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覇者の導べ  作者: 桃巴


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37/48

昇-2

 四日後、転の刻。

 月は吊り上げたような口をして笑っている。

 いち早くエデンに着いたのは、皇子である。もちろん石像の導と共に。

 そこに、またもやあんぐりと口を開けて到着したのはグレコである。

「お、狼殿であるか?」

 グレコは探るように問う。

 皇子はグレコに微笑んだ。そして、一瞬で狛犬の姿に変えた。

『疑い深い奴だな』

 口調が変わるのは、霊獣になっているから。狛犬はその一言だけを言い、またも皇子の姿に戻る。

「信じていただけましたか?」

 優しい口調は皇子である。

 グレコはあんぐりした口をさらにあんぐりさせ、目も大きく見開いた。

「そんな顔で、イチリヤ様を迎えるのですか?」

 皇子はクスクス笑って言った。

 グレコはムムッと顔を元に戻す。

「狼殿、私は何をすればいい?」

 皇子と石像の導に進んだグレコは、軽く頭を下げて言った。

「この台座はエデンと言うのですよ」

 皇子は穏やかに言って、石像の導を台座に横たえた。

 グレコは無言で皇子を見ている。

「私の妹です」

 皇子は石像を優しく撫でた。

 グレコはグッと声を抑える。出そうになる声。問いそうになる。だが、イチリヤは言った。理由は訊くなと、行けばわかると。

「月が笑っていますね」

 皇子の顔が強く変わる。数百年の想いなのだ。

「このエデンより東に待機ください。しっかり受け止めてください。霊獣を扱えるは藍の王様だけですので」

「なっ!」

「始めます! 行きなさい!」

 グレコは一瞬声を出した。だが、それも皇子の気迫の声で制された。

 グレコは台座の東に走る。

「上空です。貴方なら、藍の王様を受け止められましょう!」

 その声でグレコは瞳が潤んだ。何が起こっているかはわからない。だが、イチリヤはお前にしか出来ないと言っていた。

 ーー父上を受け止めるのは、お前にしか出来ないーー

 そう言われているのだと。

 皇子は首にかけていた青龍の魂を外す。石像の導の胸にソッと置いた。

 ーー姫、私に力をーー

 皇子は祈る。


 そして、その刻が始まった。

 エデンの東からブオンと風が走った。


 上空に感じるは麒麟の覇気。

 皇子は衣の袖をビリビリと破る。四枚の切れ端を作り、息を吹きかけた。

 切れ端が宙を舞い台座を囲む。

 皇子と四枚の切れ端。五人の言霊の者が台座を囲んだのだ。

 台座が光る。

 皇子は上空を確認した。見えずとも、覇気でわかる。

 ーー始めますーー

 皇子の心の声は上空に翔ぶ。

「ーーーーーーーー」

 いにしえの"言"が放たれる。

 グレコは上空を瞬きもせずに見つめる。

 突如黄色い光が台座へ一直線に向かった。

 だが、グレコは瞳の端でそれを確認しただけで、上空をただただ見過ごさぬようにと凝視している。

 麒麟の黄色い光の始まりからさらに上空に、それが姿を現した。

