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覇者の導べ  作者: 桃巴


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幻惑-2

 ティンクの光の誘いで、隊は進む。

 時々ティンクが振り返り、微笑む。そのたびに、リライはむず痒くなった。

「大丈夫だ。皆着いてきている。さ、行こう」

 そう言ってティンクを促した。

 やがて、空が目覚め始める。何度も振り返るティンクに、リライは穏やかに微笑んだ。

「大丈夫」

 と言って。

『リライ、もう少しでお別れよ』

 完全に目覚める前の狭間の時。

 ティンクは儚げに言った。

「また、夜に会えるだろ?」

 リライは笑む。ティンクはパァと華やいだ笑顔を向けた。

『ええ、少しだけお別れね。でもね、ずっと、ずっと、リライの傍に居るわ』

 ティンクの姿が薄くなる。

 透けた先にはまた別の光が現れた。朝日だ。

「ありがとう"……"」

 "ティンク"心の中でリライはそう言った。


「夜通し歩いたので、だいぶ進みましたね」

 隊員の一人が言った。

「ああ、だがまだ休んでられん。半分はここに拠点を作れ。残りは本陣へ連絡し、ここまでの案内を」

 こうして、リライの隊は森の幻惑を乗り越えた。これで、二人の案内人が揃った。

 だが、目的の『大岩』まではまだ数日かかる。

 リライは明けた空を見上げた。

 夜を待ちわびる。目的の地まで進みたい気持ちと、会いたい気持ち。だが、進めば進むほど、会えば会うほど、幾夜の後……別れは来る。

「幻惑か」

 リライは呟いた。

 幻惑にしたいのだ。芽生えた気持ちを。




 リライが空を眺め、感傷に浸っていた頃。イチリヤ達は目覚めた。

 陽が昇ると同時に起きるグレコは、起きて一番にイチリヤの所在を確認する。が、イチリヤの姿はグレコが見渡す限り確認出来なかった。

「イチ王子様!!」

 グレコは叫ぶ。その声で隊の者が一斉に起きた。

「うるさい! グレコ」

 イチリヤはコロボを肩に乗せ、森の中から現れる。

「どちらに行かれていたのです?」

 グレコは不服そうに訊く。

「近くの水場だ。コロボに案内を頼んだ。『大岩』までの水の確保も重要だしな」

 グレコは歯痒い思いになる。

「そのようなことは、他の者でも出来ます」

「まだ皆森に慣れていないだろ? 私はこの森と相性がいい。森も私を歓迎している。な? コロボ」

 コロボはうんうんと頷く。そして、

「珍しく森が素直だ!」

 と言った。

「ヌヌッ、またもお主は」

 グレコはコロボを摘まんで、顔面で凄んだ。

「ちょうどよい。グレコ、水の確保に行け。グレコの隊の者よ、すぐに動け!」

 ーーガサガサーー

 ーーザザザーー

 森がざわめく。

 イチリヤは周囲を見渡した。岸の方から近づいてくる者に気づく。

「伝達か?!」

 イチリヤは大声で問う。

「はっ! ニイヤ様からの伝達です」

 まだ少し遠くからそう反応があった。

「迎えに行け」

 近くの者がすぐに動く。人数が多いのか、森のざわめきが大きい。

 姿を見せた者の背に大荷物を確認すると、他の者も迎えに動く。

「たいそうな荷物だな?」

 イチリヤはまだニイヤに伝達を出していない。滞在の延期はまだ伝えられていないのに、食料の支援が届くはずはないのだが……

「ソフィア様から、薬菓をお届けするようにと」

 青の国で食べられている滋養菓子だ。

「それと、他国の書庫に向かった者が早急に戻ってきまして、こちらの書物を騎士隊長に急ぎお渡ししたいと」

