揃いし天空-1
***揃いし天空
夜空を裂いたのは青い稲妻。
だが、それは天から放たれたのではない。地より、否、湖の底から産声をあげるように、天に向かって放たれた。
それを誰よりも間近で見たのはナーシャである。
『父上!』
その声に応えるように、青き光が藍の孤島上空をクルクルと回る。
ナーシャの瞳から涙が溢れる。
『父上、良かった……良かった……』
湖に沈んだ藍の王。あの日から、もう幾夜の月が過ぎていた。
上空を舞う青龍が、その存在を知らしめる。十分に舞った後に、青龍は東の空に離れて行った。
『父上?』
ナーシャはその軌跡を追う。離れていく藍の王。
感傷に浸る間もなく、上空に飛来する炎は夜空を燃やしている。闇を燃やしている。
ナーシャは色付く空の、それに視線を移した。
『鳳凰だわ』
青から朱に闇は色を変えた。
落日から幾十日過ぎている。鳳凰はその間、どこに身を置いていたのだろうか?
「行きましたね。難しい航海ですが、きっとリーフならこなせましょう」
グレコスは遠ざかる船を、サンキとヨシアと共に見送っていた。
「さあ、我々も準備をしなければ」
サンキは背伸びをしてから振り向いた。拠点の周りにはすでに民が、それを準備していた。
「四日で仕立てましょう」
ヨシアは楽しげに言った。その披露の瞬間を想像してか、ヨシアは楽しげなのだ。
ゴツン
グレコスはヨシアの頭を叩いた。
「イッタ!!」
頭を抱え込み、しゃがむヨシアにサンキは笑いながら言った。
「ブワッハッ、お前馬鹿だろ。グレコスがお前に、それを任せる許可を出すわけなかろう?」
サンキはニヒヒと笑い、グレコスの前で胸をはった。
さも自分がその役割を任されると言わんばかりに。
ゴツン
「イッテ!!」
サンキも叩かれる。
「イチリヤ様の代わりは居りません」
「まあね」
二人同時に納得する。
「では誰が?」
サンキがグレコスに問うた。
「藍の馬は賢いですからね」
そう言い残し、グレコスは準備をする民の方に歩いて行った。
残されたサンキとヨシアはガックリと肩を下げた。
四日後、闇の中を進むは海隊三十名と、死地の民三十名を足した六十名ほど。加えて……
「なあ、グレコス。私の目に確認出来るあれを、お前も見えているか?」
サンキは目をパチパチと瞬かせる。
「サンキ兄さん、私も見えますよ」
ヨシアは嬉しそうだ。
「良かった。私もです。全くグーレンは隙がない。あれにここを護らせていたとは」
出発の合図と共に現れたのは、朱き鳳凰である。
死地の入り口の横に鎮座するは大木である。まさかそこを鳳凰がねぐらにしていたとは。
死地を行き来するリーフ達伝令も全く気付かなかった盲点だ。
「まさか着いては来ませんよね?」
サンキはその朱が連れ立つと、自分達の存在がバレてしまうのではと危惧した。
「大丈夫ですよ」
グレコスは笑う。
「きっと見送ってるだけでしょう」
と言って。
「では行くか!」
サンキ率いる三十名は黒の陣営の方に進む。ヨシア率いる三十名の民は、一斉に散らばって馬の回収に走った。
グレコスは八頭の馬を器用に進めさせていた。一人でである。
馬で駆けるは、その音で気づかれてしまう。特に黒は夜目が効く。細心の注意をはらう。
馬軍が対峙できなくとも、突如陣が現れるだけでも十分に動揺を与えよう。これ以上、藍に侵攻は許さぬと示すのだ。
出来れば、早朝までに馬を五十頭は準備したい。ヨシアの役割である。
月が嬉しそうにその様子を眺めていた。
これから始まるは転の刻。
中央大陸、エデンの台座ではその頃、皇子が到着していたのだ。
静けさは、その時を待つために存在しているのか?
静寂の中をサンキ達は音もなく進んでいる。音が出ないのが不思議なくらい静寂の中を。
合図だけで隊は進んでいく。まだ黒に気づかれる位置ではない。サンキの隊がまず目指したのは湖である。
死地を間近にする白と紅に気づかれないように、息を殺し進むは落日の時と同じである。
迷いはしない。孤島は隆起しているのだ。
真っ直ぐにそれに向かう。
途中、ヨシアの隊から馬が合流していく。馬の回収は順調のようだ。
ギリギリまで気づかれないように配慮したルートをとる。湖に突き当たり、湖沿いに南下する。
グレコスは一人、馬に囲まれながら最短ルートを進んでいる。グレコスと馬八頭が先陣をきっているのだ。単なる馬の群れに見えるように。
風が舞った。
東から真っ直ぐに。
何かを喚ぶように。
湖面が揺れる。
いち早く異変に気づいたのはグレコスだ。
すでに、湖を背に黒に対峙する場所に陣をとっていた。
背後で懐かしい気配がして、グレコスは湖面を見つめた。
「グーレン……」
声を出すなどあってはならぬのに、
この作戦での禁忌であるのに、
グレコスは呟いたのだ。
刹那、青い稲妻が昇った。
上昇する稲妻が、各陣営の目を上空へと向けさせた。
「今だ! 馬に乗れ!」
細いが鋭い命がヨシアから発せられた。ヨシア達は白の偵察に気づかれる寸前であった。
その時、稲妻が走ったのだ。
地上の目が上空に注がれる。
ヨシア達は乗馬し、駆ける。サンキの隊まで。
余所見はしない。それを見る余裕はあるが、ヨシアはしなかった。
ーー遊びじゃない。民の命を預かっているーー
前方に人影が見えた。サンキの隊である。ヨシアは軽く手を上げて、速度を落とした。
一旦、隊は止まった。
サンキもヨシアも声を出さず、目で会話した。お互いに納得したようだ。サンキは、先程のヨシア同様に細いが鋭い声で命じた。
「全員の馬が揃った。速やかに乗れ。いいか、一瞬だけだぞ。私の合図で上空を見ろ」
隊は六十名。馬も当初の予定を遥かに越え、ヨシアの隊の分も回収できた。
皆が声を押し込めているのは知っている。
サンキは軽く手を上げた。
皆が一斉に上空を見る。青龍が藍の孤島の上空にいた。
だが、サンキもヨシアもそれを見てはいない。周囲を警戒する。それが役目であるからだ。
「行くぞ」
今度はヨシアが命じた。
隊は動く。グレコスが待つ陣地まで。青い光を感じながら。きっと各陣営は眺めているだろう、上空を。
だから進むのだ。今のうちに。
合流と同時に、闇の中に朱が際立った。
これで、まだ各陣営の視線は上空にある。
サンキとヨシアは、グレコスと顔を見合わせた。
陽が昇るまで時間はある。今から、陣営を作るのだ。
馬を適度に配置し、黒からの視界を防ぐ。ごく自然に馬の群れを作った。藍の馬は賢い。
グレコスは、ニヤリと笑ってサンキにウィンクした。サンキは肩をすくめる。
背中に担いできた荷物を下ろし、テントを張る。皆が予定通りに動いていた。
上空では鳳凰が舞っている。
次話日曜更新予定です。