 グレコは目を擦る。

「鳳凰?」

 翼は大きく長い。落日に見た鳳凰より格段に大きい翼。その中心に人影を確認し、グレコは声を紡がずにはいられない。

「覇者……あれは、覇者だ! 藍の翼を持つ者!」

 事はそれで終わるはずはない。

 西から暴風が吹き荒れる。

 何か来る。グレコは感じ取った。懐かしきそれを。

 西から青き雷が空を這う。麒麟が駆け出した。青き雷に向かって。青龍に向かって。

 グレコは叫んだ。

「うおぉぉぉぉ」

 青光が東に向かって昇っていく。青き龍は昇る。青龍の魂が入ったのだ。

 グレコは走る。青龍から落ちていく人影に向けて。藍の王に向かって。

「グーレン! 儂に落ちろ! 儂が受け止める!」

 突進するグレコ。

 体を滑らせ、グーレン……いや、藍の王を受け止めた。

「グーレン! グーレン!」

 グレコの叫びが藍王の意識を呼び覚ます。

「うるさいぞ、グレコ」

 藍王はゆっくり体を起こした。

「全く、お前の声はいつもうるさい。だが、懐かしいものだ。久しぶりに名を呼ばれた」

 藍王はグレコに支えられながら、立つ。

「……っ、んぐっ」

 グレコが泣いている。

「うるさい、うっとおしい、後は何だ? あー、しつこい。その汚い顔を何とかしろ。こんな奴が我が右腕ではかなわん」

 藍王はグレコの頭をペチンと叩く。

「グーレンのバカ野郎!」

 グレコは袖でゴシゴシと顔を拭いた。

 藍王は笑う。

 そこに、

「失礼します」

 と、皇子が皇女と共に歩み寄る。

「藍王様、青龍に指示をお願いします」

 皇子は上空を指差した。青龍が天空を舞っている。

「……神器がなければ、我の声は霊獣を扱えん」

 藍王は青龍の上物に入る時に、神器を失っていた。今は、湖の奥底にあるだろう。

「エデンに行きましょう」

 皇子は笑った。

 皇子の後ろを隠れるように歩く皇女、その後ろをグレコに支えられながら藍王が歩く。

 エデンの台座はまだ光っていた。

 皇子は振り向く。

「神器……、藍王様が使いし三種の神器ですが、神器ではないのです」

 皇子はそう言うと、皇女の背にソッと手を携える。

 皇女は恥ずかしそうに、藍王とグレコに視線を送った。

「私が身に付けていたものです。儀式の時に」

 細く伸びる声だった。そう言って、皇子の背に回り込む。

「すみません、慣れていないのです。殿方と面せず過ごしていましたので」

 数百年前の導もまた、ナーシャ同様に外の世界から切り離された生活であったのだ。

 藍王は頭を軽く振った。

 青龍であった時に知らされた事実を思い出す。霊獣と交わした会話を。

 話に全くついてこれないのは、グレコだけである。

「名乗りなさい」

 皇子はまた皇女を促した。

 皇子の背中から、ちょこっと顔を出した皇女は、か細い声で言う。

「三珠と申します」

 その響きを藍の王は復唱する。

「サンジュ?」

 皇子は頷いた。

「サンジュが身に付けていたものに、力が宿ったようなのです。サンジュは儀式の最中で石像になってしまいました。ただそれは、体と羽衣だけで、宝飾物は石になりませんでした。