 数人で運ばれてきた荷物が積まれる。

「さて、こちらも伝達を出す。岸の者からも聞いているであろう?」

「はっ、滞在延長とのことニイヤ様にお伝えし、食料を運ぶのですね」

 イチリヤは頷く。

「文はこれだ。ニイヤに渡してくれ。運ぶ隊の者も選別してある。連れていけ。それと、ソフィア妃にもお礼を伝えてくれ」

 伝達の者を帰すと、ちょうどグレコ達が帰ってきた。

 グレコ達が確保した水と、薬菓で運ぶ荷物は多い。

「グレコ、リライの隊に合流するぞ」

 皆が荷物を分けて運ぶ。先ずは、数名がリライの隊を追う。森に消えた数名を見送って、イチリヤ達も出発した。

「コロボ、頼むぞ」

 リライが通った道は、やはり『大岩』に続く道であった。

 イチリヤは安堵する。リライが案内人と会えたと確信できた。

「リライの隊と合流したら、飯だぞ! グレコの飯と薬菓だ」

 隊の士気が上がる。

 一晩中歩いたリライの隊はまだまだ先であった。

 昼になる前に、どうにかリライと合流したものの、皆疲れはてていた。

「ここで一日休息するぞ! ニイヤからの食料もここまで運ばねばならないからな」

 イチリヤ、グレコ、リライは顔を見合わせて頷きあった。


 三人は皆から少し離れ話し合う。

「案内人に会えたか、リライ?」

 イチリヤは笑顔で訊いた。

「はっ、夜にまた姿を現してくれるそうです」

 リライが照れたように言ったのを、イチリヤは見逃さない。

「好みか?」

「なっ! ち、ちがいま……せん」

 グレコはニヤニヤと笑っている。

「いえ、違うのです……なんと言うか、その……」

 リライは言葉を選ぶ。

「たぶん、見せている姿はきっと違うと思うのです。いえ、正しいとも言えます」

 グレコはリライの言葉に頭を抱える。

「言っている意味がわからん」

 グレコはそう言うと、イチリヤに助けを求めた。

 イチリヤはリライの言葉を復唱する。

「見せている姿は違うが、正しい。……姿は変わるのか?」

 と、問うた。

「はい、光が案内人でした。あ、いえ、光全部が案内人ではありません。案内人の光は一つ。その他は森の光だそうです」

 リライはティンクから聞いた話をイチリヤとグレコに話した。

「光を貰いました。私と繋がった光を追ってここまで来ました。森の光に惑わされずにここまで来たのは、そのおかげです」

 説明するリライにグレコはさらに訝しげに見る。

「意味がさらにわからん。光が案内人とはどういうことだ?」

 肝心の案内人の姿をまだリライは伝えていない。グレコは会話を理解出来ずにいた。

「グレコ、待て。最後まで聞いていろ。リライ、私の問いに答えてくれ」

 リライは頭を掻く。少し考えて簡潔に発した。

「光は姿を人の姿に変えました。綺麗な女性にです」

「聞いた話通りではないか!」

 グレコは顔を輝かせ言った。

「グレコ、最後まで聞いていろと言ったはずだが?」

 イチリヤはグレコを制する。グレコはすみませんと謝って、身を屈めた。

「リライ、では森が光の幻惑を見せ、案内人は変幻したと言うことか?」

 イチリヤも簡潔に問う。

「はい。コロボは幻惑と言いましたが、変幻によって惑わすと言うことかと」

「なるほどな。リライに見せた姿は……正しかったと言うことか?」

 イチリヤはフッと笑いながら訊いた。

「はい、私の理想通りでした。……ですから、見せている姿は本来の姿ではなく、私の想いを形にしただけ。本来の姿は光か、それとも……」

「本来の姿は昼でないと見られないのかもな」

 リライの止まった言葉にイチリヤは続けた。

