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覇者の導べ  作者: 桃巴


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翼-1

***翼


 藍の瞳から涙が溢れる。

 ナーシャの体は腰まで埋まる寸前で留まっていた。

 膝まで埋まっていた体は、陽が昇ると同時に徐々に沈んでいく。時は待たぬと言わんばかりに。


『……』


 ナーシャは声を失った。もう発する言葉がないのだ。

 ただただ、イチリヤだけを想っていた。声を涙に代えて。

 埋まった体は石のように動かない。その恐怖よりも更なる恐怖は、イチリヤを瞳に映せないこと。

 ナーシャは空を見渡す。

 祈りながら。

 せめて一目会いたいと。

 そしたら、最後の言葉を言えるのにと。ただ、その声をイチリヤが聞けるかはわからない。

 しかし、ナーシャは願わずにはいれなかった。

 せめて、せめて、一目、そして一言をと。


 ーー望むように生きて、イチリヤ様ーー


 それだけを想って。




 藍の地から強い覇気が発せられた。


『白虎よ、刻まれし双翼は来ているか?』


 その声はしゃがれている。

 玄武である。

 魂の残量が尽きようとしている。玄武の声がしゃがれているのは、人同様に老いているからだ。


『お主の体が黄金色になるとき、カルラは来よう。それまで耐えろ!』


 白虎は玄武を鼓舞した。もちろん、青龍も鳳凰も麒麟も。


『フン、耐えるは藍の導だ』


 玄武は導と繋がっている。藍の地と繋がった玄武と導。時を待っている。

 グレコスが言ったように、導の瞳に覇者が映るのを。イチリヤが映るのを。




 陽が頭上に達した。

 対峙するサンキ達は動かない。黒が仕掛けない限り、その場を動かずが作戦であるのだ。

 そこに、朝方出馬させた四頭が戻ってきた。西から戻ってくる。東から出した四頭ということだ。

 藍の旗が落ちることなく、帰還した。


「やはり、賢き馬だ」


 グレコスの元に戻ってきた四頭は、綺麗に並んでいる。自身の役割がわかっている。


「水を用意せよ」


 グレコスは背後の付き兵に命じた。


「着いていけ、わかるな?」


 グレコスは馬にも命じる。綺麗に並んだ馬は列を崩すことなく、水の用意をする藍の兵に着いていった。


「さて、後四頭もそろそろ来るであろう」


 グレコスは東方を見る。まだ気配はない。

 視線を戻し黒を見る。


「鎮まっているな」


 昨晩から続く異変に、やっと落ち着いてきたようだ。

 どうでるか? この対峙が吉と出るか凶と出るか? グレコスは凶と出た時のことを考える。

 攻めて来られたら、船に撤退する。歩兵の多い黒がこの騎馬隊に追いつくことは出来ないだろう。

 だが、攻めてくること……それはまだ導が標的であること、つまり色大陸の覇権を欲していることになる。

 孤島を制覇したならば、喩え翼なくとも導を手にいれた覇者として、黒の王子が大陸を牛耳ることになる。

 サンキとヨシアには撤退を考えろと言った。が、黒がまだ欲に溺れているならば、撤退が意味するところ……

 それは藍の明け渡しに他ならない。

 グレコスは天空を見た。

 霊獣達は朝から天の位置を動いていない。

 味方であると信じたい。が、今や何かが始まっているのは確かで、それが導争奪戦の行方を傍観しているのかもと懸念していた。




 陽が西に傾いている。

 だいぶ時が経ったようだ。

 グレコスは眉間にしわを寄せた。来るべき四頭の馬がまだ戻っていない。それに気づいたからだ。


「何故だ?」


 一抹の不安が過る。

 が、それを一掃する土煙が近づいてきた。馬の蹄の音が大きくなっていく。


「やっと来たか。……んっ?」


 グレコスは目を細める。馬に人が乗っているように見える。ならば、海岸に配置した兵になる。

 しかし、藍の旗が舞っている。

 グレコスは直ぐに反応した。


「馬が乗っ取られた! 東方、布陣"矢"で警戒せよ! ヨシア様を守れ!」


 隊の東方が一気に動いた。隊の布陣は、矢の形で矢の内側中央にヨシアがいる。


「西方、前方布陣"弓"!」


 東方を補うように、西方が弓型一列で並び黒に対峙した。サンキがグレコスの位置に来る。


「グレコス、ここは私が守る。グレコスはヨシアを補佐しろ」


 互いに頷き、グレコスは西方に移動した。


「ヨシア様!」


 グレコスが西方に移動したと同時に、何故かヨシアの馬が駆け出していた。矢の先端兵の脇をすり抜けて。

 グレコスは叫ぶ。その声が届いたのか、ヨシアは拳を突き上げた。


「父上だ!!」


 ヨシアはそう言って、グレコスにはちきれんばかりの笑顔を向けた。

 グレコスは目を見開く。そして、グレコスも駆け出した。確かに見えるは、藍の王グーレンなのだ。


「グーレン!!」


 ヨシアの馬が先に合流する。続いてグレコス。

 四頭の馬には、

 藍の王グーレン

 グレコ

 ニイヤ

 皇子

 が跨がっている。

 ヨシア、グレコスは見知らぬ皇子に警戒する。が、藍の王の存在に歓喜している。

 四頭の馬の到着が遅れたのは、ルートが外れていたからではない。


 それは……




 小舟が海岸に近づく。


 ーーピュゥーー


 リーフは合図の口笛を吹いた。


 ーーピュゥウーー


 返答が聞こえる。

 リーフは辺りを警戒しながら小舟を岸に着ける。


「リーフ様、何故こちらに?」


 海岸に配置した兵が姿を現すと同時に訊いた。


「船は三隻になった。ニイヤ様の隊と合流したのだ」


 リーフはニヤリと笑う。


「本当ですか? では、藍に帰還なのですか? えっ、ではイチリヤ様もですか?」


 疑問だらけなのだろう。集まった兵は突然のことに戸惑っている。


「よく聞けよ。藍の王様もグレコ様も船に乗っているのだ」


「な、な、な」


 兵はさらに驚いて、言葉が出てこない。


「落ち着け。状況は変わった。作戦を変更する。藍の王様の命令である」


 "藍の王様の命令"

