幻惑-3
迷いのないグレコは、イチリヤに進言する。
「目的の地『大岩』に行くことを騎士隊長は優先ください。私はその他を仕切ります。コロボ、騎士隊長に着いてくれ。リライ、夜は任せたぞ」
コロボがイチリヤの肩に乗る。
「なんじゃ、やっと戻ってきたかグレコ。ここ数日はシケタ面だったぞ」
グレコはそんなコロボの発言にも気に止めない。
「騎士隊長は何も考えずに、リライと共に先へ進んでください。私が食料、水を運びます故」
イチリヤは確認する。
「先に進む隊に追い付けまい。ここで一日休息すると言ったはずだ」
「いえ、今から目印の要所要所に人員を配置します。ニイヤ様からの食料を迅速に運ぶためです。ニイヤ様のことです、滞在の延期も予想しておりましょう。すでに予備食料は光山までは来ておるかもしれません」
イチリヤは考える。人員を配置する意義を。時間をかけ一気に荷物を運ぶのではなく、森を進む者の食料分だけをリレーするなら、要所要所に人員を置けばいいのだ。
「私とリライ、その他に十名と言ったところか」
グレコは説明せずとも理解したイチリヤに、嬉しそうに頷いた。
「毎日騎士隊長の所まで小さく食料を運びます。どんどん進んでください」
そう言うグレコに、イチリヤは言った。
「休息が取れるように余力人員も作れよ」
と。グレコは承知していると言わんばかりに、隊の振り分け素案をイチリヤに示した。
イチリヤは了承する。
「では、私はすぐに岸に向かいます」
グレコは颯爽とイチリヤとリライの元を離れた。
その背をイチリヤは眺める。父を重ねて。藍の王をその背に見る。
「似ているな」
ポツリと溢す。
「騎士隊長、……惑わされますよ。森はすぐに心を読み取ります」
リライはグレコの背を見つめるイチリヤに言った。
「ハハッ、まあな。だが、もし私が惑わされるなら、父上ではなくナーシャだ」
ーーザワザワーー
森が揺れた。
イチリヤは顔を上げ森を眺めた。穏やかに。その瞳は森をとらえているようで、そうではない。イチリヤはナーシャを想った。
本来なら森はイチリヤの心の空白を突くはずだ。だが、森は優しくザワザワと揺れるだけ。
「本当に森に好かれているな」
コロボはそう言う。リライは不思議そうに森とイチリヤを眺めた。
「この森は懐かしさを感じる」
イチリヤの声を風が運んだ。ように思えた。リライにはそう感じたようだ。
「騎士隊長、行きましょう。まだ陽は落ちていません。コロボと共に。藍の代表と共に」
イチリヤ達の傍に十名の者が集まる。グレコが分けた者達だ。
コロボはイチリヤの肩から降り、ピョーンとバク転した。
「走るぞ」
コロボは言った。言ったと同時に走り出す。小人の速さではない。コロボの残像が森へと消えた。
「遅れるな! 行くぞ!」
イチリヤは発した。皆がコロボの残像を追いかける。
目印をつける者は居ない。だがイチリヤ達の進んだ痕跡はある。森に続く真っ白な線。イチリヤの腰袋からサラサラと白い砂が溢れる。白沼の泥を乾かした砂だ。
イチリヤは森に入る際に、傷薬になると思い白泥を持ってきていた。
コロボを追いかける。
時の番人が夜を始めるまで、イチリヤ達は森を進んだ。
「明日はちと難儀だぞ」
コロボはイチリヤ達に今日最後の言葉を言い終えて、姿を闇に溶かした。
「騎士隊長、少し休みましょう」
リライは皆を代表して言う。イチリヤは振り返り皆を見た。
皆汗だくで膝に手を置き息づかいが険しい。
「ヨシ! 薬菓を食べよう。深夜の刻に再度出発する。睡眠を取れ」
そう言った後、イチリヤは視線をリライの背後に移す。
リライの背には幾つもの光が浮遊していた。
その中の一つにイチリヤは手を伸ばした。光がスッと避ける。イチリヤは笑んだ。
「すまぬ、少し休んでから出発する。待っていてくれぬか」
と。
光はコロボのように一回転し、リライの肩に乗る。
「騎士隊長、私と繋がった光が案内人です。もうわかっていると思いますが」
リライは頭をポリポリと掻いた。
イチリヤは光を見つめる。心を無にして。
「挨拶は後でする。今は暫し休息を」
ーーボワボワーー
イチリヤ達の周辺に無数の光が発つ。
ーーザワザワーー
森がざわめく。
「ありがとう」
イチリヤは森に礼を言った。森の光と案内人の光。
辺りは幻想的な光の世界となった。
まるで、幻のような……
触れれば消えそうな……
次話水曜更新予定です。




