表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇者の導べ  作者: 桃巴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/48

死地-再び

***死地




「グレコス! グレコス!」


 サンキはグレコスを呼ぶ。グレコスは、支援隊を桟橋で迎えていた。それを確認し、サンキは呼んだのだ。


「はっ。何でしょう?」


 グレコスは強ばった顔つきで、サンキを伺っていた。


 それも仕方ないこと。遠く目をやると、死地からでもはっきりわかる隆起した藍の孤島。


 一度目の揺れの後の二度目の揺れは、比べ物にならないほど大きな揺れであった。


「グレコス、まず何をしたらいい? 私は……どう指示したらいいのだ?」


 まだ統治の経験のないサンキは、この事態の収拾を指示できずにいたのだ。


 サンキはまだ二十歳にも満たない若輩者である。ヨシアに至っては、まだ幼さが残っている。


 死地の統治はニイヤが立志したのだが、青の国のソフィア姫との婚儀を密に進めていた藍の王は、グレコスを補佐につけることで、サンキとヨシアに死地を任せることにしたのである。


「まずは、落ち着きましょう。冷静に」


 グレコスはリライの父である。リライの冷静さは父譲りである。と言っても、血は繋がってはいない。


 リライもリーフも、刻印の王子の選定時に、城に集められた孤児である。


 王子に選ばれなかった孤児を、グレコスとグレコが育て上げたのだ。


「だが、落ち着けと言われても……」


 サンキは藍の孤島、支援隊、そして死地へと視線をさ迷わせた。


 サンキはどうしたらいいのか、と頭が一杯になっていた。


「すぐに、伝令を出そう。すぐにニイヤ兄さんに報せねば」


 サンキは今にも伝令を出す勢いである。いや、慌てようである。


「冷静に、サンキ様」


 サンキの前に立ちふさがり、グレコスはいさめる。


「まずは、リーフの報告を待ちましょう。藍の地で何があったのか。伝令を出すのはその後でいいでしょう」


 グレコスはそう言って、強ばった顔を無理に歪ませ、笑顔とはほど遠い顔を作って見せた。


「……その顔は笑っているつもりか? プッ」


 サンキはグレコスの歪んだ笑顔に、思わず笑う。


「サンキ様は、笑っておられますね。そのくらい力を抜いて周りを見てください」


 グレコスはフフンと笑った。


 してやられたのだ、サンキは。


「はぁ……、グレコスには敵わないな。そうだな、ああ、そうだ。まずはリーフを待とう。考えてもみれば、あの孤島ではきっと白も黒も、紅も征服出来ぬであろうしな」


 グレコスは頷く。そして、何かを言いかけるその口を、サンキが制した。


「グレコスは、支援物資をまず拠点に」


 サンキの指示は、グレコスも考えていたことだ。それを先んじられた。グレコスはニッと笑う。サンキの視野が広がった。それが嬉しくて。


「サンキ様は、すぐに拠点にお戻りください。リーフが急ぎ向かっているでしょう」


 サンキは"ああ"と了承し、軽く手を上げて拠点に戻っていく。


 拠点に戻ると、すぐに偵察隊からの伝令が入る。


「ハァハァ、リ、リーフ様は、ハァハァ」


 伝令は、息つく間もなく死地に来たのだと理解できるほどの息遣いだ。


 サンキは配下に水を持って来させる。


「急くな。ゆっくりでいい。さあ、水を飲め」


 偵察兵は、ゴクゴクと水を飲み干す。


「黒が仕掛けたのです。青龍様が、青龍様が黒の土砂を退けました。身をはって……湖に突進し、昇ってきません。その後です。藍の孤島が隆起しました」


 偵察兵は一気に伝えると、力なくへたりこんだ。


 あまりにも少ない報告であるが、これほどまでに事態を簡潔にした報告はない。


 詳しくは、後でいいのだ。サンキは事態を理解した。冷静さが頭を鮮明にさせている。


「馬を用意しろ!」


 サンキは叫んだ。その声にヨシアが反応する。


「サンキ兄さん! 行くのですか?!」


 その問いに、笑って見せる。グレコスがしたように。フフンと。


「藍も陣地を建てる」


 サンキは不敵な笑みを見せる。ヨシアは一瞬驚いたが、サンキの笑みに同調しニヤリと笑った。


「サンキ兄さん、驚かせましょう。白も黒も、紅も」