その宝飾物が霊獣鳳凰様より、初代藍王ハリャン様に届けられたのです。言霊を霊獣に譲った藍王様ですが、どういうわけか、サンジュの宝飾物を持つと言霊を使えたのです」

 皇子は軽やかに説明するも、藍王とグレコには疑問が残る言葉だらけである。

 数百年前の儀式のことを、藍王もグレコも知らない。皇子の言葉は疑問と言うより、不可解だらけだ。

 ただ、藍王は青龍に身を預けた時に、少なからずの記憶を受け継いでいる。

「三種の神器でなく、三珠の身着ですね」

 皇子はクスクスと笑っている。嬉しさが全身を覆っているのだ。

 サンジュの温もりを感じて。

 不可解なことを正すことに、意味がないことなど藍王もグレコも体感済である。

 イチリヤが刻印の王子として現れた時に、経験があるから。

 藍王もグレコも小さく息を吐き出し、皇子達に着いていくだけである。

「つまり、エデンの台座に力があります。神器なくとも、エデンの台座から青龍に言霊を発してください。青龍が上空で待っています」

 皇子の言うとおり、上空には青龍が翔んでいる。

 グレコは思い出す。翼を持つ覇者を。東西南北の上空を忙しなく捜す。

「グレコ、あれはなイチだ。青龍を見ろ。居るだろ?」

 グレコは、頭が沸騰しそうになる。目からまたも熱いものが溢れる。

「だから、そのうっとおしい、汚い顔を晒すな」

 藍王は笑った。グレコの顔と上空の翼の者に向けて。

「何を言えばいい?」

 藍王は光るエデンの前に到着した。皇子にそう問うた。

「陽が沈む地、西の国。転の刻、陽が沈む黄昏の刻。霊獣揃いて、カルラを待て」

 藍王は台座に立った。皇子の言った言葉を復唱する。

 台座は一層光を放った。

 上空に、西方に、光が発つ。

 上空の青龍と麒麟に向かって。西方、色大陸死地の鳳凰に向かって。藍の地、玄武に向かって。……妖の森、白虎に向かって。光にのり、言霊が走った。

 藍王の体は崩れる。グレコが慌てて台座から降ろした。

「……黄昏の刻か。我らも行かねばならん。まだ時はある」

 藍王は体を起こそうとするが、やはり崩れる。

「藍王様は、この地で静養を。後は、霊獣様とイチリヤ様が」

 皇子は穏やかに言った。だが、藍の王は立つのだ。両膝に手を置いて。

「そうはいかん。我は藍の王である。この任を譲らねばならんでな。新たな藍の王に。我が娘を生涯守れとな」

 藍王は腹に力を入れる。崩れてなるものかと。

「グーレンは一度言ったことを覆さん。狼殿、すまぬが力を貸してくれ」

 グレコは皇子に頼んだ。

 皇子は眉を下げる。困ったと言うように。

「残念ながら、私にはもう力はありません。私もサンジュも、すでに人に戻っております。もう、こ、狼にはなれないのです。西の国に向かおうにも、すべがございません」

 皇子の言葉でグレコは肩を落とす。

 皇子の後ろに隠れているサンジュが、皇子の衣を引っ張る。

「ににさまの言霊は?」

 皇子は、サンジュの発言に、なるほどと笑んだ。サンジュの頭をポンポンと撫でる。

 皇子は言霊の者である。人に戻っても、言霊の力は失われてはいないだろう。

 さて、どうしおうかと皇子は思案する。ふと視線の先に布の切れ端が映った。四人の言霊の者に見立てた切れ端である。

「やはり式依り代を使うか」

 皇子は破れた袖とは反対の、サンジュが掴む袖を使おうと、

「サンジュ、袖を依り代にするから離しておくれ」

 と言った。サンジュはギュッと掴んで、袖を離さない。

「式あるよ」

 サンジュは衣の袖から、真っ白な紙を取り出した。

 真っ白な紙は人形ひとがたに切られていた。

「ににさま、覚えてる?」

 サンジュは笑った。その式紙は儀式の前に皇子がサンジュに渡したものだ。

 儀式の前、緊張するサンジュの気持ちを和らげようと、皇子が式紙に言霊をのせ舞わせた。

 式紙は蝶に変幻し、サンジュの周りを舞ったのだ。それも数百年前のこと。皇子はサンジュの出した式紙を持つと、あの日の苦しさを思い出し胸を締め付けた。

「ににさま、蝶がいいわ。皆が乗れる大きな蝶。お羽は、キラキラのお日様色」

 サンジュは笑う。嬉しそうに。皇子も笑った。苦しさは数百年味わった。もう味わう必要はないのだ。

「サンジュ、いい子だね」

「だって、ににさまが言ったのよ。いい子にしてるんだよって。そしたら、ににさまがサンジュを好きな所に連れていってくれるって、約束したでしょ」

 サンジュは皇子の袖をより一層掴んだ。


 藍王とグレコはそんな二人の姿に、イチリヤとナーシャを重ねていた。


「ーーーーーーーー」

 皇子の言霊が式紙に命を与える。

 フワン

 と空気が和むと、キラキラとした羽の蝶が出現した。大きな蝶である。

 藍王もグレコも、もう驚きはしない。もうそんな感情は凌駕していた。

「これは、これは、綺麗ですな」

 グレコは嬉々として蝶を眺める。

「グレコ、順応し過ぎだ。だが、まあ、そうであるな。綺麗だ」

 藍王もそう言って、皇子に笑顔を見せた。

 皇子は頷く。


 蝶の羽が一層煌めいた。

 朝陽が羽をさらに煌めかせた。

 いつしか夜は明け、朝が訪れていた。

「さあ、霊獣を追いかけましょう。いえ、イチリヤ様を!」

 皇子とサンジュ、藍王とグレコ。四人を乗せた蝶が天空に昇る。

 中央大陸から色大陸に向けて。

 皆が藍の地に向かっていた。ニイヤとリライは船で。

 藍王とグレコは蝶で。

 サンキとヨシア、グレコス、リーフは……

次話水曜更新予定です。

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