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覇者の導べ  作者: 桃巴


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「想い」遠く離れていても

***「想い」遠く離れていても


 イチリヤは狼から石像に視線を移した。

「誰なのか訊いていいか?」

『陽が昇る国、東の国の皇女だ』

 ……

 ……

 無言が続く。

『導だ』

 イチリヤは顔を伏した。リライ達に見えないように、聞こえないように嗚咽する。

 狼はイチリヤに寄り添う。

『元に戻してくれ。この時を数百年待っていたのだ』

 狼は伝えるべきことを口にしない。伝えずともイチリヤならわかるはずだ。

「ナーシャを石像にはしない」

 嗚咽から漏れた声であるのに、その声は強い。

『ああ、続けて導が石像になるなど、我も見たくない』

 狼の声もだ。

「楔を解こう」

『楔を解こう』




 時は満ちた。

 岩山の頂を見上げる。

 イチリヤは手を岩に置いた。ポロポロと剥がれる脆い岩盤。

「登るのは無理です」

 リライが悲痛な声で言う。

「ああ、私以外は登れまい」

 リライは息を飲んだ。リライのみならず、他の皆も息を止めた。

 イチリヤの背に、あるはずのないものを見る。だがそれも一瞬で、リライ達は目を擦った。

「ここで待て。いいか、誰も登るなよ」

 イチリヤが岩場に足をかける。

「お待ちください! 無理です。どうか他の方法を」

 リライは食い下がる。

 だがイチリヤは気にも止めず、スイスイと岩場を登る。岩盤は崩れない。僅かばかりの砂が落ちるだけ。

「では、私も続きます」

 リライが岩場に手をかける。

「リライ、崩れるぞ」

 上からイチリヤの声。その通りにリライが触れた岩場は崩れる。

『ここからは、白虎様の域だ。儂が案内するは一人のみ!』

 森から突風の如く現れたコロボが、リライの肩を飛び越え岩場を登る。

 登るというより、跳ねていく。イチリヤを追い越し、イチリヤの前を行く狼に並んだ。

『飯を食って待っておれ!』

 コロボはぴょんぴょんと岩場を跳ねて進んだ。狼は一旦リライ達の元に舞った。

『お前達はここまでだ。後は任せよ。見えたであろう?』

 狼は見上げてイチリヤを見る。軽やかにコロボの後を追っていた。

 リライ達は顔を見合わせた。狼が言う見えたものが、幻ではないことを確信する。

 リライ達の瞳が輝く。

『陽がある刻は森に入るなよ』

 狼は言い残すと、岩場を駆け登った。




 岩場を登りきったのは、陽がまだ頭上にある刻。

 イチリヤはその景色を知っている。

 目前に広がる海。

 遠く薄く見える影は、色大陸であろう。

「久しぶりにこの景色を見たよ」

 ポツリとイチリヤが呟く。

『思い出したのか?』

 昨晩と同じ問いに、イチリヤは言うのだ。

「『大岩』まではまだある。さあ。行こう」

 と。

 狼とコロボはイチリヤの横を歩く。

 もう前を歩く必要はないからだ。イチリヤは進むべき道を知っている。

「コロボ、もう良い。リライ達の元に行ってくれ」

『いいのか?!』

 コロボがうずうずしていることは、わかっていた。イチリヤは笑う。

「ああ、もう案内はいらないしな。戻って、グレコの飯を食ってくれ。ついでに頼みがある」

『なんだ?』

 コロボは足踏みをしている。頭には飯のことしかないようだ。

「グレコが夜には森を抜けて来るはずだ。ちゃんと説明してくれ。あれは、きっと岩場を登ろうとするだろう」

『承知した!』

 コロボは消える。

 イチリヤと狼は見送った。コロボの速さも二人には見えている。

 その姿が登ってきた岩場に消えた。

 無言のまま、イチリヤと狼は歩き出す。

『大岩』までは後半日である。

 ……

 ……




***


『名をつけなさい』

「……ナーシャがいい。僕の名前は?」

『ナーシャを守ったら貰える。さあ、背中を向けなさい。離れるは暫し。すぐにナーシャの元に送る』

「はい」

 ーーザシューー

 背中に白虎の爪が食い込んだ。そこから取り出したのは二つの"魂"

 藍色の"魂"

 それは、十四年前のこと。




 狼が吠える。

『大岩』に集まれしは、霊獣達。魂を失った青龍以外の霊獣達。

 白虎が言を放つ。

『霊獣の魂を瞳に宿した者。

黒は黒。

青は青。

朱は朱。

白は白。

黄は黄。

ここに青龍の魂あり。石と化した導の瞳。寄り添いし言霊の者、身を霊獣に変え魂を宿して刻を待つ。

我は、我らは願う。次なる転の刻、全てを始まりに戻すことを。

次なる刻に、エデンを待つ。

藍の導であることを待つ』

 それは、数百年前のこと。

 ……そして、

 転の刻がくる。十四年前、『大岩』に落とされしエデンの化身。

 その背に埋められし魂は、五色の魂ではなくエデンの魂。

 "藍の魂"

 時は満ちた。




***


 イチリヤは目を覚ます。


 狼と『大岩』にたどり着いた刻は、黄昏の刻。白虎は『大岩』には居らず、イチリヤは狼と共に待った。

 ほとんど寝ていなかったイチリヤは、瞳が閉じるにそう時間はかからなかった。

 イチリヤは夢を見る。いや、過去を見た。

 十四年前の自分。

 数百年前の狼。

 だが、点と点はまだ繋がらない。

「ナーシャ」

 夜空を見ながら呟く。

 その声は、遠く離れていても……

「ナーシャ、願ってもいいのか?」

 イチリヤは体を起こした。辺りの静けさが五感を鋭意にさせる。

「ヤコ、久しぶりだな」

 イチリヤは体を反転させ、天に突き刺すが『大岩』を見る。

 しかし、そこに白虎の姿はない。

『ああ、久しぶりだ』

 宙から聞こえるその声。だが、イチリヤは見上げない。

 立ち上がり、『大岩』に向かう。人の背丈の三倍はあろうかの高さ。

 イチリヤは登ることなく、その頂に降りる。

 トンッと軽やかに地を蹴ったイチリヤは、宙を舞い大岩の頂に降りたのだ。

 イチリヤは座る。その隣に白虎は舞い降りた。

「あの日もこうして隣に座っていた」

『ああ、そうだ。待っていたのだ。ずっと、皆が待っていた。我の横に化身が舞い降りるのを』

 イチリヤは何も発しない。白虎もまた発しない。

 流れる静かな刻は、鋭さを持つ。

 月が、笑う。下弦の月。


『時は満ちた』

 白虎がこの時を待っていたかのように、発した。

「訊きたいことは三つ。

私は誰だ?

数百年前何があった?

十四年前何があった?」

 イチリヤも発する。

 一寸の間の後、イチリヤは言い換える。

「いや、訊くことは一つ。白虎よ、何故お前は"陽が沈む地"でなく、"エデンの地"に居るのだ?」

次話水曜更新予定です。

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