 その場にいた伝令は、挙動不審になった。恐る恐る声を出す。


「あの、陣地を建てるには人員が足りませんし、それに我が藍の兵隊はほとんどいませんが」


 サンキとヨシアは肩を組んで笑った。


「妙案がある。いいか、急ぎ戻りリーフに伝えよ。偵察をニ人置き、帰還せよとな」


 伝令の不安げな顔が、二人の笑んだ顔で吹っ切れる。二人揃った時の爆発力は、藍の国では有名であった。


 暴れ馬であっても、二人にかかれば一瞬で捕獲できるほど。……従順にさせるのはイチリヤであったが。








 計画を聞いたグレコスもリーフも眉間にしわを寄せ、険しい表情になった。


「無謀過ぎます。もし、攻めてきたらどうするのです?」


「飛び込むさ、湖にね」


 サンキはフフンと笑った。グレコスの真似を完全に自分のものにしたようだ。


「無謀にも程がありますぞ」


 グレコスはサンキをいさめるが、ヨシアは飄々と返した。


「予定通りの行動と思わせればいいのです。孤島は隆起した。日を待たずして、陣地を建てる。白も黒も、紅もまだ私達の存在を知らない。急遽現れた藍の民に、驚くでしょう」


 ヨシアはさらに続ける。


「平然と立つのです。各陣営に見せつけるのです。こうなることは予定通りだとね」


 軍師である。幼いが、要を突いてくる。


 だが、年の功は黙ってはいない。グレコスは言った。


「ここはどうするのです? 拠点を空にするつもりですか? 人員はどうするのです? イチリヤ様に何と報告するのです?」


 そして、フンと鼻息を鳴らす。


「湖に飛び込んでからは?」


 と付け加えた。


 サンキは真顔でグレコスに対峙した。


 サンキは詳細を話す。陣地を建てる詳細を。


「陣地を孤島自身にする。人員は、ニイヤ兄さんの海隊三十名と八馬。一隻の船だ」


 グレコスは目を閉じ聞いている。


「まだ藍の馬は、どの陣にも従わず孤島周辺に居よう。三十いたらいいが。馬軍を編成する。黒に対峙させる」


 そこまで話して、サンキは間を持った。グレコスの反応を確認するためだ。


 グレコスは小さく頷く。ここまでは了承したと言うことだ。


「死地は放棄する」


 ここでもサンキは間を置く。グレコスは頷かない。だが、サンキは続けた。


「死地に居る民は百五十名ほど。五十名を船に乗せる。今夜出航したら黒と紅の国境の海岸には四日後に到着するはずだ。その五十名は紅に対峙させる」


 サンキはここで話を止めた。グレコスを待つ。


 グレコスはゆっくり目を開けた。


「残り百名は白に対峙させる」


 それを待っていたように、サンキは発した。


「つまり、四日後に船が到着するのにあわせて、陣地が三つ建つということですね?」


 リーフがそう言った。


「突然建つのです。朝目覚めると出現する。各陣営に対峙して。当たり前のように藍はそこに立つのです」


 ヨシアは言った。はったりのような作戦である。だが、これほどに各陣営に動揺を与える作戦はないであろう。


 だが、グレコスはまだ頷かない。


「撤退方法」


 低い声である。グレコスからは一言だけ。


 撤退方法である。作戦を考えることは誰にでも出来ることだ。この作戦の場合の弱点は、攻められたら終わり。


「対峙し、動揺を与える。ではその先は? 自己満足でこのようなことをして、何を得られる?」


 グレコスの目は鋭くヨシアを射る。


「途中で何か不手際が起きたときは? 船に伝令は出せません。我らの船は一隻です。馬軍に伝令は追い付きますか? 音もなく、各陣営に気付かれず成せますか?」


 グレコスの言葉がサンキとヨシアを突く。


「一名の犠牲も出すな。イチリヤ様の厳命です。覚えておられますか?」


 さらに追い討ちをかけて、グレコスは二人をいさめる。


「お二人の作戦に、反対はしておりません。ですが、配慮が足りません。……今までは、イチリヤ様が補っておられました」


 イチリヤの名が出て、二人はビクンと反応する。


「イチリヤ様はここには居ません。作戦の後をお考えください。もちろん、作戦の意義も踏まえてです。イチリヤ様は居ないのです。お二人がこの死地を治めているのです」


 そうである。二人の行動はいつも成功していたが、それは目に見える範囲だけである。


 馬を捕らえる。捕らえる見せ場は成功するが、その後だ。イチリヤが最後の〆を補っていた。


