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覇者の導べ  作者: 桃巴


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石像の導-2

 その約束を白虎が発した。

『転の刻は来る。次なる転の刻、我らが始めればいい。新たなる"覇者"と"導"と共に』

「貴方です、イチリヤ様」

 白虎と皇子がイチリヤの前にひれ伏した。

「なっ! 止めよ」

 イチリヤも膝をつく。

『もうわかっていたのではないですか?』

 白虎が仰々しく言った。

「お待ちしておりました、覇者様」

 皇子は言う。その瞳は言っていた。我らの妹を助けてくれと。

 白虎は言う。その眼光は言っていた。我らの青龍を助けてくれと。

「……まだ答えてはいないだろ? 何故、この森に白虎はいる? 何故、藍の国に霊獣がいる? 今、何が起きている? 私は誰だ?! 私は……何をすればいい?」

 イチリヤはひれ伏す白虎と皇子に、心に蓄積された疑問を吐き出す。

 白虎と皇子が立ち上がった。

『お話いたします。エデンの台座から、我らが向かったのはこの森です。"不可侵の森"。あの当時はそう呼ばれていました』

 白虎の口調も皇子のものと同じく丁寧になる。

『霊獣の森だったのです。我らは天空を支配していました。ですが、常に天空に在るわけではありません。この森は霊獣の棲みかでもありました。エデンから唯一授かった地です』

 エデンは霊獣にも地を与えていたのだ。人が入れぬよう、脆い岩盤の岩山脈で囲んで。

『麒麟は青龍を白沼に納め、玄武は導を背負って、大岩の麓に休ませました。鳳凰はいにしえに翔びました。儀式の顛末を伝え、全ての霊獣は天空を離れると告げるために。そして、私は……』

 白虎は、皇子に視線を移した。言ってくれと言わんばかりに。皇子もそれに応える。

「白虎様は、吠える私の首を口でくわえ、天空に上昇したのです」

 皇子は黒髪をかきあげた。

「私は感情のままに吠えていたのです。もう、押さえられなかった。頭はグチャグチャで、体は悲鳴を上げていた。無力な自分。ズキズキと痛む瞳、慣れぬ狛犬の体。全てを吐き出すように吠えて、暴れたのです」

 情けない……とでも言うように、皇子は小さく息を吐いた。

「天空からの景色で、私は放心しました。そんな私に白虎様は言いました。『霊獣は天を駆けることが出来る。お前は導を自分で追いたいか? それとも我が運ぶのか?』と。私は天空から落とされました」

 皇子は眉を下げた。その後のことは想像できる。

「私は無様に玄武様を追いました。そして、この大岩の麓に着いたのです」

『私は私の治める天空に向かいました』

 白虎は皇子を落としてからの話をし出す。

『いえ、向かった先は、陽が沈む西の地を治めていた王の元です』

 イチリヤは数百年前の藍の地を想う。白虎が向かったのは、紛れもなく中央大陸の西方、色大陸である。

『西の国、言霊の王「ハリャン」に私は頼みに言ったのです』

 白虎の声に緊張を感じた。イチリヤは鋭く白虎を見る。

『力をくれと頼みました。いえ、"言霊の力"を寄越せと迫ったのです』

「何故、力が必要だったのだ?」

 イチリヤは問う。答えは先ほど聞いた。だが、やはり問わずにはいられない。

『皇子に約束したからです。次なる転の刻、我らが始めればいい。新たなる"覇者"と"導"と共にと。

新しい転の刻の儀式を始めなければならなかったのです。

転の刻に必要は、力を納めた台座、導、言霊の者、霊獣、カルラです。

どれも失われぬように、新しい転の刻の儀式を行うため、

……短き刻しか生きられぬ人から、言霊の力を貰うしかなかった』

 霊獣と対峙した王は、何を感じたであろうか?

