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覇者の導べ  作者: 桃巴
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癒しの地-1

***『癒しの地』


 城は影を岩山に落とす。

 青の国、東の外れに岩山を背に城が建っている。

 僅かばかり残った陽が、名残惜しく岩山に影を作っていた。だが、城の目前近くに到着する時には、影を陰が飲み込んでいた。

 イチリヤは空を見上げた。

「イチ兄さん、予定より早いですね」

 ニイヤはイチリヤと同様空を見た。

「ああ、走ったからな」

 空はまだ漆黒に染まっていない。夜の始まりの寂しげな色が、世界を覆っていた。

「行きましょう」

 リライが言った。

 イチリヤ、ニイヤ、リライを先頭に五十の隊が続く。

 青の城の門が見えてきた。

 門番がイチリヤたちを確認する。

「止まれー!」

 門番の言にイチリヤたちはピタリと歩を止めた。

「藍の国、騎士隊長イチリヤ! 青王様に藍の落日を報告にきた」

 声は響く。イチリヤは力の限り叫んだのだ。




「そうか、落ちたか……」

 青王はそうポツリと言った。

「はっ」

 イチリヤは青王を見る。

 その瞳は真っ直ぐにイチリヤに向いていた。

 イチリヤは頷く。

「父よりこちらを預かっております」

 イチリヤは懐から文を取り出した。

 青王は文を受け取るとすぐに開き、視線が文を辿る。

 イチリヤは青王の表情の変化に敏感に気づく。傍目にはわからぬであろう微妙な変化だ。

 青王はチラリとイチリヤを確認する。

 イチリヤは僅かに会釈し応えた。

「良いか?」

 青王の言葉にイチリヤは頷く。

 二人の視線は同時に背後に移る。

 ニイヤとリライが訝しげに顔を上げていた。

 イチリヤはフゥーと息を吐き、告げた。

「ニイヤ、父上たっての願いだ。婚儀は予定通り行う」

「なりません!!」

 ニイヤは即座に答えた。

「私は、私は! イチ兄さんと共に覇者様を捜す旅に出るのです! 私は王子ではない! 騎士となったのです。故に、……」

 ーーバタンーー

 扉が開き、足音が近づく。

「ニイヤ様」

 その声は戸惑いを隠せない。

「ソフィア、下がりなさい。お前の来る場所ではない」

 青王は足音の主に静かに言った。

「……故に、私はソフィア様と婚儀を行う資格はありません」

 ニイヤは止めていた言葉を繋げた。

 場は静まった。

 皆が言葉を選んでいた。

 だが、その努力もむなしく、足音だけが静けさを破る。遠ざかる足音。

「お待ちください、ソフィア様!」

 イチリヤは咄嗟に叫んだ。

「ソフィア、イチリヤ殿、ニイヤ殿の言葉の意味がわかるな?」

 青王は立ち上がる。

 ソフィアは身を小さくした。そして、振り返る。

「そのようにお呼びにならないでください、イチリヤ様、ニイヤ様」

 イチリヤとニイヤが様づけでソフィアを呼んだのだ。それにソフィアが恐縮していた。

「今まで通り、姫と、ソフィア姫と呼んでくれんか? イチリヤ殿もニイヤ殿も」

 青王はソフィアの言葉に続けた。

「ですが、我々はすでに王子ではありません。藍の国は落ちたのです」

 ニイヤのその声は、感情を固く閉じたように低く発せられた。

「私は、ニイヤ様が王子であっても、そうでなくとも、傍に居たいのです」

 ソフィアの声は、ニイヤとは反対に感情をさらけ出す。

 青王もイチリヤも二人の会話に、横やりを入れない。痛々しい二人の感情が、傍目にもわかるからだ。

「ソフィア様、どうか私などお忘れいただき、幸せになってください」

「ニイヤ様を忘れることなど出来ません! それこそが私にとって、不幸であるのに……」

 ソフィアの瞳から溢れる涙が、ドレスに染みを作る。

 ニイヤの両手は固く握られている。

 イチリヤは青王に意味深な視線を向けた。

 そして、「ソフィア姫、では私と婚儀ください」と、言ったのだ。

 青王はニヤリと笑った。

 ニイヤとソフィアは突然のことに固まっている。

「ソフィア姫、弟の失態は私の責任です。弟が出来ぬなら、私がソフィア姫と婚儀しましょう」

「イチ兄さん! 何を言っているのですか?!」

 ニイヤが声を荒げる。

