翼-2
湖の畔を四頭が駆ける。やがて、サンキ達の陣営が見えてくる。
「ニイヤ、見よ。矢だぞ」
馬上からグーレンが愉快に発した。
「さすがグレコスです」
ニイヤが答える。その声も軽やかだ。
「まあな、サンキやヨシアではまだまだ指揮できんだろう」
陣営に近づいていく。布陣から勢いよく矢が放たれる。ように見えるのは……ヨシアである。
「父上!」
遠くからでも聞こえるその声はヨシアの歓喜。
「あれは目がいいからな」
グーレンは嬉しそうに言った。
そして、ヨシアを追うようにグレコスが駆けてくる。
「グーレン!!」
藍の王は笑う。
「全く、グレコと同じだ。久しぶりに名を呼ばれた」
黒と対峙する陣営に、藍の王グーレンが到着した。
歓喜の声が上がる。その声は黒にも届いているだろう。
その声の意味を示すため、藍の王グーレンは立つ。グレコスが立っていた場所に。
圧巻である。
グーレン、グレコ、グレコス。
ニイヤ、サンキ、ヨシア。
皇子。
黒にその姿を示す。
皇子が前へ出る。
「黄昏の刻、藍の双翼が天空を舞う!
その目に宿るは覇者の導。
導かれし覇者は楔を解き放たん!」
声が大陸に響く。
大地が揺れた。
黄昏の刻にはまだ時間がある。
十分な時間、黒に存在を示した。
「さあ、皇子。皆に話してはくれないか?」
グーレンは皇子を促す。
今、何が起こっているのか。それを語れるのは皇子しかいない。
皇子は、太陽の傾きを確認する。
「黄昏の刻まではまだありますね。では、話しましょう。全てを語るにはまず……」
皇子はニイヤに視線を移した。
ニイヤはその意図を汲み取る。懐から『五大陸の始書』を出した。
皇子は頷く。
ニイヤからまず、世界の始まりが語られた。
グーレンは青龍の記憶と重なる。グレコはエデンを思い出す。ニイヤはイチリヤの文を。
サンキとヨシアは眉を寄せ考え込む。グレコスは冷静に始まりを受け止めた。
読み終わったニイヤは、皇子に視線を返した。
「では、転の刻をお話ししましょう」
皇子は、大岩での語らいを丁寧に伝える。
皆、皇子の話を静かに聞く。静けさとは反対に、皆の心は躍動していた。
「……藍の王様は昨日まで青龍でありました」
グーレンは頷いた。皇子の話は青龍の復活まで及んでいる。
「そうだ、私は青龍に身を委ねた。導を護るために。私の記憶には、青龍の記憶も少なからず受け継いでいる」
グーレンは東の空を見上げた。青龍が天に留まっている。
「昨晩転の刻、青龍は復活しました。私の妹も石化から解放されました。そして、これから……」
皇子は間を作る。そこに、ニイヤが皇子の言葉を受け継いだ。
「始めるぞ。そうイチ兄さんから文を貰いました」
ニイヤは文を取り出した。サンキとヨシアに文が渡る。
「エデンの化身カルラ、愛の翼を持つ者。覇者イチリヤ様です」
皇子は皆が待ち望んだ言葉を発した。
黄昏の刻が目前に迫ってきている。
グーレンは命じる。
「グレコス、東より向かえ。リライに合流せよ! グレコ、西より向かえ。リーフに合流せよ!」
色大陸が黄昏に染まっていく。
だが、藍の孤島は藍のまま、黄昏を受け入れない。藍は深き藍のまま。
天空に鎮座する霊獣達。
始まりの刻を待つ。
否、始める刻を待つ。
ーーゴゴゴゴゴォォーー
始まりの音は、湖の奥底から沸き上がる。
黒に対峙する陣営に面した湖が、沸騰するようにボコボコと水が溢れ出ている。
ーーゴゴゴゴゴォォーー
何かが勢いよく浮上した。
天に弾かれたそれは、黄昏に映える黄金色でグーレンの手元に落ちた。
「これは、三種の神器!」
藍の王が霊獣使いたる証し。
「父上、早く装着ください。きっと必要なのでしょう。玄武のために」
ニイヤの進言である。
「いや、私ではない。……ニイヤ、サンキ、ヨシア来なさい」
グーレンの元に集まった王子達。王冠をニイヤに。王宝珠をサンキに。王杓をヨシアに。
グーレンから渡された。
「何をしておる? 早く装着せよ。そろそろイチが来よう」
グーレンに促され、ニイヤ、サンキ、ヨシアは神器を身につけた。
「お前達は、孤島だけに集中せよ」
三人は顔を見合わせる。ニイヤにサンキとヨシアの視線が集まる。
ニイヤは頷いた。
「父上、では」
ニイヤ達は振り返る。落日と同じく、互いに背を向ける。しかし、その背は別つ背ではない。
始めるための背である。
三人が湖の畔に立った。黄金色に耀く神器が湖面に反射した。
天に光が伸びる。
それが合図であったかのように、白虎が咆哮した。
ーー始めるーー
新しい転の刻である。
『我が瞳に宿りし力よ。
主たるは玄武!
我が瞳に映されし孤島に繋がれた玄武である。
力よ! 主に転ぜよ!
