約束
***約束
「ナーシャ、いい子にしてろ。今行くから。泣くな」
ナーシャの耳にイチリヤの声が届く。ナーシャは見上げた。
イチリヤはすぐそこまで落ちてきている。だが……
『イチリヤ様』
ナーシャは手を伸ばす。
イチリヤは傷んだ翼でゆっくりナーシャの元に降りた。
「ナーシャ。いい子にしてたか?」
イチリヤの手がナーシャの頬を撫でた。
『イチリヤ様、イチリヤ様! イチリヤ様!!』
ナーシャは俯き、イチリヤの胸をトントンと叩く。
その腕をイチリヤは掴んだ。
「ナーシャ、ほら顔を上げて」
ナーシャは首を横に振る。
『ばかぁ、ばかぁ、どうして……』
どうして羽ばたかなかったの? ナーシャは続く言葉を止める。
俯き、ポツリと溢す。
『聞こえてないよね』
「ナーシャ、どうした?」
イチリヤは優しく問う。
俯くナーシャの瞳に映る悲しい現実。腰まで埋まった体。
『お願い、イチリヤ様。もういいの。一目会えたもの。もういいの。どうか、どうか、望むように生きて』
「ああ、そうする」
イチリヤはナーシャを抱き締めた。優しく、優しく……
ナーシャは固まる。理解できずにいた。
「ナーシャ、私に翼があるんだ。理解できているかい?」
ナーシャは暫し思考が停止した。
イチリヤの翼がナーシャを包む。ナーシャは、徐々にその温もりを感じた。
イチリヤの腕と翼の温もりを。
ーーイチリヤ様に翼?ーー
ナーシャの頭が回転し出す。
『え?! イチリヤ様!』
「ん?」
『え?! なんで?』
「やっと、見れた」
イチリヤは優しく笑む。顔を上げたナーシャの瞳を捕らえる。
もちろん、ナーシャもイチリヤの瞳を捕らえる。
「ただいま」
『え?』
「だから、ただいま」
ナーシャの目が泳ぐ。混乱しているのだ。翼があるイチリヤ。
心が大きく揺れる。抑えていたものが溢れだそうと、暴れている。
『イチリヤ様が、……覇者なの?』
声が震える。
イチリヤはフッと笑ってナーシャの小指を捕らえた。繋げた小指を目線まで上げる。
「必ず戻ると約束しただろ。ナーシャを抱き締められるのは、私だけだ」
ナーシャはイチリヤに抱きついた。
『イチリヤ様、イチリヤ様、……大好き』
言葉は溢れる。あんなに押し込めていた言葉を、ナーシャは口にした。
藍の孤島で『視えない声』で、さらけ出していた心の声。ナーシャは想いのままをいつも発していたのだ。
誰も聞こえないのならと、想いのままを"声"にしていた。
ナーシャはその声がイチリヤに聞こえていると思っていない。
「ああ、私も大好きだ」
そう耳にするまでは……




