリヤの指示により、旗手はいない。

 戦場ののぼり旗のように、その身を示す。藍の民だと宣言しているのだ。青の国人ではないとも。

 サラサラと風が流れる。

 旗はイチリヤの背で片翼のような様を見せる。

 民から感嘆の息が漏れた。

 その空気を破るように、イチリヤは発する。

「知ってのとおり、ニイヤが藍の民の後ろ楯だ! 皆、安心して過ごせ!」

 藍の民は、疼く心を鎮めるよう、口を真一文字にしイチリヤに頷いた。

「ニイヤ、海隊を任せた」

 ニイヤが驚く。否、ニイヤだけではない。グレコもリライも、そして海隊の者もだ。

「未開の地に五十も満たない兵で向かうのですか?」

 ニイヤの問いは当然である。

「海隊よ! ニイヤの配下を命ずる!」

 さらなる命に皆がざわつく。

「ニイヤ一人に藍の民を任せるわけにはいかない。死地の藍の民の支援もある。両国を行き来するには海隊が必要であろう? 情報収集には人員も必要だしな」

 皆にわかるように、大声で話すイチリヤ。

 だが、イチリヤと共に進むことを心に決めていた海隊の者は動揺を隠せない。今にもイチリヤに懇願しそうな勢いの者も居る。

「お前たちなぁ……。全く困ったやつらだ。いいか、必要な時に必要な隊に頼る。これから進むはニイヤも言ったように、未開の地だ。青王様からは鬱蒼とした森であると聞いている」

 イチリヤは海隊の面々をゆっくり見渡した。

「鬱蒼とした森である。もう一度言うぞ! 鬱蒼とした森だ」

「だから、海隊は待機ということ」

 ニイヤがガクンと項垂れる海隊の代わりに答えた。

「少数の方が動きやすいのだ。迷うことも念頭におかねばならない。一人も失いたくはない」

 すでに肩の力が抜けた海隊は、照れたようにイチリヤを見る。その中の一人が、「ニイヤ副隊長! 我々にご指示を」と高らかに発した。

 イチリヤは大きく頷き、海隊に笑いかける。

 すかさずニイヤは、叫んだ。

「隊を三つに分ける。一の隊は死地の支援。二の隊は別大陸の書庫に向かえ。三の隊はこの大陸で情報収集だ」

 活気づく海隊を満足げにイチリヤは見る。が、待機している陸隊もその様に呼応するように、「騎士隊長! 我々にも命を」と自然に声が上がった。

 そして、グレコもリライもイチリヤに視線を注ぐ。

「先陣は私だ! 後方をグレコに任せる。リライは常に人数確認に回れ。皆、藍の旗に続け!!」


 清湖の禁忌エリアに入らぬように、遠回りをしながら光山に向かう。

 ニイヤの馬に一緒に乗ったソフィアが、道案内をしていた。

「そろそろ頂上です。頂上から森が見渡せます。……でも、本当に行かれるのですか?」

 ソフィアは遠慮がちに言った。

「はい、あらゆる未開の地に行く予定です」

「で、でも……」

 言い淀むソフィアの気持ちもわかる。きっと、伝承のことが気がかりなのであろう。

「青王様……いえ、青王殿より聞いております。ですから、青の国人に知れぬように早々刻に出発いたしました。それに、この背にあるは藍の民の証です」

 ソフィアが様に眉を寄せたので、イチリヤは殿と言い換えた。また伝承を冒す危惧を憂うソフィアの心を和らげようと、イチリヤは軽やかに話す。

「隊の者には、あらゆる未開の地に行くことを目的と話しております。この隊は、いっさいの口外を許しておりません。元々覇者様を捜す旅です。故に軽はずみな口外はありません」

 イチリヤは軽やかながらも、真っ直ぐな話し方でソフィアに応えた。

 ソフィアもイチリヤに応えるように、笑顔で返す。

「ふふっ、イチリヤ様。もし、もしアヤカシ様にお会いできたら、青の国人は幸せに過ごしていると、お伝え願えますか?」

「ええ、必ず」

 イチリヤはソフィアの内心が読めた。ニヤリと笑う。

「訊いておきますよ」

「え?」

 ソフィアがキョトンとする。

「ですから、好奇心旺盛な姫がお会いしたいと……ね?」

 ソフィアは目を泳がせた。

 イチリヤは笑う。禁忌なことほど魅惑の誘惑であり、それを冒したいと思うもの。

「あ、あぅ、私は、その……」

「ソフィアは、私と婚儀し藍の民となった。だからいいんだよ。もう禁忌ではない。イチ兄さん、そうでしょう? というか、あまりソフィアをいじめないでいただきたい」

 ニイヤの援護も尚、イチリヤは笑っている。

「ものは言いようだな」

 そう言って。


 眼下に広がる深緑に圧巻される。光山の山頂からの景色は想像以上だった。

「ここから先は、人の踏み入れたことのない地になります」

 ソフィアは静かに告げた。

 確かに人の踏み入れた跡がないのが明らかだ。道はなく、深緑の森に向かうには人の背丈ほどの草原を進むしかない。

「本当に、ここでピタリと止まっているのですね」

 頂上まで続く道のみ存在し、そこで突然消える道。

「はい、ここまで来るのも月に一度だけです」

「そうですか」

 イチリヤはその一度を深く問うことはしなかった。

「では、ここで。ニイヤ、馬を頼む」

「はっ、ではここで。イチ兄さん、気をつけて。一週間後にまた」

 信頼しあうが故の短いやりとりだ。

 ニイヤはイチリヤが降りた馬に乗る。行きの馬はソフィアが乗ったまま。

 軽く手を上げ下山するニイヤを、イチリヤは見送った。

 ニイヤとソフィアの向こうに清湖がキラキラと輝く。癒しの地。背中の深い森と反対に、青の国は鮮やかな緑が、……緑の薬草畑が広がっていた。

次話水曜更新予定です。

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