『ハリャンは私を一喝しました。

「天空に在りし霊獣が地を踏むとは何事ぞ!」

と。その顔は鋭く私を見ていましたが、その鋭さは敵意ではありません。決心……故の鋭さでした』

 白虎のハリャンへの信頼が伺える。ハリャンもまた白虎を信頼していたのだろう。

『ハリャンは言いました。

「導は我が血筋が受け継ごう」

と。私は唖然としました。ハリャンは言うのです。

「始まりを霊獣だけで創らせるものか。霊獣に全てを背負わせるものか! 努める者に力など要らん。くれてやる!」

と。その顔はやはり決心を現していました。

「言霊の力、我が血筋、くれてやる。力なくとも努力すれば、治めることはできる。血筋なくとも、この西の国の民がいる」

私は、初めて人に惑わされました。胸が熱くなる……それがどんなに素晴らしいことか。

私は自然と頭が下がりました。ですが、またハリャンは一喝するのです。

「天空に在りし霊獣が地を見るとは何事ぞ!」

と』

 イチリヤは込み上げていた。白虎が感じた熱き想いは、きっと藍の民ならわかるはずだ。

『深き愛の王。ハリャンは深き愛の王です……』

 白虎は言葉を止めた。イチリヤはわかる。その後に続く言葉が。

「藍の王。初代藍の王の名は、ハリャン。私も知っている」

 藍の民なら誰もが知っている。

『はい、藍の王ハリャン。私は一旦森に戻り、ハリャンのことを他の霊獣達にも伝えました。皆、驚き、やはり私と同じように感じたのです。

ハリャンが力と血筋を差し出すならば、我らも差し出そうぞと。

我ら"を"差し出そうと』

 ストンとイチリヤの心が落ちた。霊獣達は自ら藍の王を寄り代にしたのだ。

『藍の王と我らは始まりを考えました。石像の導と狛犬を元に戻すことも考えて』

 その白虎の言葉に、一度見た夢をイチリヤは思い出していた。

 そう、それは過去のこと。数百年前の白虎の言霊だ。

『霊獣の魂を瞳に宿した者。


黒は黒。

青は青。

朱は朱。

白は白。

黄は黄。


ここに青龍の魂あり。石と化した導の瞳。寄り添いし言霊の者、身を霊獣に変え魂を宿して刻を待つ。

我は、我らは願う。次なる転の刻、全てを始まりに戻すことを。

次なる刻に、エデンを待つ。

藍の導であることを待つ』

 夢と同じ言葉を白虎が言った。

 だが、イチリヤには解せない。藍の導でなければいけない理由が。

 そして、なぜ白虎だけがこの地に居るのかと。

 何より、私は何なのだ? と。

 ……いや、白虎も皇子もイチリヤを覇者と呼んだ。燻る心の内を見透かすように白虎が、語りだす。

『失敗した転の刻の儀式は、カルラの復活だけを残していました。カルラを導の瞳に映せば、儀式は終わっていたのです』

 イチリヤは皇子を見る。青龍の魂は確かに力を宿し、麒麟に運ばれるだけとなっていた。だが、カルラ……

 そう、カルラだ。

「カルラとは」

『カルラとは、エデンの化身』

 イチリヤと声を同じくして、白虎が告げる。

 イチリヤはグッと声を押し込んだ。

『最後はエデンの力が必要なのです。ですが、エデンは、エデン自身で神を封印しています。天界に繋がれているのです』

「だから、カルラなのか?」

『はい。化身が天界から降ります。転の刻は、魂の入れ換えのみならず、エデンの復活でもあるのです』

「天を仰ぎてエデンを追う。人々の瞳に映るは蒼天の中心に深く深く色づく愛の色。

時を越え、大空を藍の双翼が翔ぶ。

霊獣よりも大きなその姿。

エデンの化身『カルラ』

世界を越える覇者の翼。霊獣の転の刻に現れる。

転の刻、導が示す。

転の刻……」

 五大陸の始書、イチリヤが読むことのできる最後の頁に記されていた。

 イチリヤは声に出したのだ。

『その通りです。

"世界を越える覇者の翼。霊獣の転の刻に現れる"

エデンの化身、カルラ。

貴方です、イチリヤ様』

 イチリヤは無言のまま、天を仰いだ。

 まだだ、まだだ……

 イチリヤはまだ受け入れていなかった。

「続けよ」

 すでに頂に立つ者の口調である。イチリヤは白虎に命じたのだ。

『中断した儀式を終わらせ、石像の導と狛犬を戻すため、カルラの復活を言霊にのせたのが数百年のこと。

やっと、十四年前、転の刻がきたのです。ですが、まだカルラは復活していません。イチリヤ様の背に翼がなければなりません。

……カルラが降りた後、青龍に魂を入れ、転の刻の儀式を終わらせます。石像の導と狛犬の刻が動きましょう。

古き儀式を終わらせ、新しき儀式を始めます』

 白虎と皇子がイチリヤの反応を待つ。

「あえて刻を止めたのだ。儀式は十四の刻で行わねばならん。石にしたのは、そういうことだ」

次話金曜更新予定です。

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