 この言葉で兵は背筋を伸ばした。


「作戦に追加がある。船上の人員は全部で八十。海隊二十、陸隊五十、死地隊十である。海隊二十は船に配置。残り六十を半々に分け、白と紅に対峙させる」


 兵は頷く。リーフは続けた。


「藍の王様、グレコ様、ニイヤ様、他一名がサンキ様達の陣地に向かう。私とリライは白と紅に対峙する隊を指揮する。お前達を陣地間の伝令隊に命じる。今はここの警戒を」


 リーフは早口で告げる。兵が頷くのを確認し、小舟は戻っていった。


 海岸に二隻の船が着く。一隻は海上に停泊している。海隊二十名とソフィア、サンジュが乗っている。

 二隻から、続々と兵が降りる。もちろん、藍の王グーレンも。


「やっと地に足がついた」


 グーレンは地を踏み締めていた。


「父上、皆に一言お願いします。皆が父上のお言葉を待っております」


 ニイヤから言われ、グーレンは周りを見渡した。先頭のニイヤの船に乗っていなかった隊の者には、藍の王グーレンのその姿が眩しい。

 皆の瞳が潤んでいるのは仕方がないこと。


「泣くにはまだ早い! もちろん喜ぶにもだ! 今日、藍は必ず復活する!」


 集まった者が息を飲むのがわかる。腹に力を要れた者達が、藍の王の次の言葉を待つ。


「黄昏の時、それまで藍の孤島を守れ! 何人も孤島に入れるな!」


 一斉に皆が頷いた。ニイヤは間を開けず命じる。


「リーフの隊は白に対峙、リライの隊は紅に対峙。伝令はまずリーフとリライに着け。湖まで、一気に駆けるぞ」


 こうして、藍の王達は湖に向けて出発した。頭上に太陽が昇る寸前に湖に到着する。

 黒と紅の偵察は、この六十もの移動に通常なら気づいているはずだ。

 だが、昨晩からの異変で、霊獣の動向に視線が向けられている。黒に至っては、対峙する藍の偵察に神経を割いていた。

 しかし、藍の王達は偵察を意識し、留まる時間を取らずに行動する。


「リーフ、先に行け! お前の隊が一番遠い陣地だぞ」


 グレコに言われ、リーフは任せておけと言わんばかりに、胸をトンッと叩いて応えた。

 父と子である。豪快なグレコの性格を真っ正直に受け継いだのがリーフだ。

 勢いよくリーフの隊が移動した。

 次はリライだ。ニイヤは、リライの肩に手を置く。


「紅の王子に気を付けろ。いいか、最初に導を暴いたのが紅の王子だ。今まで、藍の落日より何の動きも見せていない。何か仕掛けるならば、今日だ」


 リライは大きく頷いた。

 ニイヤには、黒よりも紅の沈黙の方が不気味であった。


「はい、十分注意します。孤島に一歩たりとも侵攻させません」

「よし! 行け、リライ。後でグレコスを向かわせる。私も紅の動きが気になるでな」


 藍の王グーレンはそう命じた。リライがふわりと笑った。父であるグレコスを藍の王が寄越すと言った。それが嬉しくないはずはない。

 リライの隊も出発する。

 ちょうどその時である。蹄の音が近づいてくる。皆が一斉に警戒した。だが、先に出発したリーフがその馬を見過ごすわけがない。

 否、見過ごした。作戦で出馬させた藍の馬であるからだ。

 リーフにとって警戒すべき存在ではない。


「ん?」


 その馬に藍の旗が舞っている。


「そうか! 藍の馬か」


 船上でリーフから聞いた作戦を思い出し、グーレンは命じる。