「はい。ですから、もし……騎士隊長が案内人に会いましたら」

「私の想いが形作られる」

 イチリヤは言葉を被せた。

「……どうしますか?」

 リライは問う。夜の案内人にイチリヤは会うべきか? リライは問うたのだ。

「会おう。私一人で行く」

 イチリヤは即答した。

「なりません! 一人でなど」

 グレコが発する。

「ではグレコが行くか? お前の想いが形作られるぞ。……父上が形作られたら、グレコは冷静でいられるか?」

 イチリヤはそう鋭く言った。

「私は惑わされません!」

 グレコは叫ぶ。その声に少し離れた隊の者が一斉にイチリヤ達に顔を向けた。

 イチリヤは軽く手を上げ笑う。

「大丈夫だ! 作業を続けよ」

 隊の者もそのイチリヤの笑顔に応え、再度作業を開始した。

「グレコ、ここですでに冷静さを欠いていて、よくそんなことが言えるな?」

 グレコは唇を噛み締める。

「すみません。ですが! 一人で行かせられません。リライの隊を連れて行ってください」

 イチリヤはフゥーと息を吐いた。体の力を抜き、グレコと向かい合う。

「リライの隊の者はすでに案内人に会っている。その姿がもし私と会うときに変わっていたらどうなる?」

 グレコはグッと息を飲む。答えはわかっているが、声に出せない。イチリヤはそれを見ながら小さく笑んで言った。

「警戒するであろうな。警戒とは、敵意を感じさせる。案内人はどう思う? いいか、私は挨拶をしたいだけだ。番人にもしたようにな」

 グレコはそれでも言うのだ。

「ならば、リライだけでも」

 と。

「それでは案内人が困るだろ」

 イチリヤはそう言って、リライを見る。リライは微妙な顔をし、そしてグレコに言った。

「きっと私に見せた姿を騎士隊長には見せません。騎士隊長の想いが形作られるので。ならば、案内人は騎士隊長と私が行けば、光のままでしょう」

 グレコは唸る。

「グレコ、何を怖れている?」

 イチリヤは静かにそう言った。森に入ってから、イチリヤはグレコの異変を感じていたのだ。

「怖れてなどいません!」

 グレコは目を見開き答えた。

「リライも森に……森に自身の不安を読み取られた。そうだろ、リライ?」

 リライは頷く。

「心のブレを森は読み取るのです。私は怖れました、欲を」

 リライははっきり怖れたと話した。怖れたことを自身で認めたのだ。認めた者がそれを乗り越えられるとイチリヤは言った。リライは乗り越えている。

 では、グレコはどうか。

 隊の者も数名は森に惑わされている。

「グレコ、何を怖れている?」

 イチリヤはまた問うた。

 いつもは豪快なグレコが、その様を失ったように視線を泳がせる。

「グレコ、なぜ私の隊が食料の運搬に回っているかわかるか?」

 そうである、イチリヤの隊が運搬を背負っていることは、妙なことだ。率先して森を進んでもいいはずが……

 イチリヤは穏やかな顔をグレコに向けた。安心しろ、大丈夫だと伝えるために。

「私が率先して森を進めば、留まる隊の者が不安に襲われる。私という存在が、隊の者の軸であることを森は読んでいるからな。覚えているか? 青の国の桟橋で、グレコは私に着いてこようとした」

 グレコの瞳はゆるゆるとイチリヤを見ている。

「この森に来る時に、隊を分けた。海隊は桟橋のグレコのように、私に着いていきたいと望んだ」

 イチリヤは少し離れた隊の者を見る。

「皆の心にあるものは、藍の復興だ。落ちた藍を皆は受け入れていない。私という存在が皆にとって藍なのだろう。だから、離れたくないと強く思う。藍と離れたくない……藍である私と離れたくない。不安なんだ、きっと」

