流浪の民-2
暗き海を四隻の船が進む。
藍の在った大陸には、数本の松明が揺れていた。
「騎士隊長、あの松明はどこの者でしょうか?」
リライがイチリヤに問うた。
一番船にイチリヤとリライ。二番、三番船と続き、四番船にニイヤとグレコが乗っていた。
「紅のものであろう。黒は松明を持たぬはず。夜目の多い黒の民は松明を持たん」
「では黒もどこかから?」
「ああ、見ているであろうな。だが追いはしまい。追うことに意味はない。導は藍の孤島に居るからな」
イチリヤは松明の向こうに視線を移す。しかし、その瞳に藍は見えない。
「まずは青の国ですね」
リライの声に、イチリヤはすぐに反応出来ずにいた。イチリヤは、見えぬ藍にナーシャの姿を捜す。
「騎士隊長?」
再度リライの声で、イチリヤは意識を戻す。
「あ、ああ。青の国だ。先発した民たちに会わねばな」
先に別大陸に向かった民は、青の国に一旦身を置いている。
青の国。
藍国と親交の深い青の国が、藍の民を引き受けてくれていた。
藍、白、黒、紅が在る大陸は、色大陸と呼ばれている。そして、青の国が在る大陸は、中央大陸だ。青の国はその大陸の南方に位置している。
「青王様に、藍国の様子を伝えねばならない。藍国が孤島になったことをな」
イチリヤは海面を眺めた。その水面に、思い浮かべたのは水壁である。自身と藍を切り離した水壁。水壁という深い愛。父の愛をイチリヤは忘れない。王の愛をイチリヤは忘れない。
『父上、共に歩むその日まで! どうか、どうか、藍をお守りください。……どうか、ナーシャをお守りください』
イチリヤは届くはずもない心の声を、水面にぶつけた。
船は進む。色大陸から東へ、中央大陸に向けて。中央大陸が見えてくるに丸二日が経った。
「リライ、今日はここでイカリを下ろせ。青の国には急流の大河を北上することになる。夜に運航するのは危険だ」
イチリヤは、目前に迫る大陸に焦ることなく指示をする。大陸が見えてくると、民の士気が上がったのだが、イチリヤはそう言って制した。
「急いて、周りが見えなくなっては危険だ。私はお前たちの命を王様より預かっているのでな」
少し士気を削がれた民に、そう言いながらポンポンと肩を叩いて廻った。イチリヤのその言葉と態度に、民たちも冷静になる。
「イチ王子様、では今日は夜空を見て夕食ですね」
民の一人が声を上げた。
「コラッ、騎士隊長だ。全く気が緩んどるぞ」
「へい! すみません。騎士隊長様!」
船に笑いが起こる。緊迫の数日間を過ごした民たちは、ようやく神経を静めることが出来たのだ。
翌日、陽が上ると同時に船は動き出す。
頭上に陽が上る前に、青の国に繋がる桟橋に到着した。
「お疲れさんです」
桟橋に10人ほどが、舟守で立っている。
その中の一人にイチリヤは声をかける。
「四隻だ。頼めるか?」
「へい、承知しました」
「半分の人数は置いていく。宿も頼めるか?」
「半分ですかい?」
舟守は目を開く。
百の内の五十を置いていくのだ。主に海隊の者。百を越える人数で、青の国に向かえば、先発した民を引き受けてくれた青の国に申し訳がない。加えて、この百人は特殊部隊である。民とは名ばかりの軍隊なのだ。誤解が生じないようにと、イチリヤはそう判断した。
「グレコ、ここで海隊は待機だ。皆を束ねよ」
グレコは不満なのか、イチリヤに挑む。
「私は補佐官です。イチ王子様から離れません!」
「ほら、また王子と言った。それでは連れては行けないのだ。グレコは船に詳しいではないか? 整備を託したい。我らの命を背負っている船だぞ」
グレコはモゴモゴと口を動かし反論出来ない。ムゥッとした様子に、イチリヤは笑いを堪える。
「イチ……騎士隊長! 了解した!」
ドスドスと海隊の方に向かうグレコ。イチリヤはその背に声をかける。
「お前しか頼れんのだ」
グレコの肩がピクンと反応する。
「私が唯一頼れるのはお前だけだ」
イチリヤはその背に父を見る。頼りたいのは王である父。その父が信頼をするグレコ。イチリヤにとって、グレコは補佐官であり父でもある。
グレコはその言葉に……『お任せを!』と、くるりと精悍な顔をイチリヤに向けて発した。
イチリヤは軽く手を上げ応えた。
「ニイヤ、リライ行くぞ」
イチリヤの後をニイヤとリライ、五十程の隊が続く。
「青の国には夜までに着くでしょうか?」
リライの問いに、ニイヤが答える。
「馬がないしな。それくらいはかかるだろうな」
イチリヤが乗っていた馬は、藍の国に放った。皆、足で青の国に向かう。
イチリヤは隊を見る。覚悟は出来ている。いや、覚悟を背負わせた隊である。
帰る家を持たぬ、帰る地を持たぬ。流浪の隊。否、帰る家を望み、帰る地を望み、再びその安住のために、流浪するのだ。
「船旅で体が鈍っているだろう? 訓練だ! 着いてこい!!」
イチリヤは走り出す。背後が活気を帯びる。それを感じながら、イチリヤは思うのだ。いつか、再び藍の地を皆で走りたいと。
青の国目指して走る藍の民。
流浪はこうして始まった。
次話月曜更新予定です。