『声』遠く離れていても
***『声』遠く離れていても
「ナーシャ」
『イチリヤ様?』
聴こえるはずはないのに。
目を開けるのも億劫で、体を起こすのも億劫で、だけど、
『イチリヤ様……今何処に居ますか?』
ゆっくり目を開けると、夜空が広がっていた。
外の世界なのに、悲しいの。イチリヤ様、覚えていますか? あの日、初めての外の世界はイチリヤ様のお部屋だったわ。
『初めては全部イチリヤ様がいいの』
あの日言えなかった言葉を言った。
苦しいよ。すごく苦しいの。
『イチリヤ様に会いたい! 会いたいのぉ』
もう涙は枯れたと思ったのに、どうして溢れるの?
体を起こして足首を見た。
『また埋まってる』
足首はすっぽり土に埋まってた。どんどん埋まっていくのかな? 私は本当に藍になっちゃうのかな?
藍に埋まっていく私。だけど、怖くはないわ。藍はどこまでも私に優しいもの。
本当に怖いのは、イチリヤ様に会えず藍に埋もれてしまうこと。
ううん、もっと怖いのは、イチリヤ様が覇者様を連れてくること。
藍の復興を願いながら、覇者様は受け入れたくない。イチリヤ様に会いたいと願いながら、会えることの意味することは、イチリヤ様が覇者様を連れてくることで、私の願いは会えずとも、会えるとしても砕かれる。
『ナーシャになりたい』
導でなくて、ただのナーシャになりたい。
苦しくて苦しくて、胸をドンドンと叩いた。
え?
何故?
そっと触れてみる。
『どうして?』
体の変化は足首だけじゃなかった。
柔らかく、膨らみを持った体。
「ナーシャ」
まただわ! また、イチリヤ様の声。
辺りを見渡すけれど、姿はない。
耳に残るイチリヤ様の声。いつだってそうだった。イチリヤ様だけは、私をナーシャとして見てくれた。
導のナーシャでなく、
「可愛いナーシャ」
そう言って、いつもいつも……
あの日、手が離れたあの日だって! イチリヤ様はずっと傍にいると言ってくれた。
最後に離れた日も。藍の落日の日も。
思い出すのは小指の約束。
イチリヤ様は、一度離した手を掴んでくれた。離したはずの手を。
『イチリヤ様、願ってもいいですか?』
「必ず! 戻ってくる!!」
耳が覚えてる。イチリヤ様の声。イチリヤ様の……想い。
視えなくても、イチリヤ様の声は覚えているわ。今なら、わかる。
例え、藍に埋もれても、
例え、覇者様に身を委ねても、
私は……
この想いを守るために、この孤独があるなら、耐えてみせるわ。
この想いを貫くために、この孤独があるなら、挑んでみせるわ!