 イチリヤはグレコに視線を戻した。グレコは固く手を握りしめている。瞳が潤んでいるのは、イチリヤの言葉のせいであろう。

 森がザワザワと揺れた。リライは落ち着いて森を眺める。イチリヤはグレコを見ている。

 グレコは森のざわめきに体を強ばらせ、警戒を示す。

「私の姿が見えなくなることが、怖いか?」

 そのグレコにイチリヤは言ったのだ。核心を。

 グレコはグッと唇を噛んで声を発しない。

「私が森に率先して進まないのは、皆の不安を感じるからだ。特にグレコのな」

 イチリヤはグレコの固く閉じられた手を掴む。

「やはりグレコの手は父上に似ているな」

 その一言でグレコは体の力が抜けた。手を開いたグレコは、自分の手を眺める。

「お恥ずかしい限りです」

 グレコはポツリと言った。

「そうです。不安なのです、イチ王子様までも居なくなったらと。森が背中を覆うのです。『お前はまた傍を離れるのか?』と、背中越しで感じるのです」

 グレコの吐露でイチリヤは思い出す。グレコは最後まで父上の傍を離れないと言っていたことを。

 イチリヤはグレコの肩をポンポンと叩いた。

「グレコの不安は甘えだ」

 イチリヤはニヤリと笑った。

「甘え!? 私は甘えてなどいません!」

 グレコは憤慨した。だが、それもイチリヤの思惑通りのこと。

「私に寄りかかっているのだろ? 今まで父上の側近であったグレコは、常時父上にピッタリであったのか?」

 イチリヤは腕を組みグレコをニヤニヤと見ている。その態度もグレコの勘にさわった。

「何を仰います! 私は常に藍王様を補佐しておりました。国を治めるということは多大な仕事量をこなすこと。私もグレコスも藍王様に代わりそれを行っておりましたぞ!!」

 グレコはふんぞり返る。いつものグレコが戻ってきていた。

「その通りだ! 代わりとなる者。グレコ、お前は代わりとなる者なのだ。私の不在を代われる者。それが、私が居ないと不安とは甘え以外に何と言えばいい?」

 イチリヤはふんぞり返るグレコよりも胸をはり、グレコを一瞥した。

 グレコはワナワナと震え出す。

「何故、甘えだと言うのですか!!」

 発狂した声は、少し離れた皆にも届いている。つまり、話の途中から皆に聞かれている。

「グレコ、リライ、そしてこの藍の復興を託された者は! 代わりとなる者である。一緒に来たかった者が居る! いや、藍の民なら皆この隊に着いてきたかったはずだ!」

 イチリヤの声はグレコに向けられるだけでなく、皆に向けられている。

「藍の代表が、私に寄りかかってどうする? 私の存在に寄りかかってどうする? お前たち一人一人が代わりとなる者である。……例え、一人となっても、私に代わり、グレコやリライに代わり、そして藍の民に代わり進まねばならない!」

 場がシーンと静まった。

 森に凛とした空気が流れる。

 この静けさを破る最初の声を待っている。森は、イチリヤは、待っている。

「騎士隊長、一発殴ってくだされ」

 グレコの野太い声。

 ーーガツンーー

 容赦なくイチリヤは放った。

 グレコはふらつきながらも倒れたりはしない。グッと足に力を入れ踏ん張っている。

 イチリヤはそんなグレコを見ながら、次の言葉を待った。

「私の仕事は騎士隊長の補佐! イチ王子様の傍を離れないことではありません。本来すべき仕事を疎かにしておりました」

 大声で話すグレコに、イチリヤは頷く。

「すみませんでした!」

 グレコは深く頭を下げた。

「甘えであると理解できたか?」

 イチリヤは不敵に笑った。グレコもニヤリと応える。

「はい。確かに寄りかかっておりました。すべきことを放棄し、イチ王子様に甘えておりました」

 グレコは振り返り皆に向かって言う。

「本来なら、騎士隊長の補佐である私が隊を振り分け、食料、水の確保を行うべきを、すべてイチ王子様が行っていた。今からは私が行う!」

 その発言にイチリヤは安堵する。

 そして、密かな不安を抱いていた者もグレコ同様に、心が決まったようだ。皆、顔が鋭気に満ちている。

「私が森を率先して進んでも、もう大丈夫だな?」

 イチリヤは皆に訊く。

 頷かない者などいなかった。


 森は笑う。

 ブレのない者たちを、森は惑わさない。

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