 今回もそうである。作戦は間違ってはいない。だが、その後だ。


 サンキもヨシアも唇を噛み締めていた。


「だから、グレコスがいるのだろ!!」


 ヨシアが怒鳴る。


「私はイチリヤ様ではありません」


 と、グレコスは怒鳴るヨシアに冷たく言い放った。


「グレコス、ではお前は何のために私達の傍にいるのだ? 私達の補佐ではないのか?」


 サンキは幾分ヨシアより感情を抑えているものの、不満げに言う。


「では、私が考えてもいいのですか? ご自身の役割を放棄するのですね?」


 グレコスは挑発的に笑って言った。


「作戦は成功しましょう。ですが、その後はサンキ様もヨシア様も放棄なさる。治めることを放棄なさる。そこからは私がイチリヤ様の厳命を実行しましょう。『一名の犠牲も出すな』お二人が考えないのなら、私が成しましょう」


 これほどまでに挑発して。


 サンキもヨシアも真っ赤に噴気している。


 しかし、グレコスは介さない。


「いつまでも子供ではいられないのです! 遊びじゃない! 片付けが出来ない子供では、藍の民の命は預けられない! いい加減に、恐れを知りなさい!」


 グレコスの怒号が二人を萎縮させた。


 グレコは藍王にその姿が似ている。グレコスは藍王にその声が似ていた。


 二人は息を止め、グレコスを見ている。


 藍王を見ている。


「成功だけを見てはいけません。損ずる痛みに目を背けては、得るものはございません」


 二人は項垂れた。


「考えましょう!」


 リーフは豪快に言った。


 この場で一番能天気と言おうか。その声は快活だ。


「馬軍まではいいのです。その後からのこと。気付かなかったことを、グレコス様が教えてくださいました。要するに、考えればいいのです。失敗したときのことも、不手際が生じたときのことも」


 問題は簡単だと言わんばかりに、リーフは言葉を繋げていく。


「穴のない、隙のない作戦を考えればいいのです。サンキ様、ヨシア様」


 豪快であった。グレコのようにリーフは豪快に言った。


「だいたいグレコス様は慎重過ぎますよ。父上がいたら、きっと『この石頭が』と言っていたでしょうね」


 グレコスの眉がピクピクと動いた。


「リーフ、藍王様と私はな。幼き頃、グレコの行動に振り回された。あやつは何も考えず突っ走る。尻拭いはいつも私だったぞ。あの無鉄砲を見習うなよ」


 グレコスは仏頂面で返した。リーフはハイハイと頷きながらも、まさに無鉄砲な案を次々に発言していく。


「もう面倒ですから、陣を三つ建てるのでなく、藍の孤島を取り囲んじゃいましょう!」


 などと。


 さすがに、サンキもヨシアも面食らう。孤島と言えども広大である。湖もあるのだ。その周辺を囲むなど、藍の民総出であっても困難だ。


「おいおい、リーフ。それはさすがに無謀だ」


 サンキはこのリーフの発言で、吹っ切れたようだ。ほんの少し前の自分を見ているようだった。


 作戦を考えるのは簡単だ。だが、実行し成功するには? 犠牲もなく成すためには、補わなければいけない。


 実行し"成功"し、"終える"には。


 この作戦の意義とは?


 サンキはグレコスをチラリと見る。藍王を見る。そこに導く者がいる。


 冷静に、慎重に、全てを成す。全てとは何か?


 サンキは大きく息を吐き出した。目が冴えてきた。頭が冴えてきた。


「藍に侵攻するは黒のみ。黒に対峙する。霊獣が護りし藍に白も紅も侵攻しまい。だが、白にも紅にも動揺を与えたい」


 サンキの声が通った。グレコスはフンと応え、頷いた。ここまでは合格のようだ。


「黒への対峙は先言の通りで良かろう。ただ、人員は増やす。撤退は馬軍故、問題はない。ただ死地に撤退するは得策にあらず。我らの所在を知られてしまうしな。撤退場所と、白と紅へ与える動揺をどうするか? グレコス、こうでいいか?」


 サンキはグレコスの反応を伺う。


 グレコスの口角が上がる。サンキはそれだけで高揚した。


「撤退場所は船。動揺は……やはり囲めばいいのです。何も囲むは」


「人でなくてもいい」


 グレコスに最後まで言わせなかったのはヨシアだ。ヨシアも口角が上がっていた。


「イチ兄さんのように!」


 ヨシアは藍の旗を掴んだ。

次話金曜更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