表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇者の導べ  作者: 桃巴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/48

『声』藍の声

***『声』藍の声


『月が笑ってる』

 確か、下弦の月と言うのよね。こんな刻の月なんて見たことがなかったもの。

『フフ、可笑しいものね。今になって寒さを感じるなんて』

 思い出すのは、最後に抱き締められた温もり。

 あの力強い腕にもう一度抱き締められたい。だけど、もし、また抱き締められることがあるなら、

『きっと、覇者様だわ』

 悲しくはない。私は覚えてる、イチリヤ様の温もりを。忘れないわ。

 孤独が私の想いを強くさせる。

『平気よ。だって、独りだって抱き締められるもの。寒くはないわ』

 自分を抱き締めるの。

 小さな温もりが、生きてることを感じさせる。思い出す温もりは、胸を熱くする。

『ずっと一緒だったわ。イチリヤ様と』

 そう、どんな時も一緒だった。ずっと傍に居てくれた。

 泣いてる私を笑顔にさせるのも、

 怒ってる私を笑顔にさせるのも、

 我が儘な私を叱ってくれるのも、

 全部イチリヤ様。

『孤独が気づかせてくれる。イチリヤ様は、きっと戻ってくるわ。きっと……傍に居てくれる。約束したもの』

 そう、いつだって……

 いつだって……

 いつだって?

 何だろう? 心がざわざわする。

 浮かぶニイヤ兄さんの顔。困ったように眉を下げてるわ。いつだったかしら?

『留学の時だわ』

 ニイヤ兄さんが青の国に留学するから、少しの期間遊べなくなると聞いて、私ったら我が儘を言った。あのとき、ニイヤ兄さんは困っていたわ。

 覚えてる。イチリヤ様に叱られたもの。

 あれ、何だろう? やっぱり、何か……

 どうして、こんなに胸がざわつくのかしら? どうして、背を這うような……奇妙な感覚。

『駄目よ、孤独に負けては駄目』

 きっと、孤独が私を襲っているんだわ。そう思う。だけど、何だろう、しっくりこない。

『信じなきゃ。イチリヤ様はきっと戻ってくる。約束したもの。私の傍を離れないって』

 サンキ兄さんも、ヨシア兄さんも、また明日って言いながら、来なかった日が沢山あるわ。

 だけど、イチリヤ様は違う。いつも、傍に居てくれた。

 ……居てくれた?

 何か、気持ち悪い。背を這うものが、そろりそろりと首まで登ってる。

『約束したもの!』

 それを振り払いたくて、大声を出した。

『だって! イチリヤ様は……ずっと……ずっと、一緒……一緒……一緒、一緒、私と同じ』

 あ、

 あぁ、

 ああぁ、

 私が、

 私だったんだわ。

 私が、イチリヤ様の楔……

 私がイチリヤ様を縛りつけていた。

 外の世界を本当に見たかったのは、イチリヤ様だわ。私じゃない。

『私のせいで、イチリヤ様は何処にも行けなかった』

 あのざわつきの正体は、私だった。私の存在だった。

 いつだって傍にいた。居てくれた。これからも……

『これからも、私はイチリヤ様を繋げておくの?』

 悲しい問いを視えない声にのせた。

 答えの決まった問いを。

『子供だったら良かったのに』

 もし、私がまだまだ子供だったら、きっと気づかなかったわ。

 イチリヤ様の羽ばたきを、私が邪魔していたんだわ。

 藍を離れ世界に羽ばたいたイチリヤ様を、きっと戻ってくるイチリヤ様を、……私は繋ごうとしている。

『私は楔だ』

 そう、断ち切るのは私の役目。

 覇者様を受け入れ、楔を断ち切る。

 イチリヤ様を縛りつけてはいけない。

『泣かないわ』

 だって、私はもう子供じゃないもの。

『愛する人を、胸をはって送り出せるなら、この想いをこの孤独の地に埋めますわ』

 月が笑ってる。

 正解だと言ってるのかな?

 イチリヤ様、今何処にいますか?

 外の世界を羽ばたいていますか?

 信じています、必ず戻ってくると。

 貴方との約束はそこまでです。もう一つの約束は、破りますわ。

 この小指はイチリヤ様にはあげません。もちろん、覇者様にも。

『この小指だけは、唯一私のもの。私だけのもの』

 自分を抱き締めるの。寒くはないわ。この想いを抱き締めているのですもの。

『望むように生きて、イチリヤ様』


 月が笑ってる。下弦の月が。

 イチリヤは大岩で見上げていた。

 ナーシャは藍の地で。

 イチリヤは過去に、ナーシャは未来に想いを馳せる。

 想いは重なるのか?

 同じ刻に同じ月を眺めていたように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