「私はソフィア姫と婚儀し、覇者様を捜す。ただそれだけだ」

「そんなこと出来るわけないじゃないですか?!」

「なぜ? 私は出来る」

 イチリヤはニイヤを射抜いた。

「婚儀し、青の国に身をおく藍の民に確固たる安心を授け、色大陸の死地で奮闘する藍の民を支援し、またこの地を拠点とし、覇者様の情報を掴む。ソフィア姫を愛でる」

 その答えは、そっくりそのままニイヤに出来ることであり、藍王が秘密利に進めた青王との約束であった。

「……あっ」

 ニイヤはその意図を知った。

「ハッハッ……」

 力なく笑うニイヤの肩に、イチリヤは手を置いた。

「お前にしか出来ぬことだと思わんか?」

 イチリヤはニイヤの肩をポンポンと叩いた。

「それとも、譲ってくれるのか? ソフィア姫を」

「いえ!」

 イチリヤとニイヤは互いに小さく笑い合った。

「全く、藍の王子は曲者だな。青の国を利用して、そのような壮大な計画をたてようとは、困ったものだ」

 青王はガッハッハと笑った。

「まあしかし、可愛い娘のためだ。協力しようではないか。藍王のたっての願いであるしの」

 青王はソフィアの手を取る。

「さあ、ニイヤ殿。儂の可愛い娘の手を取ってくれぬか?」

 ソフィアの手をソッとニイヤの前に差し出した。

 イチリヤはニイヤの両肩を掴み、ソフィアの前に向ける。

 濡れた瞳をパチパチと瞬かせたソフィアは、恥じらいながらニイヤを見上げた。

 ニイヤは見ないように我慢していた瞳を、ソフィアの瞳を捉える。

「ソフィア姫……」

 繋げた手がまだぎこちない。

「ニイヤ、頼んだぞ。藍の民に平穏な生活が出来るように尽力してくれ」

「はっ。死地への援助、及びに覇者様の情報の調査。イチ兄さんへの後方支援ですね」

 イチリヤはニイヤの頭をゴツンと殴る。

「ソフィア姫を幸せにすることが抜けているではないか!」

 青王はまたガッハッハと笑った。

 部屋の隅に居るリライもプッと笑う。

 ソフィアは小さな唇を、小さく尖らせた。

「す、すまぬ。ソフィア姫」

 ニイヤは頭をポリポリと掻く。

「さあ、話は纏まったな。今夜はゆっくりしていってくれ。明日には婚儀を告知する。良いな?」

 青王の言葉にイチリヤは頷く。

「全て、お任せ致します。……もし、もし藍の復興が成されない場合は、全てお願い致します」

 皆の表情が揺れた。

「……安心して邁進せよ。儂は藍の復興が必ず成されると信じておる」

 イチリヤは深く、深く頭を下げたのだった。


 告知後、慌ただしく準備が進んだ。イチリヤの出立前に婚儀を行いたかったニイヤの願いを叶えるためである。藍の国からの出席者はイチリヤとグレコ、リライだけ。

 本来ならば、藍の国で盛大に婚儀が行われるはずであった。この婚儀は一年以上前から決まっていた。互いに二十二歳のニイヤとソフィア。ソフィアは婚儀には遅い年齢であるが、それは青の国の巫女姫であったためだ。次期巫女姫への代替え終了後、ソフィアは藍の国に嫁ぐはずであった。

 それが暗転したのは言うまでもない。藍の国の落日である。が、それを見越していた藍王は、青王と密約を交わしていた。


 藍の国と青の国。

 藍の国は小さき国である。繁栄する藍の国で抱えきれなくなった住民が、海を渡って築いた国が青の国と言い伝えられていた。祖先を同じくする国である。

 その青の国は、中央大陸南方に位置する国である。西に清湖をたずさえた光山、東に岩山。清湖の近くには、聖殿と医殿が背中合わせに建つ。そして、岩山を背に城が建っていた。

 国の広範囲に薬草畑があり、医術・治癒術の国と謳われる。清湖の加護をうけた女性は、巫女となり、光山の加護をうけた男性は、医者となる。

 ソフィアはその巫女の頂点に立つ巫女姫であった。直系の姫が巫女姫となる。ソフィアの兄、つまり次期国王の娘の中で、清湖が認めた者が巫女姫となるのだ。

 巫女姫の任は十歳になってから。次代の巫女姫の誕生が遅ければ遅いほど、巫女姫の婚儀は遠退く。つまり、代々の巫女姫の婚儀は遅延になりがちである。次期巫女姫の誕生が遅く、三十過ぎまで巫女姫であった姫もいた。

 故に、青の国の巫女姫の婚儀は難儀であり、青王もニイヤとの婚儀を心待ちにしていたのだ。

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