「警戒を解け! 藍の馬である。サンキ達の作戦の一つだ。ニイヤ、グレコ止めるぞ!」


 藍の馬が駆けてくる。藍の馬は賢き馬。正面をグーレンが手を広げ待つ。グレコとニイヤが、左右で構える。


「止まれ!」


 グーレンは一言だけ言って、駆けてくる馬に覇気を送る。

 そのスピードは落ちない。だが、グーレンに焦りはない。

 リライの隊が息を飲む。

 藍の王グーレンのマントが大きく風に舞った。

 先頭の馬のスピードが減速していく。しかし、駆けるのは止めない。

 グーレンは笑った。


「よくやった! 来い」


 グーレンは手を前に出して、馬を待つ。

 馬が嬉しそうにグーレンに頭を寄せた。グーレンはヨシヨシと撫でる。


「こら、リライ。早く行かんか」


 グーレンは留まっているリライに言った。

 リライの隊が動き出す。残ったのは、藍の王グーレン、ニイヤ、グレコ、皇子、四頭の馬である。


「不思議な民ですね」


 皇子がポツリと呟いた。


「何が不思議かな?」


 グーレンは、馬を撫でながら皇子に問いを返した。


「王と民が近いですね。私が……生きた東の国では、"大君"と民はほとんど接触はありません」


 皇子には、王と民との距離が近いことが不思議であった。


「そうか……、いや、そうであろう。青龍の記憶の中にある"大君"は、皆に陽を照らす存在であった。皆に平等に陽を照らす。それを全うするには、常に孤独である必要がある。誰かと接触すれば、皆全員に接触せねばならんしな」


 皇子は"ああ"と納得した。大君の記憶が語っている。


「では、西の国の王は何故そのように、全てを愛でようとするのです?」


 グーレンは愉快に笑った。


「東の国は陽が昇る国、西の国は陽が沈む国。沈む一日全てを抱きしめるのが、西の国。沈む黄昏の色は、心を照らす。その日の喜びも悲しみも、幸せも、怒りも、悔しさも全てを。負の感情さえ愛でる、それが西の国」


 グーレンから溢れ出るオーラは、何処までも深く優しい。尽きることのない深き愛である。


「……東と西は、二つ揃って意味を成すのですね。何となくわかりました。対が在るからこそ、世界は綺麗な色を成す。平等に照らすだけでは世界は無色ということ」


 皇子は微笑んだ。そして、気づく。


「だから、愛する唯一を欲するのですね」と。


「ああ……そうだ」


 グーレンの顔に哀しみが宿る。リシャを思い出していた。


「グーレン、行こう。私達の唯一を守るために」


 グレコはグーレンの哀しみを汲む。


「父上、行きましょう。藍が待っています。ナーシャが待っています」


 馬がぶるんと体を揺らした。


「ああ、行こう。少し休み過ぎたな」


 グーレンはそう言って、馬に跨がった。皇子は、頭を下げる。


「すみません、私が訊いたばかりに」と。


「いやいや、謝ることではない。皇子は真面目だな。馬は乗れるか?」


「はい。藍王様ほど様にはなりませんが」


 皇子も馬に跨がった。一人だけ浮いているのは、衣が違うから。

 ニイヤもグレコも馬に跨がる。

 駆け出した時には、陽が頭上から少し傾き始めていた。黄昏の刻まであと半日もない。

次話木曜更新予定です。

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