主たる大地(台地)に向かえ』
白虎の"言"が放たれた。
孤島は大きく揺れる。
湖に落石が続く。
白虎から覇気が漂う。呼応するように、麒麟から道標が天に描かれた。
麒麟の黄色き道標を力が進む。
白虎の瞳から黒光が溢れ、麒麟の黄色き道標を黒光が進んでいる。
藍の孤島に力が転じていく。
玄武の魂に力が宿っていく。
魂は満ちた。孤島の揺れは、色大陸をも揺らしていた。
『天を仰ぎてエデンを追う。瞳に映るは蒼天の中心に深く深く色づく愛の色。
時を越え、大空を藍の双翼が翔ぶ。霊獣よりも大きなその姿。
エデンの化身『カルラ』
世界を越える覇者の翼。霊獣の転の刻に現れる。
現れよ!!
刻は来た! 楔を解き放て!』
白虎が『カルラ』を呼んだ。『覇者』を呼んだ。イチリヤを呼んだ。
黄昏の天空に愛の翼が現れる。
黄昏を切り裂く翼は突如姿を現した。
藍の上空、麒麟より高き天に。
麒麟が道標を解いていく。黄色き道標は黄昏に消えた。
麒麟はゆっくりその姿を消していく。否、依り代に戻っていく。王冠を身に付けたニイヤに。
目映い光が瞳を焦がす。ニイヤは歯を食いしめ依り代を耐えていた。
麒麟が納まる。
「サンキ! 鳳凰だ。王宝珠には鳳凰だ。来るぞ!」
ニイヤが叫んだと同時に鳳凰が依り代に向かった。朱がサンキを燃やす。サンキもニイヤ同様に耐えた。
そして、ヨシアだ。すでに覚悟は出来ている。水流がヨシアの呼吸を止める。苦しそうにもがくヨシア。
「「ヨシア! 耐えろ!」」
ニイヤとサンキが叫んでいた。
ヨシアの意識が遠ざかる。叫ぶ二人の顔が歪んでいく。ヨシアは意識が……
水流がヨシアの頭に巻いている布を剥いだ。
『三の刻印』が現れる。
隠されていた『三の刻印』
ニイヤとサンキは驚く。
ヨシアは刻印が放たれ、水流の中で僅かに意識を取り戻した。刻印に力がある証しである。
「カッハッ」
息が出来たヨシアに、青龍が戻っていく。否、依り代に。
「ヨシア、大丈夫か?」
ニイヤが駆け寄る。サンキは呆然とヨシアの刻印を眺めていた。
「サンキ!」
ニイヤが呼ぶ。サンキは慌てて二人に駆け寄った。ヨシアの身体を二人で支えた。
「驚いたぞ、ヨシア」
サンキはヨシアの額をペチンと叩いた。
ヨシアは口を尖らせる。そして、「文句は父上に言ってくれ」と返した。
「しかし、キッツいな」
サンキはそう言って、二人を見る。ニイヤもヨシアも同意と言わんばかりに、肩を竦めた。
「父上は、これに耐えていたのか……」
ニイヤは振り返り、揺れる大地にも関わらず、堂々と黒に対峙する藍の王に目を向けた。
霊獣の依り代であることが、いかに辛いことかを身をもって理解した。
が、その感傷に浸る間もなく、事は動く。
色大陸の揺れがピタリと止まる。
異様な静寂が大陸を支配した。
息をすることもはばかられる苦しさが漂う。
天にはカルラと白虎。
カルラの双翼が動く。
ーーナーシャーー
想いはその台地へ。
藍の瞳がその姿を捕らえた。
『イチリヤ様!!』
『その目に宿るは覇者の導。
導かれし覇者は楔を解き放たん』
その目に宿るは覇者の導。
ナーシャの目に宿った藍の色、覇者の導。その導を目に捕らえたイチリヤ、イチリヤの目に映った(宿った)ナーシャ。
導かれし覇者は楔を解き放たん。
互いの目にその姿を宿す。愛の双翼が楔を解く。台地に繋がれた楔を放ち、双翼が天へと……
「ナーシャ!!」
『イチリヤ様!!』
ーーヒューンーー
北東から炎の玉が飛んできた。北東……紅の方角である。
ーーヒューンーー
炎の玉はイチリヤめがけ飛んでくる。
ーーヒューンーー
藍の巨大な双翼に、それが当たらないはずはない。
右翼にドンッと当たったそれは、翼を焦がし藍の羽を降らせる。それでも、イチリヤはナーシャに向かって降りていく。
ーーヒューンヒューンーー
立て続けに炎の玉が飛んでくる。
それは容赦なくイチリヤの翼を襲った。
ナーシャへと向かうイチリヤの軌跡が大きく歪む。痛々しいまでに、羽根が千切れる。
ーーヒューンーー
『イチリヤ様! 駄目、来ては駄目! 羽ばたいて!』
ナーシャは叫んだ。だが、それがイチリヤの右翼を真っ正面で捕らえる。
バキッ
翼が折れる。
『イチリヤ様!!』
イチリヤは孤島に落ちていく。
『イチリヤ様! イチリヤ様! イヤッ! イヤアァァ……』
ナーシャの声が再度孤島を揺らした。
それと同時にナーシャの体は腰まで埋まる。ナーシャは"言"を発しようと、藍の大地に視線を移した。
『私の身を藁に変え……』
「ナーシャ、いい子にしてろ。今行くから。泣くな」
ナーシャの耳にイチリヤの声が届く。ナーシャは見上げた。
イチリヤはすぐそこまで落ちてきている。だが……
次話金曜更新予定です。




